Shall We Dance?

「ねぇ……私、仕事で来たんだけど…」

コウが呆れたようにそう言い放った。
彼女の前には、それは見目麗しい男が二人。
周りからの羨望の眼差しが痛い。
治まる事のない沈黙の争いを見ながら、コウは人知れず溜め息を漏らすのであった。











コウのパソコンに、一通のメールが届いた。

『今夜開催されるダンスパーティーのパートナーをお願いしたい』

簡略にそれだけを綴られたメール。
依頼人の姿を見無いと言うことはよくある事で、メールの書き方だって十人十色。
今更そんな事を気にするようなコウではなく、彼女はその綺麗な指を机の上に載ったスケジュール帳へと滑らせる。
今日の予定を確認すると、コウはそれに承諾の返事を返した。

「ダンスパーティーかぁ…ドレスを用意しないとね」

軽く伸びをすると、コウはクローゼットに向かう。
適当なドレスを見つけると、それをソファーベッドの背もたれにふわりと掛け、次に化粧品を見繕った。
情報屋を営むようになってからは、変装は日常茶飯事。
その気になれば老婆から…少なくとも10代後半までは余裕だ。
そこから先となると骨格の問題で難しくなりそうだが。

「パーティが6時からで、会場までが1時間…。……後2時間くらいは余裕があるわね」

多種多様な化粧品を一つずつ確認していく。
ドレスに合うそれをより分けたり、と彼女は部屋の中を行き来する。
そんな彼女を、ルシアとスノウがベッドの脇から眺めていた。

「あぁ、あなたたち。今日は駄目よ?パーティに連れて行くわけには行かないから」

二対の視線を受けて、コウはそう言った。
それを聞き取って、二匹が一声返事を返す。

時間は刻々と過ぎていった。










煌びやかなパーティー会場。
ざわざわとした会場内に、一時の静寂が訪れる。
カツンと、そのヒール音だけが、その場に響く。
そして、居合わせた全員の視線をその身に集わせた。
数多の光を受けて、銀色の髪が柔らかく揺れ、それにあわせて淡い色調のドレスが、歩く度に表情を変える。
挿絵の一ページから抜け出してきた女神も、もしかすると霞んで見えてしまうかもしれない。

「―――コウ?」

不意にかかった声。
いくつもの視線に臆する事無く堂々と歩いていた彼女は、まるで焦らすかのようなゆっくりした動作で振り向いた。

「…イルミ?何でここに…」

黒いスーツに身を包んだイルミがそこにいた。
驚きを隠せないコウとは裏腹に、イルミは彼女に歩み寄る。

「仕事。コウも?」
「え、ええ。今日の仕事…私、何も聞いていないわ」
「言ってない。でも、俺だってパーティー参加するなんて聞いてないよ」
「そうだったわね。それにしても…」

そこまで紡いで、彼女はじっと彼を見つめた。
黒曜石のようなその目は吸い込まれるようだ。
暫く視線を合わせていた彼女がふとそれを彼の髪から足先へと一巡させる。

「イルミ…格好良いわ」

コウが感嘆の声を漏らすと同時にふわりと微笑む。
彼女自身も十分に人目を集めると言うのに、彼女すら感嘆するイルミの盛装。
自然と、会場の視線は2人に釘付けだ。

「へぇ…君たちも来てたんだ」

独特の話し方に、二人が一斉に振り返る。
声やそれに覚えはある。
だが、振り向いた先に居た人物に見覚えは無かった。

「……………誰?」

思わずそう問いかけてしまった彼女に、クククッとその男が笑う。
中々端正な顔立ちで、これまた黒いスーツが誂えたように良く似合っていた。
その笑い方にも、奇妙なデジャビュを感じる。

「酷いなぁ。こうすればわかるかい?」

男が自分の頬に指を滑らせる。
その指先に、凝を怠っていなかった彼女は念を見止めた。
やがて数秒も待たずに彼の指が離れ、その頬には見覚えのありすぎるペインティング。

「うそ…ヒソカだ…」

あんな突飛なペイントさえしていなければ、かなりの男前である事が窺える。
普段からそうしていればいいのに、と言う思いは、脳内だけには留まってくれなかった。

「そうやってると男前なのに…」
「そうかい?コウに褒められるのは新鮮だねぇ」
「折角男前なんだからその話し方はやめようよ…」

そうしている間に、会場内に穏やかな音楽が流れ始めた。
穏やかなメロディにコウが視線を上げて「あぁ」と思い出す。

「そっか。ダンスパーティーだったのね」

そう呟いた彼女の前に、同時に差し出された手が二つ。
その主を辿れば、予想を裏切らない人物らがそこに居た。
言わずもがな、イルミとヒソカだ。
曲が始まって、手が差し出されたとあれば考えられるのは一つ。
ダンスへのお誘い、と言うわけだ。

「「…………………」」
「…変なとこで気が合うのね」

お互い同じタイミングで手を差し出してしまった事に眉を寄せる。
イルミとヒソカの無言の睨み合いほど怖い物はない。

「(さすがに私もこの二人が本気でやり合うのを止めるのはちょっと…。)」

内心泣きたい気持ちになりながら、コウは二人に挟まれていた。
こうしている間にも、待ち合わせの時間は刻一刻と近づいてきている。
コウは溜め息を漏らさずにはいられなかった。
















「はぁ…もういいわ、放っておこう」

そう呟くと、待ち合わせの時間が近い事を確認したコウは無言の二人を置いてその場を離れる。
周囲の視線は二人に集まっており、彼女に気づく者はいない。
人ごみに紛れると、彼女は待ち合わせ場所へと急いだ。

「まったく…何であの二人がこんな所にいるのかしら…」

人ごみを抜け、さっきまでいた場所に視線を送る。
未だにあの二人は自分に気づかずに睨みあっているのだろう。

会場が破壊されない事を祈るばかりである。
そんな時、ふいに腕を掴まれた。
振り返ったそこにいたのは……。

「何でクロロまで来てるの!?」
「…失礼だな」

見紛う事なきクロロ。
コウが心底泣きたい気持ちになったのは言うまでもないことだろう。
だが、クロロの胸ポケットに納まる純白のバラを見て、そんな気持ちも引っ込んだ。

「え……白いバラ?」
「ああ。そう言っただろう。白いバラを胸ポケットに挿しておくと」
「言ってたけど……んじゃ、クロロが依頼人?」
「……気づいてなかったのか…」

半ば呆れたように、クロロが溜め息を吐いた。
コウはと言うと…突然告げられた真実に、頭の整理が大変だった。

「この奥にある会場に飾られているモノを頂きに来たんだ」
「だったらパートナーなんて要らないじゃない…」
「生憎。この先の会場はパートナー同伴とじゃないと入れない」
「あー…それでヒソカがいたのね…。でも何も私じゃなくてもマチとかパクノダとか…。シズクは嫌がりそうだけど…」
「俺はコウがよかったんだ」

短くそう告げると、クロロはコウに手を差し出した。

「ご一緒願えますか、お嬢さん」
「……喜んで」

コウは自分の手を、クロロのそれに重ねる。





「何も正規のルートで入らなくても、裏から入ればよかったんじゃないの?」
「折角のパーティだ。楽しんでも損はないだろう?」
「あーあ…久しぶりに意気込んで支度したんだけどな…」
「綺麗だ、コウ」
「……………不意打ちは卑怯」
「…少しは女らしい反応も出来るんだな」
「悪かったわね、普通の女じゃなくて」
「いや…俺はそれがいい」
「(………天然のホストだ、この人…。)」

Rewrite 06.09.28