記憶の糸

「付いてくる事になるとは思わなかったな…」

部屋に入り、漸く一息ついたクロロの第一声はそれだった。











「朝食はこちらのお部屋にお持ちしますね」
「頼んだよ。シュレイヤ」
「コウ様がその様な事を仰られる必要はございませんよ。メイド一同、コウ様のお帰りを心より喜んでおります」

嬉しそうに語るシュレイヤを前にして、コウも釣られるように笑みを零した。
その様子を、本棚の前に立つクロロが横目に見つめる。
前に帰郷した時よりは随分といい表情をしていると思う。
それが昨日話していた『決意』から来るものだと言う事はクロロ自身にもよくわかっていた。

「では、失礼します。ごゆっくりとお過ごしくださいませ」

コウとの話が終わったのか、シュレイヤは二人に頭を下げると部屋を出て行った。
扉の閉まる音とほぼ同時にコウはクロロを振り返る。

「って事で。この部屋好きに使ってくれていいから。ちなみに私の部屋は…」
「前と変わらないんだろ?聞いてた」
「あ、そう?じゃあ、よかったよ。うん。前と同じ部屋ね。上の階丸々私の部屋だから、適当に回ってもいいよ」
「……は?」

サラリと言ってのけたコウの言葉に、クロロは思わず間の抜けた声を返す。
コウはそんな彼に首を傾げながら問うた。

「何か変な事言った?」
「いや…上の階丸々?」
「あぁ、それね。だって、スフィリア家はすでに私以外誰もいないから。
全部丸ごと私の部屋って言っても過言じゃないけど…。ろくに使ってない部屋ばっかりよ?
入るって言うなら止めないけど、気をつけてね。変なのが住み着いてるかもしれないから」
「……………それはどうかと思うぞ」
「仕方ないじゃない。私だってつい最近家を継いだばっかりだし。一度人を雇って全部の部屋の掃除をした方がいいかしら?」

ベランダの脇に設置されたソファーに身を沈めながら、コウは顎に手を当てて考える。
そんな彼女を視界に入れつつ、クロロもその前に腰を降ろした。
コウがクロロのために用意させた部屋には本が置いてある。
その量と言うのは、壁一枚丸々本棚で埋め尽くされているほど。
どれも読んだ事のないモノばかりで、クロロの読書心を煽るには十分だった。
すでに持ち出していた数冊を自分の隣に置くと、すぐに一冊のページを捲り始める。

「気に入ったのはあった?」
「ああ。読んだ事のない本ばかりだな」
「それはよかった。書庫にも本があるから、読みたい時には私か…そこら辺を歩いてるのを適当に捕まえてね」
「………まだあるのか?」
「うん。この部屋の10倍は」

そう言うと、コウは手元のナイフへと手を伸ばした。
それは先ほどの会話の間に作り出したもの。
クロロはデタラメなスフィリア家の蔵書の量に目を見開いていたが、それ以上その話題を続ける事はなかった。
ポーチの中から用具一式を引っ張り出すと、コウはそのままナイフの手入れを始める。
暫くの間、本から顔を上げてそれを眺めていたクロロが、ふと口を開いた。

「念で作り出したナイフに手入れがいるのか?」
「いらないわよ」

すぐさま返って来た答えに、クロロは黙り込む。
必要がないと即答するにも拘らず、コウは現在進行形でナイフの手入れをしているのだ。

「ただの時間つぶし。後は…手入れの仕方を忘れないようにね」

微笑みすら浮かべてナイフに指を滑らせるコウ。
そして、そのナイフが音も無く手の中から消えると、今度は腿に装着していた銃を外す。
銀色に光るそれはかなり年季の入ったもので、所々に小さな傷が見られた。
それを見下ろすコウの眼はどこか憂いを帯びていて…。

「まだ忘れられないか」

クロロの唇から零れ落ちた言葉に、コウは視線を持ち上げた。
そして少しだけ困ったように微笑む。

「そうね。でも…忘れるつもりはないわ。あの子が生きていた証だから」

衣服から武器まで。
まるで初めから存在しなかったかのように、全てを消し去られてしまった。
残ったのはたった一つ。
このコウの手の中に残る銃のみだった。

「…いつ行くんだ?」
「え?……あぁ、ゾルディック家の事?明日行ってくるわ」

行き成り話が変わったので付いていけなかったコウだったが、すぐに質問の意図を悟った。
コウの返答に頷くと、クロロは漸く視線を文章へと落す。

「クロロは行かないでしょ?シュレイヤ達に話しておくから、屋敷内で好きなように過ごして」
「わかった。幸い本も飽きないほどありそうだからな。ゆっくりさせてもらう」

黒曜石の視線が文字を追って左右に揺れる。
それを視界の端に捉えながら、コウは銃の手入れを進めていた。
カチャカチャと言う金属音とページを捲る音だけが部屋の中に響く。















「ねぇ…」

コウが顔も上げずに手元に視線を落としたままそう声を出した。
クロロは目線だけコウへと向けるが、すぐに彼女と同じく自分の手元へとそれを戻す。

「どうした?」
「私が一緒だと迷惑だった?」

コウの手の中でカチンッとパーツがはまる。
その調子を確認しながら、コウは別のパーツへと手を伸ばした。

「…そんなわけないだろう」
「そう?てっきり旅団の方を任されるかと思ってたわ」
「…確かにそのつもりだった」

頷きながらページを捲る。
コウは旅団結成時のメンバーには入っていないものの、かなりの古株だ。
その仕事関係も然ることながら、彼女の性格は人を惹きつける。
旅団メンバーは滅多にコウに逆らったりしない。
故に、コウはクロロに次いで旅団にとってはなくてはならない存在なのだ。

「気にするな。お前はどこにいてもあいつ等と連絡が取れるし接触も出来るだろう?問題ない」
「…そうね。旅団にとっては、今はクロロの除念が一番大事よね」
「………コウにとっては違うだろう?さっさと自由になって来いよ」

4分の1ほどページが残っている本を閉じると、クロロは漸くコウへと視線を向けた。
その黒曜石のような眼にコウが映る。
クロロからの視線を受けて、彼女も視線を上げるとふっと微笑んだ。

「ありがとう」





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05.04.09