狐の嫁入り

先生の用事で少し遅れた部活の初日。
後から聞いた話に思わず笑ってしまいそうになったけれど。
頑張るって決めた彼に、必要以上の手助けは必要ないなと無理やりに自分を納得させた水曜日。

「田中…眠そうね」
「おー…」
「次、当たりそうだけど大丈夫?」
「おー…」
「…ありがとうね」
「おー………ん?なんか言ったか?」
「ううん、何でもない」

放っておけばすぐに眠ってしまいそうな田中から視線を外し、数学の教科書を準備する。
眠気が勝る脳内では上手く処理されなかったのか、彼からそれ以上の追及はなかった。
昼休み、教室の窓から下を眺める。
ポーン、と山なりに上がるボール。
その落下地点に滑り込み、拙いレシーブを返す、彼。

「お、雪耶ー」

日向の練習に付き合っていた菅原が窓際の紅の存在に気付き、ひらひらと手を振った。
その声を聞いて、日向もまた顔を上げる。
笑みを作りそうに緩んだ口元が、きゅっと結ばれた。
そんな表情変化に小さく口元を緩め、二人に向かってゆるりと手を振り返す。
そして、いつまでも見つめていたいと訴える視線を無理やり外し、窓際を離れた。

「―――もう一本!お願いします!!」

紅が姿を消した窓を見つめていた日向は、すぐに視線を外して菅原に頭を下げた。

「おー、いくべ」

再び、ボールが上がる。




「あれな、さっきの」
「!はい」
「うちの美人マネの一人」
「そう―――なん、ですか」
「うちのマネージャー、二人とも美人で人気高いぞー。まぁ、高嶺の花って感じでもあるけど」
「………」
「…日向はあんまりそういうの興味ないか?」

菅原はバレーひとすじ!って感じだもんなぁ、と笑う。
そのとき、予鈴のチャイムが響き、飛んできたボールを両手で受け止める。

「あざっした!!」
「おー、またな!」

日向は菅原の背中を見送り、校舎を振り向いた。
見上げた窓に先ほどの人影はない。









部活動開始初日に諸々の事情で協調性の欠如が浮き彫りになった日向と影山。
その二人と新入部員を含めた3対3の試合。

「紅、そっちお願い」
「はい。タオルも一緒に持ってきておきますか?」
「そうしようか。一人で大丈夫?」
「大丈夫です」

練習の中の試合形式とはいえ、スコアブックはある。
スコアは清水に任せ、紅はその他の細々とした雑務をこなしながら試合にも目を向けていた。

(あ―――)

―――飛ぶ。

バンッとスパイクが床を打つ。
一瞬の静寂。
思わず声を上げそうになって、ぎゅっと奥歯を噛みしめた。

(…楽しそうな顔)

日向の笑顔を横目に、くるりと体育館に背を向ける。
試合中だって、マネージャーがやるべきことは多い。

(今はマネージャー業に集中)

そう気合を入れ直してサーブの音に背を向けた。










試合は日向・影山・田中のチームがセットカウント2-0で勝利。
しわだらけの入部届が澤村の手に渡る。
清水が運んできた烏野高校の黒いジャージが新入部員に配られた。
ようやく一連の騒動も落ち着くところに落ち着いた―――
「速攻の練習をするぞ」という影山に元気に頷いた日向だが、あ、と思い出したように声を上げる。

「ん!」

胸を開くように両腕を広げて一言。
日向の行動に、各々自由に動き出していた部員たちが疑問符を載せた視線を向ける。
そんな彼らの視界を横切る、一つの影。

「翔陽!」
「「「「!?!?」」」」

迷いない足取りで駆け寄ったその影は、そのままの勢いで日向の腕に飛び込んだ。
長い黒髪がふわりと揺れる。

「おめでとう!」
「おう!ごめんな、心配させた!」
「ほんとだよ!もー!入部早々やらかすなんて」

ゼロ距離で軽快に交わされるやり取りはどこからどう見ても親密で。
両者が満面の笑顔を浮かべていることに、周囲は驚きを隠せない。

「雪耶さんって…笑うんですね」

月島がポツリと呟いた声に、止まっていた時間が動き出した。

「潔子さんに次ぐ烏野2大クールビューティーが…笑ってる!!」

田中の大声にほのぼのとした空気を作り出していた二人が振り向く。

「…くーるびゅーてぃー…紅が??」

きょとんとした表情の日向は、今一度腕の中の紅を見る。
見上げてきた紅はその顔に笑顔を浮かべていて―――彼からすれば、いつもと変わらない。
しかしながら、2年生以上の部員からすればそれは未知の表情で。

「おま…何した!?どうやって雪耶にそんな表情を!?」
「どうって…いつもこんな感じです!」

そう答えると、腕の中の紅が動き出した。
腕を緩めて彼女を解放する。

「知り合いか?」

澤村からの問いかけに、二人は改めて顔を見合わせた。
そして、澤村の方を向いて仲良く声を合わせて。

「幼馴染です」「恋人です!」

全く異なる返答をした。
もう一度見合わせる二人。

「…そういうことにしようって話じゃなかった?」
「いや、わかってるけどさ!やっぱりお前、その表情で無理あるぞ!?」

それくらい俺でもわかる!と指摘されてしまえば、日向の隣にいる自分の表情を自覚している紅は何も言えない。

「…つまり、雪耶と日向は恋人同士ってことでOK?」

紅は菅原からの問いかけにちらりと日向を見る。
心なしかわくわくしたような彼の視線が返ってきた。
しょうがないなぁ、と小さく微笑む。

「…はい」






「それにしても、雪耶は日向と一緒だと表情豊かだなぁ。まるで別人みたいだぞ」
「…紅ってすっげー人見知りで。あれは…緊張してた顔です!」
「1年も一緒なのに!?」
「筋金入りの人見知りだな!?」
「あ、でも多分もう大丈夫!俺がいるし!」




「…さすがにこの歳で人見知りって言われるの恥ずかしいんだけど…」
「ふふ。でも紅…いい表情」
「そう、ですかね?」
「うん、可愛い。全身で好きだよって叫んでるみたい」
「…潔子先輩、遊んでますね?」

2024.04.28