Lucky Girl
幻影旅団ver.

大丈夫、大丈夫、大丈夫…言い聞かせるように、深呼吸。
“青鬼の爪”は、場所を指定され、ついでに宅配ではなく手渡しを要求された。
もちろん、これは想定内の話だ。
断れば要らぬ疑惑を与えかねないので、二つ返事で了承の返事を送る。

「“不幸な自分”(アンラッキー・ボーイ)は一週間使えないし…何より、奴らと深く関わりすぎた」

革張りの仕事椅子の上に深々と腰掛けたまま、どうしたものか、と考える。
コウの記憶が正しければ、あの場にいたクロロとシャルナークは旅団の中でも頭脳派だ。
頭よりも身体が先に動くタイプではないから、逃げたコウが女だと言う事はわかっているだろう。
確実に男だった時間も知られているわけだから、彼らはそれを念能力と考える。
ここまでの憶測は、おそらく間違っていない。
そして、彼らの考えも、間違っていない。
コウが捕まった瞬間は男で、逃げる時に女だった事は紛れもない事実。
そしてそれは、コウ自身の念能力に他ならないのだ。

「かと言って…この姿で会うのも無理」

となると―――最後の選択肢を選ぶ他はない。
あんまり気乗りしないんだけどな…そう呟きながら、椅子から立ち上がる。
向かった先は、広いパウダールーム。
各種の化粧品から、ウィッグその他まで、様々なものが所狭しと置かれている。

「ルビーになるのは久し振りだね」

ウィッグの一つ、燃えるような赤いそれを手に取り、苦笑する。
この世界には超有名な殺し屋が存在する。
コウ自身も、元の世界で知った名であり、実はかなり好きだったキャラクターでもある。
キルア=ゾルディック…つまりは、ゾルディック家。
そのお蔭で、パンドラのルビーに舞い込んでくる依頼は少ない。
元々気乗りしない仕事だから、コウとしては頭を下げて感謝の意を示したいところだ。

「さぁ、張り切って化けましょうか」

指定された時間までは6時間。
移動時間を除けば、準備に使える時間は2時間程度だ。
馴染の化粧品を鏡の前に並べ、ニッと口角を持ち上げた。












シャルナークが指定した場所は、人の出入りの多い駅前の喫茶店だ。
こんな所で取引が行われるなんて、誰も考えないような平和すぎる場所。
彼がこの場所を選んだ理由は―――特にない。
あえて探すとすれば、ただ単に近かったから、と言うのが理由になるだろうか。
彼としては、“青鬼の爪”さえ手に入れば何の問題もない。
サファイアがクロロの依頼を引き受けている以上、無理やり相手からこの持ち主を聞き出す必要はないからだ。
もちろん、クロロが依頼を断られていた場合は、エメラルドを捕まえて吐かせるしかなかったけれど。

「―――ごめんなさい、お待たせしてしまった?」

突然聞こえた声に、シャルナークが驚いて顔を上げる。
確かに考え事をしていたことは否めないけれど、ここまで近付かれるまで気付かないほどではなかった。
それなのに、気付かなかったのだ。

驚いた表情を浮かべて自分を見上げる彼に、彼女―――コウはにこりと微笑んだ。
燃えるような赤髪は、頬を超える辺りから巻かれ、緩やかな曲線を描いている。
これでもかと言う程に化粧を載せた顔は、それでも普通の人の肌との違和感を覚えさせない。
その顔からコウを連想するのは難しい―――と言うより不可能だ。
彼女の化粧技術は、その道の大会があれば確実に優勝できるほどの腕前なのである。
化粧と言うよりは、まさに“化ける”と言った方が正しい変わり様だ。
体格を大きく変化させる事は出来ないけれど、別の身体に見せる事は容易い。
コウ自身はまな板と言うわけではないものの、巨乳と言う程ではない。
そこを適度に寄せて上げて付け足し、身長を変えるためにヒールを5センチ高くする。
それだけでも、随分と印象は変わるものだ。
要するに、シャルナークの目の前にいるのは、女の中の女。
町を歩けば男が振り向き、一度見れば忘れない。
強すぎるほどの印象すらも、コウの計画通りだ。








