Crystal memory

嘘だと思いたかった。
おじさんから告げられた内容に、ただ言葉を失う。
一緒に花火を見に行けないけど、来週出かけようって。

テレビでパージが始まったと聞いて、あまりいい気分じゃないなと思った。
けれど、それはテレビの中の話で…私にとっては、所詮は他人事だった。
それなのに。










近くでルシが目撃されているらしく、この区域もパージの対象になるらしい。
父さんと母さんが出かけていたのは、不幸中の幸い。
私が巻き込まれたとしればとても悲しむだろうけれど…聖府の政策ならば、仕方ないと諦めてくれるはず。
誰も居ない家の中で、独り膝を抱えた。
街からは時折爆発に似た音が聞こえていて、ルシが抵抗しているんだなと考える。

「私には関係ないけどなぁ…」

嫌な事ばかり伝えてくれるテレビは電源を引っこ抜いてしまった。
これで、私に情報を伝えてくるものは何もない。

「…言いたかったのに、な」

伝えたかった言葉がある。
伝えられなかった言葉がある。
自分がパージされる事だって、もうどうでもいいけれど、せめて。
静かに壁にかけられている雄大な自然の映し出された写真を見つめた。


私は…聖府を、信じていなかった。
だから、パージされた先の未来が幸せだとは思っていない。
だからこそ、なのだろうか。

「伝えたかったな、なんて」

今更悔やんだって、どうなるものでもないけれど。
ドォン、と言う爆発音が、酷く近くで聞こえて、そして―――信じられない光景が目の前に。
慣れ親しんだ家の壁が崩壊している。
その中に、人影が見えたのだ。
大きくはない、そう、少年のような人影。
それは、どこか見覚えのある背中のように見えて―――ドクン、と心臓が音を鳴らす。

「ホープ…?」

震える声でその名前を呟けば、彼が振り向く。
その表情に見えたのは、安堵と、嬉しさと…不安?
どうしてそんな顔をするの、と言う言葉は、立て続けに聞こえてきた爆音に掻き消された。











ホープに手を引かれて、街中を走る。
いつも見上げた時計が不自然な角度に折れていたり、綺麗な花壇が踏み潰されていたり。
全てが、まるで違う世界のように変わってしまっていた。
ホープの前を走るあれは誰?
そんな小さな疑問すら、口に出す暇もない。
凛と背筋を伸ばした女性二人が、怪我を負った男性を連れている。
とても速いとは言えないペースで進んでいるのに、彼の背中に声をかけられなかった。

「ライトさん、そこが僕の家です!そこでスノウの治療を!」

ホープの家に程近い場所で、彼がそう声を上げた。
あぁ、と頷く女性―――彼女が、ライトさんなのだろう。
家の前に着くと、ホープが私を振り向いた。

「ちゃんと、全部話すよ」

そう言ってぎゅっと私の手を握ってから、それを離して玄関に近付いていく。
そして、彼の私たちは家の中へと入った。








ホープがおじさんに説明しているのを、その隣で聞く。
パージの途中で彼らと出会った事、ルシにされた事、おばさん…ノラさんが死んだ事。
おじさんは悲しげに、苦しげに…その表情を歪めた。

「ごめん。無理に連れてきて…」
「…ううん。気にしてない。だって…あそこに居たら、瓦礫に押し潰されてただろうから」

銃弾で死ぬのが先かな、なんて笑ってみたけれど、効果はなかった。

「下界のルシ…か」
「…うん」
「使命はわからない…んだよね?」

確認するように問いかければ、うん、と沈んだ声が返ってくる。
私はホープから視線を外し、彼がライトさんと呼んだ女性を見た。

「少し、話を出来ませんか?」
「…あぁ」

彼女はホープとおじさんを横目に見てから、小さく頷いて腰を上げてくれた。
それに倣うようにしてソファーから立ち上がれば、ホープの視線が私を見上げる。

「ちょっとだけ、ね?」

すがるように伸ばされた手を一度握ってから、彼の傍を離れた。
廊下の向こうまで歩き、壁に背中を預ける彼女。

「何の話だ?」
「あなた方はルシ…使命を果たすためにも、ここを去るんですね?」
「そうなるな。待っていてもシ骸になるだけだ」
「私も連れて行ってください」

迷いを捨てて彼女を見つめ、そう頼む。
彼女はまさか私がそんなことを言うとは思っていなかったのだろう。
驚いたように私を見つめ返す彼女。

「駄目だ。これ以上足手まといはいらない」
「これでも…駄目ですか?」

そっと身体の前に手を差し出す。
水を掬うような形をした手の平の中に、ヒュォォ、と風が吹いた。
再び目を見開く彼女。

「お前も、ルシなのか…?」
「私は―――」

静かに語った私の言葉を、彼女は信じられないという表情で聞いていた。

「両親は私がこれを知っているとは知りません。ホープも…知りません」
「…お前の事情はわかった。だが、何故私たちについてくるんだ?」
「ホープがいるから。―――では納得してくれそうにありませんね」

厳しい視線を向け続ける彼女に、苦笑いを浮かべる。
できれば、これ以上のことは話したくないのだが…どうすべきか。
次の言葉を思案する私の前で、彼女は静かに溜め息を吐き出した。

「ホープには自分で話せ」
「…じゃあ…」
「私たちの進む道は険しい。弱音を吐いたら置いていく」
「ありがとうございます!えっと…ライトニングさん?」
「…ライトでいい」

そういった彼女が、少しだけ笑った。
その表情が切なく見えて…あれ、と思う。

「ライト、さん?」
「…気にするな。お前が少し…似ていただけだ」

疑問に答えるわけでもなくそういった彼女は、それ以上何も言わせずに彼らの待つ場所へと歩く。
その背中を見つめながら、私は彼女が先ほどしていたように壁に凭れた。
ホープたちと一緒に―――それが、私が望むことへの第一歩になるのだと…そう、願う。

10.01.03