Ice doll   --- sc.064.5

「クラピカ」

クラピカ自身が師匠と呼ぶ男が、彼を呼んだ。
意識を集中させていたクラピカは、邪魔をされたことに対する不満をその表情に浮かべる。
しかし、師匠は気にした様子もなくいつも通りの口調で問いかけた。

「人を探してるんだったな。当然ながら、まだ見つかっていないな?」
「…あぁ」

ヒントは掴んでいるのかもしれない。
けれど、未だに彼女に出会うことが出来ていないことを考えると、見つけていないと言っても過言ではない。
肯定したクラピカに、師匠はふむ、と顎に手を当てた。

「お前に写真を見せられて、どうも気になっては居たんだが…。その女―――クルタの氷宝、アイス・ドールだな?」

クラピカの表情が凍りつく。

「その様子じゃ、当たりらしいな」

そう呟いた師匠が胸元から一枚の写真を取り出した。
ピッと掲げられたそれは、クラピカの方に向けられている。
そこに映し出された人物を見た彼は、大股で三歩進み、その写真を奪い取った。
あの美しい緋の眼ではないけれど、深い紺碧色の眼がじっとクラピカを見つめている。

「これは…コウじゃない」

瓜二つと言っても過言ではないだろう。
けれど、クラピカにはそれがコウだとは思わなかった。
よく似ているけれど、違う人間―――彼の本能が導き出した答えに、師匠は苦笑を浮かべる。

「ほぅ…わかるのか。そいつは、お前の探し人の双子だ」
「…何故、知っている?」
「お前のその質問も、わからなくはない。アイス・ドールは存在すら知らない人間のほうが圧倒的に多いからな。
事実、俺も協会のネテロ会長から話を聞くまでは実在することを信じちゃいなかった」
「ネテロ会長…?どう言う事だ」

ハンター協会のトップが何故。
クラピカの鋭い視線が、師匠を射抜く。
仮にも『師匠』と呼ぶ人間に向けるものではないだろう、と思いながら、ガシガシと頭を掻いた。

「アイス・ドールはハンター協会の保護対象だ。尤も、表には明らかにはしていないし、保護に成功した例はない」












「不必要に他言するなと命令されているが…クラピカ、お前には必要だと思うから、話しておく」

一際真剣な声を上げて、師匠はそう前置きをする。

「昔、裏の連中が酷い争いを起こした。原因は、アイス・ドールだ。
村を出ていた多くのクルタが犠牲になったらしい。村まではその被害が及ばなかったようだ」
「…その話は、調べたことがある」

アイス・ドールである彼女の足取りを辿るために、様々な方向からクルタ族に関することを調べた。
二・三年ほど前に、今聞いた内容の文献を読んだことがある。
多くのクルタ族が、まるで物のように扱われ、緋の眼を奪われた。
その文献を目にした時のクラピカの脳裏には、過去の日の出来事が鮮明に浮かんだ。

「ネテロ会長は、事の原因であるアイス・ドールを保護することを決めた。
とはいえ、相手は100年に一度生まれるクルタ族の一人。保護しようにも、手遅れだったらしいな」

アイス・ドールの赤子は村人の手から外の人間の手に渡った。
その後の事は、協会もまだはっきりとは掴めていない。
そして先日、漸く今世紀のアイス・ドールの所在を掴んだのだ。

「…生憎だが、私はその双子のアイス・ドールを探しているわけではない。私が探しているのは、コウだ」

アイス・ドールだから探しているのではない。
彼女がコウだから―――クラピカが慕う、彼女だからこそ、探し求めているのだ。
姿かたちが似ていたとしても、クラピカにとっての価値は同じではない。
双子の片割れが見つかろうとも、それがコウではないのならば、彼には不必要な情報なのだ。
クラピカの言葉を無言で聞いていた師匠は、はぁ、と溜め息を吐き出した。

―――まったく、この弟子は…。

何故、わざわざ自分が他言無用のお達しに背いてクラピカに事を伝えたのか。
そこの所を、彼は理解していないのだ。

「お前は、ちゃんと歴史と向き合うべきだな」
「な…!そんな事、言われなくとも…!」
「その女がお前にとって大事なのはわかる。だが、その女がアイス・ドールである事は、変えようのない事実だ」

コウがアイス・ドールであるということ、それは、決して消すことの出来ない事実。

「今のお前がその子と再会したら、関係の修復が不可能になるぞ」
「そんなはずはない!」
「村と言う保護がなくなったその子は、知りたくない現実も知ってるだろう。
その子に必要なのは忘れさせてくれる奴じゃない。ありのままを受け入れる奴だ」

クラピカは淡々と告げられる師匠の言葉に声を失った。
ギリッと唇を噛む彼を見て、師匠は座っていた岩から腰を上げる。
そして、荷物の中にあった紙の束をその岩の上に置いた。

「今日の修行はここまでだ。…少し頭を冷やして、考えてみることだな」

師匠がそう言い残してその場を後にした。












思えば、コウが何故村を出ようとしていたのか―――それすら、知らない。
外の世界を見たい、と言った言葉に偽りはないだろう。
しかし、果たしてそれだけだったのだろうか。
もしかすると、彼女は―――

「自分の出生を、知っていた…?」

今にして思えば、ヒントはあちらこちらに落ちていたのだと思う。
村人から逃げるように森で過ごしていたのは、守られると言う窮屈さからだと思っていた。
だが、実際は…彼女は、村人を信じられなくなっていたのかもしれない。
外の世界を見たかったのは、自分の片割れを探したかったからなのでは―――?
考えれば考えるほど、コウが遠ざかっていくような気がした。

「コウ…私は、間違っていたのか…?」

彼女がアイス・ドールであろうと何であろうと、関係はないと思っていた。
ただ、その無事を確認して、昔のように暮らしたかった。

―――その子に必要なのは忘れさせてくれる奴じゃない。ありのままを受け入れる奴だ。

師匠の言葉が頭の中をぐるぐると掻き回す。
あのハンター試験の日。
自分はルシアがコウなのだとは知らなかった。
けれど、彼女は自分を知っていたはずだ。
それなのに、彼女は初対面としての出会いを選んだ。
そして、あの時彼女を連れ去った、黒い男。
無理やりではなくごく自然に寄り添う姿に、何故、と言う想いが胸を支配したのを覚えている。


クラピカは師匠が置いていった資料に手を伸ばした。

「…私は…知らなければならないのか…」

彼女にとって辛いであろう現実を知って、その上で会いたいと―――そう、望めるだろうか。
記憶の中に墨を落とすような自分自身の行動に、指先が震える。
ペラリ、と1ページ目を捲る。
綺麗なままの記憶を残しておきたいと願う子供のような自分に、背中を向けた。

09.07.30