Crystal memory

ザク、と踏みしめた大地。
コクーンにいた頃は、こんな雄大な自然を自分の目で見られるとは思っていなかった。
コウは仲間たちから少し離れ、下界の大地を歩く。
すぅ、と息を吸い込めば、自然の匂いがした。

「コウ」

名前を呼ばれて振り向くと、そこにはホープがいた。
さっきまで召喚獣アレキサンダーとの一戦を終えたばかりだ。
どこか疲れを感じさせる彼に、コウは歩くのをやめた。
目に付いた岩に腰を下ろし、その隣をぽんと叩く。
自分が腰を落ち着けないと、ホープは休まないだろうと思ったから。

「疲れた?」
「…少し。でも…すっきりしたかな」
「そっか」

よかったね、と微笑む。
彼はこんなことを話に来たわけじゃない。
わかっているけれど、本題を切り出すべきは自分ではないと、コウはそう思っている。
だから、彼が言い出すまでの僅かな間…居心地の悪い沈黙にしないようにと、彼女は口を開くのだ。

「綺麗ね。下界がこんなところだなんて…写真でしか、知らなかった」

コウの言葉に、ホープは彼女の家を思い出す。
そう言えば、彼女の家にはパルスの写真が飾ってあった。

「グラン=パルス…うん。まさに、その通りだよね」

グラン=パルス―――大いなる下界。
下界に生きる人々はそう呼ぶのだと、ファング達が教えてくれた。

「…コウは…何で僕たちと一緒に?」
「…ホープがそれを聞く?」
「いや、確かに連れ出したのは僕だけど…こんな危ないところまで、一緒に来なくてもよかったはずなんだ」

そう、現に彼の父は騎兵隊により保護され、安全な場所に移されている。
いくら親が留守とはいえ、彼と一緒に行動していれば下界までやってくることになどならなかっただろう。

「ホープが心配だったから」
「でも…!」
「って言うのは、半分冗談。グラン=パルスが見たかったのかな…」

コウが青い空を見上げてそう答えた。
写真を大事にしていたことを知っているからこそ、その言葉が偽りではないとわかる。
それだけではないと思ったのだが、彼女の空気がその先を拒んでいる。
遠い目を見せる彼女にかけるべき言葉を失っていると、不意に彼女が彼を見た。

「少し、顔色が悪いみたい。寝不足?」

年齢の割には長い付き合いの彼女には、いくら隠しても無駄なようだ。
ホープは溜め息を吐き出した。

「…夢を見るんだ」
「…夢」
「そう。ルシにされたあの時の事とか…自分がシ骸になる夢」

人はそれを悪夢と呼ぶのだろう。
夢見が悪い所為で彼の眠りは浅い。
疲れが蓄積されるのも無理はなかった。

「ホープ」
「何―――うわっ!!」

名前を呼んで振り向いた彼の肩を掴んで引き倒す。
姿勢を崩した彼は、そのままコウの膝の上に倒れた。
コクーンにあるベンチのように座り心地は良くないけれど、自然のベンチも中々だ。

「寝なよ。ホープが悪い夢を見ないように、一緒にいてあげるから」
「寝るって言ったって…」

この体勢で?と問う彼の頬は少し赤い。
膝枕なんて、母親にだってしてもらわないだろうから無理はない。

「いいからいいから。ほら、目を閉じて」

言いながら手を彼の額から鼻の方へと滑らせる。
促されるように瞼を伏せた目元に腕を乗せる彼。

「…寝るのが怖いんだ」

彼の唇が動き、そう言った。
うん、と頷いて彼の髪を撫でる。

「大丈夫。悪夢は見ないよ。ホープが見るのは、幸せな夢。私が―――約束する」
「…はは。コウが言うと、本当に大丈夫な気がしてくるよ」

そう言った彼は、それから口を閉ざした。
規則的に動く胸、吐き出される息。
やがてそれが静かに寝息へと変化したところで、コウは彼の額に自身の手の平を乗せる。

「おやすみ、ホープ」

彼の額に乗せた手の甲に、赤と黒の烙印を浮かぶ。
ルシの烙印ではないそれは、目に見えるタイムリミット。
“力”を使えば使うほど、赤の面積が広くなる。
黒の面積がコウに残された時間。
やがて手の甲の烙印は消え、いつもの白い肌が戻ってくる。

「お願い。気付かないで」

―――気付いて。

届かない―――言葉に出した声も、心の中の声も。













パンッと何かが弾けるような音がして、眠りの世界から一気に引き上げられる。
勢いよく飛び起きたホープは、何がなんだかわからない様子だった。
そんな彼を見て、起こした張本人であるスノウが楽しげに笑う。

「やっとお目覚めか?」
「スノウ!」

咎めるように声を上げれば、彼は「よく寝てたなー」なんて笑い声を返す。
そして、いつの間にか集まっていた仲間たちが、表情を緩めながら彼らのやり取りを見守る。
コウはそう思いながら立ち上がり、数十分動かしていなかった身体をうーん、と伸ばす。

「そろそろ行くぞ」

そういって歩き出すライトニング。
続くようにして皆が歩き出す中、ヴァニラがコウの隣に駆け寄ってきた。

「仲良いね」
「うん。幼馴染だから。家族みたいな感じ。ヴァニラとファングと同じだよ」

声をかけてきたヴァニラにそう返す。
すると彼女はそっか、と嬉しそうに頷いた。

「おい、二人とも。ぼんやりしてると置いてかれるぜ?」

少し前で二人を振り向くファングがそう声をかける。
はーい、と声を揃えてほんの少し歩調を速めた二人。

―――ずっとこの時が続けばいいのにな。

見上げた空は、青い。

10.01.07