守る者と、癒す者
「イルミ、今日の仕事は?」
私は長く伸びた髪を結い上げながら、部屋に入ってきたイルミに声をかける。
ベッドの脇で伏せていたルシアが嬉しそうにイルミに駆け寄っていくのを鏡越しに見ていた。
「暗殺」
「…それは知ってる。イルミと一緒なのに盗みの仕事だとは思ってないから」
「まぁね。今回は色々と面倒だよ」
「数が多いからねー…ま、さっさと終わらせましょうか」
鏡の前に置いてあった銀の銃を太腿に装着すると、私はドアにもたれかかっている彼の方へと歩き出した。
「正門に58人。裏門に50人よ。どっちから入る?」
事前に調べておいた資料を思い出しながら隣のイルミに聞いた。
もっとも、返って来る答えはわかりきっているが。
「正門」
「…了解」
思っていた通りの答えに、自然と緩む頬を引き締める。
そして、太腿に手を伸ばして銃を取り出した。
しっかりとした重量感を伝えるそれのシリンダーをスイングアウトして弾が入っているのを確認する。
ガシャンと音を立ててシリンダーを戻すと、イルミの指示を待った。
「まだそれを使うんだ?」
「…形見だからね。あの子の事、忘れないように」
「全然忘れないくせに…」
なおも何か言いたげなイルミだったが、そのまま口を閉ざした。
彼は私の性格をよく知っていると思う。
だからこそ、こうして長い付き合いが出来ているわけだが…。
細かい事をいつまでもグチグチ言ってくる奴は嫌いだ。
その点を、私がよく仕事を共にする人たちはしっかり理解している。
「いくよ。面倒だから正面突破」
「はいはい。援護はしますよ」
そう返事を返して、緩んだ心を緊張させた。
全く気を緩めてはいなかった。
自分を狙う者は一人につき一発、決して無駄に弾を使わずに片付けていく。
背後から狙っていた男にも気づいていた。
だから振り向いて銃口を向けようとしたのだが………。
「イルミ…なんで…」
眼前に揺れる黒髪を見つめながら、私はそう呟いた。
床にポタポタと落ちる赤いそれは私のものではない。
傷を作り出した男はすでに息絶えて、その場に立っているのは私達二人だけだった。
二の腕を切り裂いている傷をイルミは痛みを見せない表情で見下ろしている。
「……………止血位しなさいよ!」
いつまで経っても動かないイルミに、私の方が痺れを切らした。
数本の血が筋を作っている腕を取り上げると、ポーチからハンカチを取り出す。
歯で小さく亀裂を入れて、そのまま布地に沿って切り裂いた。
手ごろな細さになったハンカチの成れの果てを止血点に巻きつける。
そうして、成れの果ての片割れを傷口に巻いた。
ハンカチがそれ以上赤く染まらないのを見て、私は安堵の溜め息と共に腕を放す。
腕を解放されたイルミは私の方を向かずに倒れている男に近づいた。
その男の首に手を当てて脈を確認し終えると、すぐにまた戻ってくる。
「仕事は終わったね。帰るよ」
そう言ってその部屋から立ち去っていくイルミ。
彼の気配が完全に消えてしまうと、私は溜め息を漏らした。
そして自分の仕事を完了するべく男の懐から鍵を取り出して金庫を開く。
「仕事完了」
口の中でそう呟くと、私は足早にその場を去った。
「遅い」
開口一番そう言われて、私の思考は一時動きを止める。
「あ、れ…?待っててくれたんだ?」
「誰も先に帰るとは言ってないけど」
「そうだったね。ありがと」
そんな小さな優しさが嬉しくて。
私はイルミの横に並ぶと怪我をしていない方の腕を取った。
「帰ったらその怪我治してあげるね」
必要ないと言い張るイルミを無理やり私の部屋へ連れ込んだ。
屋敷に戻った時にはすでに日は沈みきっていて、あたりを包むのは闇だけだった。
そんな時間に異性を部屋に連れ込むなんて…と言う考えなんて当の昔にどこかへ置き去りにしてしまっている。
もっとも、彼とは幼い頃から一緒にいるから珍しい事でも何でもないのだが。
ベッドの端に腰掛けると、イルミも観念したのかその隣に腰を降ろした。
「キチンと治さないと…。後に響いたらどうするの?」
「そんなに柔じゃないよ」
「そんな事は百も承知」
イルミの腕から包帯代わりにしていたハンカチを取り払うと、指輪をはめた手を傷口にかざす。
「“癒風”」
そう唱えると、傷口を仄かな光が包む。
光が治まった頃には傷はすっかりと癒えていた。
「何でこんな初歩的な怪我をするの?」
「…コウが狙われていたから…?」
「……………私に聞かないでよ」
首を傾げながらそう聞いてくるイルミに軽い眩暈を覚えた。
どうやら無意識に庇ってくれたらしい。
先ほどまで傷のあった場所に手を当てながら、口を開く。
「守られるほど弱くないわ。私を守って怪我をするくらいなら、私なんて放っておいて」
イルミの表情が僅かに変わる。
私にしかわからない程度の小さな…ほんの小さな変化。
「放っておくくらいなら、守らない」
真剣な眼に思わず口を噤んでしまった。
だが、その本意を悟ると嬉しさがこみ上げてくる。
「…じゃあ…守ってもいいから怪我はしないで?」
「…努力はするよ」
その努力がどこまで通じるかはわからないが…それでも彼の気持ちは嬉しかった。
守ると言ってくれるから、強くなりたかったの。
守られないくらいに。
それでも、守ってくれると言うならば…
私はあなたの傷を癒す者になりましょう。
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05.02.28