シャルナークはコウの姿を一目見て、驚いた様子で言葉を失った。
それなりに女性と付き合ってきたつもりだが、ここまでの女性は初めてだ。
そう考えたところで、彼女の先ほどの言葉を思い出す。
もしかして、彼女は。

「…エメラルド?」
「ごめんなさい、ルビーよ。エメラルドの代理」

本来の地声が低いので、今の声は1オクターブ高くしてある。
喉に負担がかからない程度なので会話に影響はない。
コウはシャルナークの向かいの席に腰を下ろし、ウエイトレスにアイスティーを注文する。

「代理ってどう言う事?」
「エメラルドには別の仕事が入ってしまって。急ぎのようだったから手が空いている私が来たのよ」

迷惑だったかしら?と小首を傾げれば、否定の声が聞こえた。
ルビーの時に声をかけた男は、9割方骨抜きになると言うのは自惚れではない。
見たところ、驚いてはいるものの、既に平静を取り戻しているらしいシャルナーク。
そんな彼を見て、心中で残念、と呟いた。
旅団の一人を落とせば色々と便利だと思ったのだが…思った通り、無理だったようだ。

「別の仕事って…どう言う事かな?」

不意に、シャルナークの空気が変わる。

「どう、とは?」
「今日のエメラルドの仕事は終わってるよね。一日1件しか受けないって言う方針を変えてないなら」

笑顔の裏に探るような意図を感じる。
これだから頭の良い男は面倒なんだ―――心中で悪態をついた。
けれど、顔は困った表情を浮かべているのだから、役者でも食べて行けそうだと思う。

「ごめんなさい。本当の事を伝えると気を悪くするかと思って」
「と言うと?」
「…彼女、デートなの」

秘密事を話すように声を潜めて告げられた内容。
きょとんと瞬きをしてから、声を大きくして笑うシャルナーク。

「そっか!それは急かして悪い事したね。って言うか、エメラルドって女なんだ?」
「ええ、“彼女”よ。でも、これ以上は何も教えないわ」
「うん、聞かない」

裏には裏のルールがある。
大人しく引き下がるシャルナークに、コウの中の彼の印象が良い方向へと傾いた。
運ばれてきたアイスティーにストローを挿し、一口飲んで喉を潤す。
そこで、そろそろ本題に、と切り出した彼に、バッグから小箱を取り出した。
丁寧に包まれたそれは、喫茶店で出したとしてもさほど人目を引くものではない。

「これよ。箱は開けないで。…わかっていると思うけれど」
「あぁ、大丈夫だよ。扱いに関しては知ってるから」
「安心したわ」

笑顔でその箱を彼の方へと差し出した。
あっさりとそれを受け取った彼は、宣言通りその包みに手をかけようとはしない。
依頼はこれで完了だ。

「ところで、まだ時間はある?」

彼の方からそう声をかけられ、即答せずに壁の時計を見上げる。
この後の予定などあってないようなものだから、頷く事に抵抗はなかった。

「じゃあ、一緒に食事でもどう?」
「えっと…」
「それとも、“デート”の約束でもある?」

先ほどの話題を持ち出す彼に、クスリと笑う。

「残念ながら約束はないの。だからご一緒させてもらおうかしら」
「良かった。じゃあ、行こうか」

美味しい所があるよ、と席を立って歩き出す彼に続く。
彼がレジに向かったところで初めて、伝票が彼に手にある事に気付いた。

「払うわ」

支払いを終え、店を出てからそう声をかける。
実際に財布を取り出すも、いいよ、と受け取りを拒否された。

「宅配にしなくて良かったよ。こんな良い女と会えるなんて思ってなかったから」
「…お上手ね」
「本心なんだけどなぁ。所で、君の事は何て呼べばいい?」

名を聞かれ、咄嗟にコウ、と答えようとした。

「…ルビーよ」
「ルビーね。知ってると思うけど、シャルナーク。よろしく」

そう言って差し出された手を取れば、違和感なくエスコートされる。
本名ではないと知りながらそれで納得してくれる彼。
感じる必要のないはずの罪悪感が胸を掠めた。
彼自身は悪い人ではないのかもしれない、けれど―――

「(…関わりたくないんだ)」

ごめん、と心の中で謝罪した。

11.05.05