Lucky Girl
幻影旅団ver.

バシャッと水をかけられた。
そりゃ、色々と危ない橋も渡って来たし、お世辞にも褒められるような仕事ばかりをしてきたわけじゃないけど。
それでも、こんな風に捕まったこと自体が初めてだから、水をぶっかけられるのも初体験。

「あ。ごめんね?」

―――初体験だと思ったけれど、どうやら、“いつものアレ”らしい。










頭から思い切り水をかぶってしまった状況だけれど、後ろ手に縛られていては顔の水を拭うことも出来ない。
鬱陶しく流れる水を、頭を振る勢いだけで何とか払い、今の状況を確認しようとする。

「いやー…悪いね。ちょっとした喧嘩で水道管がぶっ飛んじゃってさ」

ケラケラと他人事のように笑う金髪の優男。
元の世界の知識により、男の名前はわかっている。
彼がシャルナークだとすると、向こうで喧嘩しているのがフィンクスとフェイタンなのだろう。
仲が良いと思っていたのだが、彼らはやはり個人主義の集まりらしい。

「まぁ、起きてもらうつもりだったから丁度良かったんだけどさ」

使う?とタオルを顔の前に差し出される。
受け取れずに黙ってそれを見ていると、背中から救いの声が聞こえた。

「縛っているのに使えないだろう」
「あ、そうだったね。うっかりしてたよ」

静かな声に振り向くと、そこには路地で見た男がいた。
自分の思い違いではないと思っていたけれど、やはりクロロ=ルシルフルだ。
コウの中では1、2を争うくらいに会いたくなかった人物。

―――あんな化け物、命がいくつあってもたりねーよ!!

と叫んでいられた頃の自分が懐かしいと思う。

「起きたなら丁度いい…聞きたい事がいくつかあったからな」

ぱたん、と本を閉じる音が、嫌に耳に付く。
頭の良い彼との会話の中で、どれだけの事を隠し通せるか―――早くも、自分の負けを感じていた。
と言うより、“この状態のコウ”では、ある意味、始める前から負けていると言ってもいい。

「お前、男だったのか?」
「はは!団長、そんなに気になるの?」

何をさておき一番の質問に、シャルナークが笑う。

「どっからどう見ても男だと思うけど…そんなに気になるなら、脱がせてみれば?」
「男を脱がせる趣味はない」
「俺も嫌だからね。可愛い顔だし、その手の連中は好きそうだけど」

からかうようなシャルナークの言葉に昔を思い出し、思わず眉を顰める。
その反応だけで、二人が事情を察したようだ。
微妙な視線を送られ、居心地悪く顔を背ける。
向こうから聞こえる喧騒をBGMに、気を取り直したクロロの追及は続く。

「お前が“青鬼の爪”を持っているのか?」
「青鬼の爪?何だよ、それ」

まるで初めて聞いた、と言いたげな態度を見せる。
そうして自然さを装いながら視線を動かし、時計を探した。
当の昔に捨てられたらしい建物だが、時計はあった。
しかし、秒針が動いてなければ意味はなく、仕方なく空で判断しようと考えるも、夜と言う以外の情報はない。
自分に許されている時間を図るものが見つからない状況に、心中で舌打ちした。

「やっぱり、違うんじゃない?ほら、追いかけてたのは女だったわけだし」
「同じ格好だった事の説明がつかないな」
「見たところ、男女どっちでもいけそうな服だよ。それより、あの女を探す方が―――」
「なぁ」

今まで黙り込んでいたコウが声を発する。
二人の視線がコウを見た。

「今、何時?」

あまりにも場違いな質問。
一瞬、返事の言葉を失った二人の向こうで、放置されていたテーブルが右から左へと飛んだ。
喧嘩はまだ、続いている。

「あーっと…2時頃かな、夜中の」
「できれば、正確な時間を教えてほしいんだけど」

間髪容れずにそう告げれば、肩を竦めつつケータイを取り出すシャルナーク。

1時53分。

彼はそう答えた。
そう、とコウは小さく頷く。
そして、後ろ手に縛られたままの状態で、すくっと立ち上がる。
その状態で何ができるわけでもないと、クロロもシャルナークも、コウの行動を警戒していなかった。
そう―――“コウの行動には”警戒していなかったのだ。




飛んでくるそれに気付いたのは、同時だった。
まるで野球のボールのように風を切って飛んでくるそれは、先ほど彼らの後ろを飛んでいたテーブルだ。
念でガードしてしまえばどうにかなるものでもないけれど、意識をそちらに向け、避けるのは本能的行動。
二人の視線がそちらを向き、コウがフリーになる。
自分に向かって一直線に飛んでくるそれから逃げるようにくるりと反転し、走り出したコウ。
それに気付いたクロロが手を伸ばした時には、コウは進行方向にある窓へと飛んでいた。
後を追って、窓枠よりも少し大きいテーブルが、壁にめり込むのが見えた。




落下中、コウは自身の肉体の変化を悟った。
胸元のゆるみがなくなり、その下に確かなふくらみを見て、よし、と頷く。
空中でくるりと身体を反転させ、近付いてくる地面との距離を測りつつ足を念でガードする。
落下時間の割には小さな音で着地して見せたコウは、そのまま地面を蹴って走り出した。
折角隙をついて逃げたのだから、長居する必要はない。
走り出せば捕まらない事だけは数時間前に確認済みで、あとはそれを実行に移すだけ。
コウの姿は、一瞬のうちにその場から消えた。









「あーあ、逃げられた」

壁にめり込んだテーブルを砕いたところで、気配が遠ざかるのを感じた。
今から追っても捕まえられない事は、先の3時間の鬼ごっこで十二分にわかっている。

「あの足の速さは…やはりあいつだな」
「じゃあ、男だったって事?あの背中を見間違ったとは思えないんだけど…念かな」

既にパソコンを叩いているシャルナークは、コウに関する情報を探しているのだろう。
ふと手を止めた彼は、思いついたようにクロロを見る。

「“青鬼の爪”の件は情報屋から買っておくよ。この間、良さそうな所を見つけたから」
「お前がそんな風に評価するのは珍しいな」
「グループだと思うんだけどね。情報屋と運び屋と殺し屋が一緒になった“パンドラ”ってところ」
「ついでに、あの男についての情報も買っておいてくれ」

クロロからの言葉に、シャルナークは驚いたように彼を見た。

「…蜘蛛に入れるの?」
「さぁ、な」

どうやら、まだ興味と言う段階のようだ。

「とんでもない奴に気に入られたね」

ご愁傷様、と小さく苦笑し、最近になって得たばかりのメールアドレスに文章を打ち込んでいく。

11.04.06