Crimson memory
「…ありがとう。カストル、ポルックス」
コウは乗っていたカストルの頬を撫でてから、同じく顔を寄せてきたポルックスの頬を撫でる。
本来ならば、チョコボであれば避けるであろうダンジョン内すらも、自分と共に進んでくれた二匹。
そんな二匹の大きな顔を両腕でギュッと抱きしめ、彼らを放した。
「安全な所へ行く?」
そう問いかけるけれど、二匹は嫌がるように首を振った。
「そう―――なら、待っていてね。彼を解放しよう」
コウが見上げた先には、大きな壁がある。
エメラルドグリーンのそれは、マテリアにも似ているし、全く別の何かのようにも思える。
透明に澄んだその壁の中に、その人はいた。
「セフィロス…私は来たわ。あなたに何があって、あなたが何を抱えてしまったのかなんてわからない。
でも―――あなたの意思とは別の何かが動いていることは、わかった」
どこまでが本当のセフィロスで、どこからが違っていたのか。
最早、そんなことは些細な問題だ。
コウにとっては、目の前で瞳を閉ざす彼が、セフィロスであるという自らの確信だけが重要で。
そっと触れた壁の向こうに、彼が居る。
コウは一度目を閉ざし、持っていた剣を構えて―――そして、一息に振り下ろした。
大きな斬撃が壁へと突き進み、派手な音を立てて砕け散る。
最後の距離を走り、崩れ落ちてくるその身体を受け止め、強く抱きしめた。
「セフィロス…ッ!」
彼の首筋に触れ、その肌の下の拍動を感じ取って小さく安堵する。
生きている―――コウには、それだけで十分だった。
「………っ」
ピクリ、と彼の瞼が動き、それがゆっくりと開かれていく。
焦点の合わない碧い眼が、やがてコウを認識した。
「………コウ」
頬へと伸ばされるその手に自身のそれを重ねる。
緊張していたのだろうか、冷たい頬には、彼の低い体温すらも温かく感じた。
「…ジェノバだ」
「え?」
「ジェノバを介して、コピーの動向は知っている。アレの意思は強い」
「…ジェノバって…あなたの、母親の?」
「古代種だ。俺の身体に、その細胞が埋め込まれている」
「………待って、ちょっと理解が…。それよりも、身体は…」
大丈夫なの?と問いかけようとしたコウだが、コートの奥に見えた胸元の大きな傷に思わず息をのむ。
既に傷は塞がっているようだが、この傷は間違いなく致命傷であることがわかる。
「これ…昔は、なかった…わよね」
「クラウドに斬られた。それからずっと、ここで肉体を癒していた」
「…クラウドに…!?……もう、何が何だか…とにかく、この傷は大丈夫なの?」
「ああ」
何がどうなってそうなったのか。
コウの持つ情報は、セフィロスはザックスと共に任務へと就いたのが最後だ。
クラウドも兵士として共にいたことは知っているけれど、セフィロスに彼が斬られた?
ザックスならばまだしも、クラウドに斬られるとは、俄かには信じがたい。
クラウドから5年前のニブルヘイムの一件の話は聞いているが、彼の話はザックスの視点が混在していて、その全貌を理解するには複雑すぎた。
「ニブルヘイムには、ザックスの他にクラウドもいたのよね?」
「ああ」
「ジェノバ・プロジェクトを知ったのはそのとき?ニブルヘイムを破壊したのもあなた?」
「…そうだな。ジェノバの意思が強かったと思うが…曖昧だ」
「そこで、クラウドに斬られた後、ここに辿り着いた。そして、傷を癒して今に至る―――ということ?」
「…大筋はそんなところだな」
まるで他人事のようだと思う。
彼は、コピーを通して世界と関わっていたために、まるで映像を通していたようだと言った。
「ジェノバを介して意識を共有していた―――メテオを呼んだのは…あなたの、意思…?」
「………お前は、どう思う?」
真っ直ぐに見つめられ、思わず口を噤む。
あのニブルヘイム以降に出会ったセフィロスが全てコピーなのだとして。
それでもコウには、コピーの中に感じたセフィロスの存在も、否定はできないのだ。
「…ここに来る前に、神羅ビルに忍び込んだわ」
避けていたけれど、それでは真相に辿り着けないとわかったのだ。
