Crimson memory

「コウさん。お話があります」

皆が寝静まった頃。
一人起きていたコウは、エアリスに呼ばれた。
ここではさほど危険もないだろうと、彼らの傍を離れる。

「一緒に来てくれませんか?」
「………忘らるる都?」

コウの問いかけに、エアリスは小さく頷いた。
恐らく、一人でも辿り着く事は出来る。
けれど…どうしても、コウが必要だと思った。
彼女と一緒に行かなければならないと、第六感がそう告げている。

「…いいわよ」
「本当、に?」

頷いてくれると思っていなかったのか、エアリスが呆然と問う。
そんな彼女に、コウはクスリと笑い、外していた装備を付け始めた。

「発つわよ。…彼らが起きる前に」
「あ、はい」

エアリスが自分の装備の元へと足を進める。
彼女を見送ってから、コウはティルの方を見た。
発掘作業の手伝いなど、色々あったからだろうか。
彼の眠りは深いようだ。

「…ごめんね」

神殿を出てから、まともに話していない。
それを求めているのだと気付いていたけれど、コウの方に余裕がなかった。

そっと、胸元に手を添える。
セフィロスによって貫かれた箇所には、脇腹と違って傷一つ残っていない。
それだけで、セフィロスにとっては本意ではない攻撃だったとわかる。
臓器を縫うように刺された正宗、最大魔力で唱えられたケアルガ―――セフィロスには、コウを殺す気がない。
止めるためだけに、彼女を攻撃したのだ。




不安がないと言えば嘘になる。
また、セフィロスと会ってしまえば、自分を失ってしまうかもしれない。
自分の手が、彼を傷付けてしまう恐怖。
けれど―――

「迷っていては、駄目」

全てが終わってから手を伸ばしても遅いのだ。
間に合わなければ意味がない。

「コウさん」
「…行きましょうか」

大丈夫だと言う確信はない。
けれど、コウには覚悟があった。

















祭壇に向かって祈りを捧げるエアリス。
コウはまるで護衛のように彼女の後方に控えていた。
一心に祈り続ける彼女。
もし、自分が彼女と同じように古代種の血を引いていたならば―――セフィロスの心を、理解できただろうか。
あり得ない現実を考えるなんて自分らしくないけれど、そう思ってしまう。
その時、コウは背後に降り立った気配に気付いた。
ドクン、ドクン、と心臓が不自然な音を刻む。

「―――傷は」
「…ないわ」
「…そうか」

コツ、と足音が聞こえたと思えば、背中がぬくもりに包まれる。
懐かしすぎる熱に、涙がこみ上げた。
頬を流れそうになるそれを堪えるように、そっと瞼を伏せる。
あれほど抗い難かったセフィロスへの殺意はない。
それを上回る感覚が、コウを支配していた所為だろう。
今だけは、世界も何も関係なく、ただただこの熱を感じていたかった。






二人の境界を拒むような強い抱擁が終わる。
離れる腕に、縋りつきそうになった。
けれど、セフィロスはコウが手を伸ばすよりも早く、彼女を追い越して歩き出す。
まるで空に地面があるかのように、飛び石を気にせず一歩ずつ進む彼。
セフィロスの向かう先にはエアリスがいる。
コウは静かに唇を噛み、剣に手をかけた。

「ねぇ、セフィロス」

祈りの間、目を閉じていたはずのエアリスが、口を開いた。
背中にいる彼の姿が見えていないはずにも関わらず、その声に迷いはない。
足を止めるセフィロスと、振り向くエアリス。

「この世界が嫌い?世界が…憎い?」
「―――――」

セフィロスはエアリスの言葉に答えない。
沈黙がその場を包む。

「…この世界が壊れたら…あなたの一番大切なもの、消えてしまうんだよ?それでいいの?」

どうしても、伝えたかった。
エアリスの脳裏にはかつての二人。

ソルジャーを目指す誰もが憧れ、救われた人々は二人に希望を見た。
コウほどの表情はなかったけれど、あの頃のセフィロスは世界を憎んでいなかったと思う。
エアリスも、そんな二人の姿に幸せな未来を見た。

だからこそ、今の状況を許せないでいる。










一番大切なもの―――浮かぶのは、つい先ほどこの腕に感じた熱。
コウの熱が、セフィロスを一歩、人へと近付ける。
離れる彼女の熱が、セフィロスを一歩、人から遠ざける。
セフィロスの精神状態は、いつも、コウと言う存在により安定していた。
コウを失う―――自分の想像に吐き気がした。
沈黙のまま振り向くセフィロス。
案じるように、けれどかつての任務の時のような空気を纏い、コウはセフィロスを見ていた。
そうして暫く無言で見つめあう二人だが、コウが小さく微笑む事により、その時間は終わりを告げる。

「…いいよ」
「コウ、さん…!?」

全てを許容する言葉に、エアリスがどうしてと声を上げる。

「私はこの世界が好き。あなたと出会い、あなたと生きた…この世界を愛している」

コウは剣から手を離し、一歩ずつ前へと進む。

「でも…セフィロスがそう望むなら…いいよ」

セフィロスの前に立ち、そっと彼の頬に触れる。
魔晄を浴び続けた碧い瞳が、迷いに揺れた。
狂っているわけでも壊れたわけでもない。
彼はまだ、人として生きている。
壊れ物を扱うように優しく、けれど全てを奪うように強く。
自分自身の存在を繋ぎとめるように抱き締められた感覚は、今でも全身に残っている。

「あなたが何を考えていようと、何を望んでいようと…受け入れる」

そう言って、コウはセフィロスを抱きしめた。
まるで母が子供を抱きしめるように、優しく、そしてあたたかく。

「―――コウ」
「うん」
「コウ…コウ」
「うん。大丈夫―――私は、傍にいるよ」

何人も立ち入る事は出来ない。
そんな神聖な空気すら感じさせる二人に、エアリスはひとり、静かな涙を零した。

11.01.15