Lucky Girl
幻影旅団ver.

何だってこんな事になるんだよ!

誰に文句を言っても仕方がない事だ。
わかってはいるけれど、文句くらいは許してほしいと思う。
今現在の状況は、全力で逃げている真っ最中だ。
ちなみに、追ってきているのはかの有名な幻影旅団。
エメラルドへの依頼―――運びの仕事が旅団の“仕事”と鉢合わせるなんて、誰が予想しただろう。

「素直にコインで選んでおけばよかった…!」

気紛れに、今日は運び屋の気分だから、なんて風に仕事を選んだのがまずかった。
いつも通りにコインでどちらの依頼を受けるのかを選べば、こんな事にはならなかったはずだ。
後悔先に立たずとは言うけれど、自分の選択を悔やむばかりだ。
とりあえず、物を確保する事には成功した。
これだけは何が何でも依頼主に届けなければ…こう言う仕事は信用が第一なのだから。
もちろん、届けた後どうなろうがこちらの知った事ではない。



走り続けていると、前方にT字路があるのを見つけた。
後ろを振り向くが、追っ手の姿は見えない。
しかし、気配が近付いてきている事は確かだ。

「表なら右!」

一旦足を止め、取り出していたコインを真上に弾く。
パシッと受け止めたコインの面を確認する―――裏だ。
迷いなく左の道を走り出した。
走りながら耳に付けたピアスに触れる。
これを使えば、あの連中を欺けるかもしれない。
しかし―――

「無理。どう考えても欺いた後が無理」

即、否定する。
確かに欺けるかもしれないが、その後の事を考えると逃げ切れるとは思えない。
今のまま、逃げ切る方法を考えなければいけない。
コインの示すように進めば、いずれは逃げ切れるだろうか。
旅団の実力と、自分の運。
天秤にかけた時、それが傾くのは果たしてどちらか。
とても危険な賭けのような気がした。


その時―――ピキッと小さな音が耳元で聞こえた。
次いで、カラン、と何かが落ちる音。
さほど大きな解放感はないけれど、指先に触れる耳たぶの感触に蒼褪めた。
高速で走っていたが、即座にブレーキをかけて180度反転。
暗闇の中、小さなピアスを探すのは至難の業だが、だからと言って放置できない事情がある。
石畳の隙間に落ちていたら厄介だな、などと考えながら、凝を使ってそれを探す。
















「マチ、そっちに向かっている」
『OK。糸を張っておくから、足を引っ掛けたところで捕獲して』
「ああ」

姿の見えない女を追いながら、マチとの通話を切る。
初めは、捕まえたら殺して宝石を奪おうと考えていた。
しかし、かれこれ3時間以上が経つと言うのに、“捕まえたら”と言う状況に辿り着かない。
未だかつて、幻影旅団から3時間も逃げ回った人間がいただろうか。
クロロにとって信じ難く、同時に興味深い存在が目の前にいた。
当然、今の彼の目的は宝石からそれを持つ人物へとすり替わってしまっている。
と言うのも、その女は驚くほど巧妙に、クロロの指示の裏をかいているのだ。
地図を思い浮かべながら仲間を配置しているのに、まるでそれがわかっているかのように逆を行く。
上手く罠にかかったとしても、何故かあと一歩の所で逃げられる。
それが念能力によるものなのか、ただ単に強運の持ち主なのかは、捕まえればわかる事だ。

「マチの糸は…かからないだろうな」

不思議な事に、今回の罠も上手くすり抜けられると言う確信があった。
足止め程度にはなるかもしれないと、逃げる気配に意識を向ける。

―――ピリリ。

先ほど切ったばかりのケータイが着信を告げる。

『団長!直前で逃げられた!たぶんそっちに向かってる』
「…やはりな。だが、もう追いつ―――」
「ちょ、止まっ!!…あー!!!」

クロロの声を遮るようにして、第三者の悲鳴にも似た声が響く。
止まれ、と言う単語と思しきものは聞こえたが、人間は急には止まれないものだ。

パキン。

何かを踏んだらしい。
思わず足を持ち上げて確かめると、そこには何かの欠片も存在しなかった。

「くそっ!なんて事してくれたんだ…!」

声を上げた人物が、そんな事を言いながらくるりと踵を返す。
それが先ほどまで追っていた人物だと気付き、クロロは距離を詰めるべく石畳を蹴った。

「ぅわ!!」

いや、蹴ろうとした矢先、目の前の人物が小さな悲鳴と共に消えた。
もちろん、その場から消えたわけではない。
潰れたカエルのごとく、石畳に倒れ込む影。

「………」

マチの念糸にでもかかったのか?と思って凝をしてみるも、そこには何もなく。
何に躓いたのか、皆目見当もつかない。
思わず立ち尽くしたクロロの前で、その影はむくりと起き上った。
そのまま何事もなかったように走り出し、我に返ったクロロが一歩を踏み出したその時。
パリン、と音がして、路地に隣接する3階の窓が割れ、何かが落ちてくる。
落下物がまるで吸い寄せられるように走り出した人物に直撃した。
かなりの衝撃だったのか、頭を押さえて蹲る。

「………」

しかし、程なくして立ち上がると、また走り出そうとして―――膝から崩れ落ちた。
どうやら、先ほどの落下物の打ち所が悪かったらしい。

「団長!」

向かい側から走ってくるマチ。
捕まえたの?と言う問いかけに、クロロは答えるのを躊躇った。
これだけ長い間、蜘蛛から逃げ切ったその人物が、目の前で落下物により気を失っているのだ。

「こいつ?」
「…ああ」
「何で倒れてんの?」
「上から鉢植えが落ちてきた」

上、と言われて見上げた先には割れた窓があり、激しい口論が聞こえてくる。
どうやら夫の浮気に妻が怒り狂っているらしい。

「…本当にこいつ?」

3時間も逃げ回った奴が?と言う目。
マチの視線もよくわかる。

「…たぶん、な」

先ほどのあれは一体何だったのか。
理解に苦しむ出来事に、クロロが意識を余所にやっていた頃。
マチが倒れ込んだ人物をつま先で転がした。
そして、その顔を見て何かに気付く。

「………追いかけてたのって、女じゃなかった?」
「あぁ、そうだ」
「…随分可愛い顔立ちだけど…これ、男だよ」
「………は?」

11.04.04