自然会話
その日は静かな休日だった。
世間では今この一瞬でさえもセカセカと働いている人々が居るであろう平日。
コウにとっては久々の休日だった。
サラリーマンとは違って、コウの仕事は定められた時間と言うものがない。
自分で好きな時に、納得のいく依頼を請けるのだ。
それで生活できる…むしろ今でさえ一生遊んで暮らせるほどの金があるのだから、世の中は不公平だ。
とは言っても、コウはかなり身体を張った…言わば命がけの仕事も決して少なくはないのだが。
そんなこんなで予定が詰まり、ここ数週間はずっとこの屋敷に戻ってこなかった。
今現在、コウは久々の休日を満喫している。
「いい加減に自分の部屋に戻れば?」
―――イルミの背中を占領して。
「んー…だって、自室の本は全部読んだから…」
ちなみに今コウがいる場所は彼のベッドの上。
彼と背中合わせになるようにして、決して狭いとは言えない背中にもたれかかっている。
自分の殺しの武器である針を磨いていたイルミの元をコウが訪れたのが一時間と半分ほど前の事だ。
初めこそ面倒そうにぼやいていたイルミだったが、すでに諦めている。
一度読書体勢に入ったコウの集中力をわかっているからだ。
「ここのも勝手に持って行きなよ…」
溜め息混じりに背中から声がかかる。
イルミはシーツの上に転がる箱に手を伸ばした。
「だって重いし…」
「コウの腕力で持てないほどの量はないと思うんだけど」
確かに正論である。
試しの門で鍛えられた腕力は相当の物。
…そのほっそりとした腕の何処にそんな力があるのかと疑いたいほどだ。
「力はあってもそんなに高く積み上げたら歩けないでしょ」
そんな風に言葉を返しながら、ペラ…とページを捲る。
こうして返事が返って来るだけまだマシなのだ。
コウが本気で集中すれば、全ての音をシャットダウンしてしまう。
自分に危害が及ばぬ限りは決して動かないし話さなくなるのだ。
「はぁ…ルシア、そこの箱取って」
コウが背中にいるために、イルミは動けない。
と言うよりも動かない。
ベッドの脇で番狼よろしく伏せていたルシアは、イルミの声に反応するようにして立ち上がる。
イルミが指さす先…テーブルの上にある箱を、牙を立てないように銜えて再びベッドへと戻ってきた。
彼の隣にそれを落とすと、誇らしげに尾を振ってみせる。
「ありがとう」
ルシアの頭を撫でてやると、イルミは先ほど持って来てもらった箱を開けた。
そこに並ぶのは、数十本はあろうかと言う針。
投げて使用することが多い為に、かなりストックが必要なのだ。
先ほど磨き終えた分の箱を横にずらすと、イルミは新たな針の山の磨きに移った。
その間もペラ…ペラ…とページを捲る音は止まない。
日が天頂から傾き始めた頃。
「ふぅー…」
バフンッと分厚い本を閉じる。
「やっと読み終わったの?」
「うん、読み終わった。んー…」
立てた膝の上に開いていた本を下ろすと、コウは両腕を真上に伸ばして伸びをした。
そして身体の力を抜くと、だれるようにイルミの背にもたれかかる。
「………重い」
「失礼ね。平均より軽いわよ」
「…そう言う問題じゃないよね。それより、その本面白かった?」
「うん。面白くなかったら三秒で止めてる」
イルミの言葉にそう返すと、彼は「ふぅん…」とだけ言った。
「この物語の主人公…イルミにそっくりね」
自分の脇に置いた本の表紙に指を滑らせながら、コウは背中の彼に言う。
腕の動きを伝えていた背中の筋肉が、ピタリとその動きを止めた。
「…あぁ、感情をなくした主人公だっけ?確かに似てるかもね」
そう答えると、作業を再開する。
「殺し屋に感情はいらないでしょ。確かその主人公も暗殺者だよね。
あまり仕事が似てるから途中で飽きて…最後まで読んでないけど」
「………違うわよ」
「?」
コウが静かに否定すると、イルミが肩越しに振り向いたのがわかった。
それに視線を向ける事なく、コウは本を腕に抱いて言葉を続ける。
「この子、感情をなくしたんじゃなくて…隠してたのよ。暗殺者って言う仮面の下にね」
本の表紙に描かれているそれは、仮面にも見える紋章だった。
それに指を這わせながら、コウは言う。
「凄くイルミに似てると思ったわ。必死に自分を悪くする辺りとか。それを自分で気づいてない辺りとか」
「…俺、そんな事してる?」
「少なくとも、キルアにはね。私のように、褒めて可愛がるだけが愛情じゃないわ」
今この屋敷内に居ない弟を思って、静かに目を細める。
「あの子が絶対に死なないように…何があっても生き延びられるように。
あなたが施したアレは確かに褒められるものではないと思うけど…決して否定できるものでもないと思う」
「…………………」
「少なくとも、私は否定できないし、するつもりもない。今まであの子はアレのおかげで生き延びてきたと思うから」
そう言うと、コウは数時間ぶりにイルミの背を離れた。
慣れた体温が離れたかと思うと、後ろから首に腕が回る。
決して苦しくない…むしろ安らぐような抱擁。
「キルアは強くなるわ」
コウは自分の腕にかかった、長い黒髪を指で遊ばせつつ微笑む。
「いつかはあの戒めを解くかもしれない。でも…その時には今以上に強くなるでしょうね」
「……ま、それもいいんじゃない?」
「ええ…。少しは我武者羅になるキルアが見れるかしら」
クスクスと笑いながらそう言うコウ。
大人しく抱きつかれていたイルミは溜め息を落す。
「…今日はやけに引っ付きたがるね。何かあったの?」
「別に何もないわよ?ただ、久しぶりの休日を満喫してるだけ」
擦り寄るコウが猫みたいだなと思いつつ、イルミはコウの好きなようにさせている。
「人の体温ってさ。無事に帰って来たんだって思えるでしょ?暫く緊張する仕事ばっかりだったから…」
「はいはい。今のうちに精々緊張を解いておきなよ」
「ありがと。わかってくれるからいいわね、イルミは」
「短い付き合いじゃないからね。夕食までには放してもらうよ」
「くすくす…了解」
日が沈むまでの数時間…イルミは自分の体温をコウに提供する事となった。
Request [ 240000番|氷月胡子様 ]
05.04.13