Good morning ::Free::
鳥のさえずりが耳に届く。
優しい日差しに包まれて、その意識は覚醒していった。
「おはよ、団長」
「ああ、おはよう。相変わらず早いな」
「仕事でしょ?」
瓦礫を蹴り退けながらマチが歩いてくる。
彼女の声に返事を返し、クロロは顔を上げた。
太陽よりも早起きなくらいなのだが、明らかに寝起きには見えない彼。
いつ寝ているのか、などと言う疑問は彼の前では無意味である。
「で、コウは?今日のメンバーだったと思うけど…」
周囲を見回しても、彼女の闇夜でも美しい銀髪は眼に入らなかった。
薄暗い建物の中で頼りとなるその全てを生かしても、捕まえるのは床を這う鼠のみ。
「まだ寝てるだろ」
「ふぅん…起こさなくていいの?」
「…もう少しだけ寝かせておけ。後が大変だからな」
「?」
疑問符を浮かべながらも、マチはそれ以上何も聞かなかった。
後でわかること、そう判断したからだ。
それから程なくして、足音が近づいてきた。
乱暴なそれは女性のものではない。
「ノブナガ…かな」
マチの呟きとほぼ同時に、部屋の中にその人物が入ってきた。
「おぅ、もう揃ってんのか」
「後はシャルナークとパクノダ、それから…コウだね」
「珍しいな、コウがまだなんてよ…。団長と一緒に待ってるってのがいつものパターンだよな」
驚いたような表情を浮かべ顎を触るノブナガ。
彼の言葉にクロロが口元で笑った。
「気になるなら起こしてくればどうだ?そろそろ時間もいい頃だ」
ペラ…と本を捲りながらそう言えば、ノブナガが張り切ったように「よし!」と声を上げる。
そしてクロロが座っていた向こうに見える扉へと歩いていった。
その背中を見送り、マチがクロロに声を掛ける。
「いいの?」
「アイツが寝てから2時間か…。覚悟した方がいいだろうな………ノブナガが」
時計を見つめた後、クロロがそんな事を言いながら口元に笑みを刻む。
訳のわからないマチの耳に、アジトを震わせるのではないかと言うほどのノブナガの叫び声が届いた。
「いやー…ホントごめんね。てっきりクロロだと思って容赦なく…」
ははは、と乾いた笑いを零しながら、コウはノブナガの頬に手をかざす。
頬には数本の切り傷。
他にも首筋の皮一枚を切っていたり、手の甲に赤く筋を残したりと露出した肌の所々にそれは刻まれていた。
凶器となったのは彼女自身の爪である。
「俺だったらいいのか…?」
彼女の“容赦なく”の部分に不満を感じたのか、クロロがポツリと呟く。
ノブナガの傷を癒しながら、コウは彼に答えた。
「クロロは全部避けるじゃないの」
何を遠慮する必要があるのだ、とでも言いたげな声色だった。
避けるから容赦する必要がないのか?と言う疑問など彼女に持ちかければ、途端に一蹴される事間違いない。
ノブナガの怪我が粗方癒えたところで、マチが口を開いた。
「一体何があったの?」
至極当然な疑問だろう。
しかし、それを聞いた途端にノブナガの顔色が悪くなる。
口元を引きつらせた彼に、マチは首を傾げた。
「いやー……………今回は死ぬかと思った」
長い沈黙の後、彼は呟くように言った。
「は?死ぬ?」
「殺気も出さずに急所ばっかり狙ってくるんだぜ?しかも目は虚ろだしよ…!!」
思い出しただけでも恐ろしいと言う風に彼は首を振る。
漸く怪我の原因を理解できたマチは肩を竦めた。
「でも、あたしが起こした時は大丈夫だったと思うけど…」
「今のところ…睡眠時間が約2時間の時だけだな。それ以外なら無闇に襲ったりはしないさ」
楽しくて仕方がないと言った様子のクロロ。
そんな彼に、今回の被害者が声を上げる。
「団長も人が悪いぜ!!知ってたならわざわざ起こしに行けなんて言わなくてもいいじゃねぇか!」
「でも、損ばかりじゃないだろ?」
クロロは口角を持ち上げてノブナガに問う。
それは質問的な口調だが、裏には明らかな断定が含まれていた。
ノブナガは言葉を詰まらせながらも、頬を僅かに赤くして「ま、まぁな…」と答える。
「何なの?」
二人だけで話が進んでいる事が不満だったのか、マチが二人を交互に見ながら問うた。
クロロの横ではコウが溜め息を漏らし、肩を竦めている。
そして蚊帳の外、とばかりに彼女はルシアの毛づくろいを始めた。
「可愛いんだよ」
クロロはコウの銀髪に手を伸ばしながら、言った。
余計な事を…と言う彼女の視線に動じるほど、彼は繊細な神経を持ち合わせていない。
「可愛いって…何が」
「寝顔」
それ以外にないだろ?と続けたクロロに、マチは盛大に溜め息を零した。
呆れた、とばかりに首を揺らす。
「まぁ、ノブナガはまだ軽かった方だな」
「そうそう。俺の時なんて手足切られる所だったよ。ルシアが止めてくれたから助かったけど…」
漸く起きてきたらしいシャルナークが口を挟んだ。
当事者であるコウは思わず苦笑いを零す。
覚えている事は覚えているが、生憎こちらは寝起きである。
制御もままならないとわかっているのだから来なければいいのに…と内心で思った。
「やっと揃ったか」
「ええ、お待たせ。何だか賑わっていたみたいね」
「ああ。じゃあ、出発するか。今回は難易度が高めだからな…気を抜くなよ」
団長としてのクロロの言葉に、今回のメンバーが「了解」と声を揃える。
そうして、彼らは朝焼けの空の下へと歩き出した。
他のメンバーに起こしたらどうだ、と声を掛けるのは決まって睡眠時間が2時間の時だけ。
誰がただでコウの寝顔を見せてやるか、と言うクロロのささやかな独占欲の現れである。
もっとも、彼女に半殺しにされるとわかっていても、彼女を起こす価値は十分にあるらしいが。
こうして、彼らの一日は始まりを告げる。
05.10.08