Free 番外編:Babyシリーズ
コンコンとノックが聞こえ、イルミは雑誌から顔をあげた。
部屋の外に居る人物の見当は付いている。
あいているよ、と小さく声を返せば、躊躇いなくドアが開かれた。
「ごめん、イルミ。少し時間大丈夫?」
今日は仕事もなくのんびりする予定だったと覚えているからだろう。
申し訳なさそうに眉尻を下げているであろう彼女に、イルミはベッドから身体を起こす。
そこで、漸く彼女の姿を視界に捉えた。
その途端に、イルミは眉を顰める。
そうは言っても、その変化はコウだから気付くような些細なものだ。
「また赤ん坊の依頼?」
コウもよくやるね、と呟く。
彼女の両腕に抱かれた2人の赤ん坊を見た彼の反応だ。
言葉の話せない赤ん坊ほど面倒なものはない。
言うことを聞かない子供も、それはそれで鬱陶しいが…赤ん坊はその上を行く。
金がもらえるからと言ってそれを引き受ける彼女の心境が分からないのだろう。
尤も、彼女の場合は金がほしいからと言うわけではないことくらい、重々承知しているが。
「うーん…やっぱりイルミもそう言う反応なのね」
どうしようかしら、と赤ん坊を見下ろしながら、コウは困ったように呟いた。
その言葉に、イルミは訳が分からないといった様子で首を傾げる。
「仕事の依頼じゃないのよ。昨日帰ったばかりだから、今日は休むつもりで予定を入れていなかったし…」
コウはイルミのベッドに腰掛け、1人ずつベッドの上におろした。
片方は眠っているらしく、そこにあったシーツをきゅぅっと握り締めて丸くなる。
もう片方も眠いことに変わりはないのか、顔の割りに大きな目を開いたり閉じたりしていた。
「そんな睨まないで」
「この目つきは生まれつき」
「それは知ってるけど…よく見ると、この子イルミによく似た目をしているわ」
辛うじて起きている方の赤ん坊を見下ろす。
彼女の言葉を追うように目元に視線を落としたイルミは、静かに沈黙した。
似ている…そう言われると、似ているかもしれない。
自分の目つきなど、鏡くらいしか見る術がなく、あまり実感はないけれど。
「イルミの子供?」
「…コウは覚えがあるの?」
否定しない所に何か理由のがあるのか、それとも気まぐれか。
イルミは質問に質問を返す。
コウはクスクスと笑ってから、首を横に振った。
「身に覚えは…嫌と言うほどあるけど、流石に母親になった覚えはないわね」
頭を撫でられる感覚が心地よかったのか、その赤ん坊もすっと目を閉じて眠った。
起こすと大変なので、とりあえず寝ておいてもらった方がありがたい。
コウはそっと安堵に似た息を吐き出す。
「で、どうしたの?」
「分からないんだけど…シャワーをしている間に、部屋に入ってきたみたい」
15分程度の間に、いつの間にかベッドの上に居たのだと言う。
少なくとも自分の自室くらいは、優に気配を悟ることが出来る。
侵入者があれば、彼女ならば即座に動けそうなものだが…。
そう考えたことに気付いたのか、彼女は苦笑した。
「どうも警戒できないのよ、この子達。イルミも同じでしょう?」
そう言うと、彼女は「ほら」と彼の手を指す。
つられるようにそこを見下ろせば、いつの間にか赤ん坊が彼の服の裾を握り締めていた。
言われるまで気付かなかった自分自身に、彼は珍しく目を見開く。
まさか、自分が…。
言葉を失っているらしいイルミに、コウはあえて何も言わなかった。
「……そっか…」
ふと、彼が何かに気付いたようにそう頷いた。
首を傾げた彼女に、彼はこう続ける。
「空気って言うか…気配が、コウに似てるんだ。だから警戒できない」
「…私だと、警戒しないの?」
「しても仕方がないからね。コウは俺を裏切らないだろ」
問いかけるわけでもなく、そう断言する。
そんな彼に、彼女は嬉しそうに、そしてまた、少し照れたように笑う。
「…私も同じ事を思ったの。ねぇ、この子達は、私たちの子供かしら」
静かにそう言いながら、赤ん坊の柔らかな頬を撫でる。
無条件で愛しいと思うこの気持ちは、気のせいだとは思えない。
そんな筈はないのに、ここに血の繋がりがあるような気がした。
「…さぁ。現実的にはありえないね」
「でも、否定はしないのね」
コウの言葉に黙り込むイルミ。
それが何よりの答えだ。
彼自身も少なからず彼女と同じように感じているのだろう。
「突然現れたから…きっと、突然消えてしまうわね」
何故かは分からないけれど、そう感じた。
唐突に気配が現れ、それに気付かなかったことに驚きつつも戻った自室で見つけた赤ん坊たち。
まだ自分の身を守ることすら出来ず、誰かに守ってもらわねばならないこの小さな命。
人としての義務からではなく、守らなければと思った。
二人の手を、そっと両手で握る。
自分よりも高い体温が、まるですがるものを探すかのように彼女の指を包み込んだ。
二つの寝息に誘われるように、コウはゆっくりと瞼を伏せた。
ハッと気付くと、いつの間にか日が高く昇っているではないか。
驚いたように身体を起こし、現状を把握するように周囲を見回す。
「起きたの?」
隣からそんな声が聞こえ、コウはそちらを向いた。
雑誌から顔を上げることもなく、イルミはそこにいる。
「…私……?」
寝てしまっていたらしく、記憶が曖昧だ。
まさか、あの不思議な体験は、全て夢だったのだろうか。
動きを止めた彼女を横目でチラリと見てから、1ページ進める雑誌を捲る。
「あいつらなら、コウが寝てすぐに消えたよ」
まるで煙みたいにね。
事も無げにそう告げる彼に、コウはそう、と肩を落とした。
別れの挨拶も何もないけれど、見届けたかったと言うのが本音だ。
少し落ち込んでいるらしい彼女に、イルミは溜め息を吐き出した。
「会いたい?」
「…え?」
「会おうと思えば会えるんじゃない?」
コウの戸惑いの声を他所に、イルミはそう続け、雑誌をベッドの下に放り出す。
そして、上半身を起こしていたコウの肩をトンと押した。
さほど強い力ではなかったけれど、元より逆らうつもりのない彼女はバスッとベッドに寝転がる。
そんな彼女の身体を跨ぐように、顔の横に肘をつけば、彼の黒髪とコウの銀髪がシーツの上で交ざり合った。
「あいつらがコウの子供だっていうなら、会えるよ」
真上から見下ろされ、黒曜石のような目に自分が映る。
イルミの言葉の意味を理解するまでに時間がかかってしまった。
しかし、それを理解するのと同時に、彼女はクスクスと笑い出す。
「…イルミも会いたい?」
彼の首に腕を絡め、吐息が触れ合いそうな距離でそう問いかける。
返事の代わりに重ねられた唇に、コウはそっと瞼を伏せた。