Lucky Girl
幻影旅団ver.
倒れ込んだソファーで漸く、ケータイがメールを受信していたことに気付く。
宛先はパソコンのメールアドレスだが、ケータイでも確認できるよう転送してあるものだ。
そこに書かれていた内容は、一つはエメラルド宛ての物。
そしてもう一つは、サファイア宛て。
2通とも、コウにとってはありがたくないものだ。
依頼主には、原則として名を名乗る事を求めている。
これはあくまで、こちらが呼ぶ際に困らないようにと言う程度のもので、偽名でも構わない。
コウにはそれが本名なのか偽名なのかを確かめる術はないし、持とうとも思わない。
けれど―――画面に表示されている名前は、不思議な事にそれが本名であると感じさせる何かがあった。
シャルナーク、そしてクロロ=ルシルフル。
どちらも、今のコウにとっては何より聞きたくない名前である。
「…知られた、ってわけじゃないみたいだけど…」
これでは時間の問題だ、と呟く。
エメラルド…運び屋への依頼は、“青鬼の爪”を指定の場所まで運んでほしいと言うもの。
得るための費用がいくらかかろうとも、依頼料とは別で支払うと言う太っ腹な依頼である。
サファイア…情報屋への依頼は…“青鬼の爪”の持ち主に関する情報だ。
コウが持っているならよし、既に誰かの手に渡っているとしても、そこから彼女の情報を得ようと言う考えだろう。
どっちもごめんだ!と心の中で悪態を吐きつつ、次の依頼のメールを読んでいく。
今日届いているメールは、先ほどのものを含めて4通。
上手い具合に、エメラルドとサファイアへの依頼が半々。
普段ならば迷わず先の2通とは別の2通を選ぶところだ。
しかし、返信のメールを作ろうとした彼女は、はた、と動きを止めた。
今日、こんなにも生きた心地のしない状況に陥ったのは、仕事を自分で選んだ所為だ。
きっと、普段はコインで選ぶそれをやめ、気分で選んだのが原因。
いつも通りにコインに従っていれば、こんな事にはならなかったはずだ―――と思っている。
未来などわからないのだから、そう、とは言い切れないけれど。
コウは慣れた様子でポケットからコインを取り出した。
もう長い付き合いになるそれは、念とは無関係だし、曰く付きの品物でもない、ただのコインだ。
5年前、コウが唐突にこの世界の地を踏んだ時に、拾ったもの。
何の前触れもなく、自らが青春時代を共に歩んだ漫画の世界に来るなんて、誰が想像できただろう。
やってきたその場所が平和な村でなければ、初めに出会った人が優しい人でなければ。
今のコウは、ここには居ないはずだ。
社会人の日常の忙しさの所為で忘却の彼方にあった記憶を必死に掘り起し、呼び戻し―――
あの村を出た理由は色々とあるけれど、この場では置いておこう。
とりあえず主要キャラクターだけは思い出して、よし絶対に関わるまい!と心に誓っていた。
この仕事を選んだのは手っ取り早く高額を手にすることが出来たから。
半ば趣味で始めたそれが軌道に乗り始めた矢先にこれなのだから、いっそ誰かを恨んでしまいたい。
「さて…と」
呟き、コインを弾く。
綺麗に真上に飛んだそれはくるくると回転し、コウの手の甲に受け止められた。
裏なら受ける。
もう片方の手でコインを隠したまま、心の中でそう決める。
手を動かした先、甲の上でコインは―――
宝石工房“パンドラ”より返信です。
ご依頼いただきました品のご準備が整いました。
------------------------------------------------
依頼料金 500万J
商品料金 3億J
合計料金 3億500万J
------------------------------------------------
お届けする宛先を添えてご返信いただきますようお願いいたします。
宝石工房“パンドラ” エメラルド
カタカタとキーを打つ。
前の依頼人に届けた“青鬼の爪”は、既に金額交渉を終了した。
彼が高額取引できる相手を探していた情報を得て、金に物を言わせた結果である。
金額としては一般の10倍ほどだが、コウの懐が痛むわけではないので構わない。
仮にこの話が流れたとしても、その時はオークションにでも出せばいいし、コネで流してもいい。
パイプはいくらでもある、と一時の出費に対する抵抗は微塵もなかった。
「さて…問題はこっちか…」
2回弾いたコインは両方とも裏。
コインは、エメラルドの依頼も、サファイアの依頼も、受けろと言う。
物言わぬそれだが、いつだってコウにとって最良の道を選んでくれた。
それはひとえに、コウがこちらに来る際に得た“幸運”と言うスキルのお蔭である。
誰がつけてくれた特典なのかはわからないけれど、失ったものと比べてもありがたいスキルだった。
自分のそれを信じている―――だから、コインは疑わない。
宝石工房“パンドラ”より返信です。
ご依頼の情報料は 200万J となります。
入金を確認後、情報を送信いたします。
宝石工房“パンドラ” サファイア
一息でメールの返信を打ち、送信ボタンの上で手を止める。
コウが渡す情報は、彼女が取引をする男の物だ。
彼との取引では、一切正しい個人情報を使っていない。
何もかもが作られた情報であり、男から得られるコウの情報は何一つないだろう。
それを知った時、男がどうなろうと…コウの知ったところではない。
冷たいと言われようと、それがこの世界を生きる術なのだ。
一度閉じた目を開き、コウは送信ボタンを押した。
先ほどのエメラルドのメールも送信し、背もたれに沿って天井を見上げ、伸びをする。
「…信じるよ、相棒」
電灯にかざしたコインは、何も答えてはくれなかった。
「あ、当たった」
パソコンの画面を見つめていたシャルナークが呟く。
何が?と声を上げたのはパクノダだった。
今日は、この間とは違うメンツが顔を揃えている。
と言うより、いくつかあるアジトの一つに集まるメンバーは、いつも固定されない。
気が向いたメンバーが寄り、ペアやトリオで“仕事”に出る事もあれば、何もなく過ごす事もある。
蜘蛛はどこまでも自由だった。
「“パンドラ”の抽選。確率的には50%なんだけどさ…何か、駄目な気がしてたから」
「パンドラ?」
「情報屋のサファイア、運び屋のエメラルド、殺し屋のルビーで構成されたグループの名前だよ」
「へぇ…腕は良いの?」
「今のところ、受けた依頼の成功率は…100%だね」
すごいのね、と感心しているけれどどこか無関心なパクノダの声を聞きながら、メールの中身を読む。
既に品を確保していると言う内容に、小さく笑みを浮かべた。
そしてケータイを操作して、口座の残高を確認。
うん、余裕だ。
満足げに頷いた彼は早速、自分のホームの住所を指定し、返信した。
入金の指示がなかったところを見ると、商品受け取りの際に支払う事になるのだろう。
そう判断し、彼は軽やかに腰を上げる。
「俺、ホームに帰るね。団長にも当たってたよ、って伝えといてよ」
「ええ、いいわよ」
「ついでに、200万だから受けるならメールするようにも言っといて」
「わかったわ」
パクノダの返事を聞き、彼は機嫌よく去っていく。
あんなシャルナークの様子は珍しいな、と思いつつも、彼女の意識は既に別の所にあった。
結局のところ、自分に関係しないものに対しての反応など、こんなものなのだ。
11.04.09