ジェノバ・プロジェクトの詳細に関しては、何も残されていなかった。
けれど、別の情報を得ることには成功した。
「…ティルのことだけれど」
「…あれは息子か?」
「ええ、それはほぼ間違いないわ。5年前、私はあの子を妊娠していたみたいね。
あの子は研究者によって管理され、成長させられていた。記録が残っていたわ」
日々の成長の記録と共に、様々な実験に関するデータも残されていた。
それらは膨大な量であり、その全てに目を通すことはできなかったけれど。
少しの間、目を通したものだけでも、幼い彼にどれほどの研究が施されていたのかが理解できた。
「ジェノバの影響は?」
「恐らく、適合しなかったのね。もしくは―――私の要素が、邪魔をしたのか」
研究者ではないコウには、データの示すところをすべて理解することはできなかった。
わかったのは実験の大まかな内容や結果程度であり、それが即ち何を意味するのかは分からない。
しかし、彼のデータを探るうちに、コウは辿り着いていた。
「…セフィロス・ゼロ」
「………何だそれは?」
「ティルの実験と共に、進められていた研究。神羅の研究者が、“あなた”を生み出していた。
ジェノバに最も適合する個体を、ティルの遺伝子を足掛かりにして」
「…つまり、コピーではなく…俺自身を生み出した、と言うことか」
「宝条が類稀なる研究者であることは、最早、否定はできないわね。人道的な面はさておき、だけど。
彼にかかれば人格すらも移すことができるらしいわ―――ティルも、恐らくは」
そうでなければ、彼は成長した肉体に5歳の精神が入っている状態であるはずだ。
「私はあなたとの再会は5年ぶりで、先日まで顔を合わせていたのはセフィロス・ゼロだと結論付けたわ。あなたの意見は?」
「…異論はないな」
「そう、良かったわ。ジェノバ・プロジェクトがよくわからないけれど」
とりあえずはすっきりした、と達成感と共に肩の力を抜いた。
彼が真の黒幕ではなかったことに、安心したのかもしれない。
もし、彼が黒幕であったとしても、コウに世界は選べなかった。
彼の他にも大切な人はいるけれど、それでも―――彼よりも、大切な人はいない。
例え世界の全てが敵に回るのだとしても、やはりコウは、セフィロスを選んでいただろう。
けれど、彼でなければいいと願っていた。
「―――行くぞ」
「どこに?」
「ニブルヘイム…神羅屋敷の地下に行けば、お前にも理解できるだろう」
そう言って歩き出したセフィロスが、少し離れたところにいた二匹に視線を向けた。
コウとセフィロスが話をしていた間は、鳴き声一つ上げることなく大人しくしていた二匹。
相変わらず頭が良いな、と思いつつ、二匹の元へと向かう彼の背中を追う。
「…元気そうだな」
「『ちょこぼう』で大切に世話をしてもらっていたみたいよ」
「そうか」
「…ちゃんと、十分なお礼はしてきたわ」
セフィロスの考えを読み取ったコウがそう言うと彼は頷いて、頬を寄せてくる二匹を抱きしめた。
―――あぁ、何も変わらない。5年前の、あのときと。
カストルの背に乗るべく歩き出したセフィロスだが、その歩みはコートを掴むコウによって止められた。
振り向いたセフィロスの目に、俯く彼女の姿が映る。
「…セフィロス、お願い。抱きしめて…?」
あなたが、ここにいることが夢ではないのだと、感じさせてほしい。
声を僅かに震わせながらそう言ったコウは、次の瞬間にはセフィロスの腕の中にいた。
強く、痛いほどの抱擁が、これが現実なのだと教えてくれる。
「セフィロス…セフィロス…ッ」
コウが強い女性であることは、セフィロスが一番よく知っている。
そんな彼女が、少女のようにボロボロと涙をこぼしながら肩を震わせていた。
この細い身体に、心に、どれほどの不安や葛藤を抱かせたのだろうか。
コピー、いや、ゼロを通じた意識では、それらを感じ取ることはできなかった。
「―――コウ」
すまない、と謝罪を口にすることは簡単だが、彼女はそれを望んではいないだろう。
その名前以外の言葉は何もなく、ただただ強く、彼女を抱きしめた。
18.02.18