Crimson memory
突如、ぐらぐらと地面が揺れた。
向かう先で何かが起ころうとしている予兆なのだろう。
思わず足を止めて体勢を低くするメンバーたち。
ティルたちは大丈夫だろうか―――振り向いたコウの耳に、ガラ、と言う何かが崩れる音が聞こえた。
今までの経験により、コウは咄嗟に隣にいたクラウドの腕を引いて飛んだ。
その瞬間、二人がいた場所に天井が崩れ落ちてくる。
崩れ落ちる瓦礫の隙間から、ティルとエアリスが見えた。
驚いたような二人の表情は、すぐに見えなくなってしまう。
「ティル!!」
「エアリス!?」
コウとクラウドが同時に声を上げた。
漸く瓦礫が落ちてこなくなったそこは、天井近くに僅かな隙間があるだけの状況。
到底、人が通れるようなものではない。
「クラウド、コウ!無事?怪我はない?」
瓦礫の向こうから声が聞こえ、二人は顔を見合わせてから無事だと告げる。
「二人は進んで!!私たちは一旦戻って皆と合流する!皆と一緒なら瓦礫もどうにかできると思うし!」
「わかった!」
一刻を争う状況なのだから、この判断は間違っていない。
クラウド一人であれば進ませることに不安を覚えただろうけれど、コウがいる。
彼女は強く、そして聡明で、誰もが憧れたソルジャーだから。
二人なら、セフィロスのところまで辿り着けるはず。
進んで、と言ったエアリスに、クラウドが頷いた。
コウは口を噤んで瓦礫の向こうを見つめる。
ずっと黙っているティルの存在が気がかりだった。
「…気を、つけて…」
どうか、無事で。
そんな、呟くような弱々しい声が聞こえた。
「…ええ、あなたたちも」
こんな時だと言うのに、泣きたくなるように切なくなった。
小さく答えたコウは、その場に背を向けて歩き出す。
案じてくれる彼には申し訳ないけれど―――彼女にとっては、都合が良かった。
出来れば、この先に起こるであろう事を、ティルに見せたくないと思っていたから。
この時既に、彼女は自分の身に起こることを予測していたのだ。
「…ク、ラウド…ッ!」
搾り出すような声、空気を震わせる魔力。
指先一つも動かないほどの殺気に中てられたクラウドは、頬に一筋の汗を流した。
止めたい。
彼女との約束を果たしたい。
それなのに、身体が動こうとしてくれない。
そうしている間にも彼女はダンッと床を蹴ってしまう。
空中で自身の得物である剣を斜め下へと構える。
ギィン、と刀と剣が火花を発しながらぶつかり合った。
セフィロスの碧い目が、上から斬り込んだコウを見上げる。
―――嫌だ。
ギリ…と噛み締めた唇が血を流す。
―――嫌だ。
ぶつかった反動を利用して後方へと飛び、そこから床を蹴って側面から剣を振り上げる。
その攻撃も、彼の片手持ちの刀によって防がれた。
腕を軽く痺れさせるほどの攻撃力に、セフィロスが軽く眉を寄せる。
「……嫌…っ!」
嫌なのに、身体が言う事を聞かない。
目の前の敵を倒せと、細胞が訴えてくる。
モンスターに仕掛ける時と同じ力、同じ速度で斬りかかっていく身体。
―――止めたいのに、止められない。
「逃げて…!」
赤く染まった目が涙を零す。
上段から斬り下ろした反動で、涙が宙に舞い、セフィロスの頬を濡らした。
「逃げ、て…セ、フィ…ッ!」
彼はコウを見上げ、僅かに目を細める。
それと同時に、彼の刀が刀身を赤く濡らしながら彼女の腹部を貫いた。
今度は脇を掠めるような攻撃ではなかった。
間違いなく、彼の刀、正宗が彼女を貫いているのだ。
「コウッ!!!」
彼女の背中に刀が生えた頃になって、漸く身体が動いた。
しかし、彼の刀が彼女を貫いた事に変わりはない。
激しい攻撃を繰り出していた手が緩み、ガシャンと剣が床に落ちる。
唇の傷からではない血が口元から溢れた。
ずるりと刀が動き、彼女の身体を解放する。
同時に崩れ落ちる彼女を見て、クラウドは駆け出した。
だが、その距離は到底一瞬で詰められるような距離ではない。
彼女が崩れ落ちる様は、まるでスローモーションのように見えた。
完全に床に横たわると思われたコウは、セフィロスの腕によってそれを免れる。
「セフィロス!あんた、何で…っ!!」
コウがセフィロスに攻撃を仕掛けたことも信じられなかった。
しかしそれ以上に、彼が彼女を貫いたと言う事実が、クラウドの心を揺さぶる。
恋人の声すらも、彼には届かなくなってしまったのか。
防げなかった自身の不甲斐無さをぶつけるかのように、クラウドが声を荒らげる。
セフィロスは彼を一瞥する事すらなく、腕の中でぐたりとしているコウを見下ろした。
「―――ケアルガ」
形良い唇が魔法を唱えた。
同時に、彼女の腹部の傷跡を中心に癒しの光が発生する。
その光が治まる頃には、彼女の怪我は見る影もなく完全に回復していた。
自分で貫いておきながら、彼女を癒す。
セフィロスの行動が、クラウドには理解できなかった。
彼は顔色を取り戻したコウを見下ろし、刀を握ったままの手で涙の跡の残る頬を撫でる。
その表情が優しさや愛しさを秘めたものであると気付ける者は、この場には居ない。
惜しむように何度もその頬に手を滑らせ、そして―――吐き出した血に濡れたその唇にそっと口付けた。
それから、彼は無言のままにコウを床へと横たえる。
「コウ!!」
漸く彼女の元へ辿りついたクラウドは膝を着いてその身体を見下ろす。
怪我は完全に完治し、ただその反動で意識を飛ばしているだけのようだ。
ほっと安堵した頃には、すでにセフィロスは数メートルも向こう。
「何でコウを刺した?」
「……マインドコントロール。コウは俺を殺すよう操られている。神羅の考えそうな事だな」
そうでなければ、彼女が自分に攻撃を仕掛けてくるなど、ありえない。
口には出さないけれど、セフィロスはそう思った。
それが分からないほどに短い付き合いでもなければ、その関係が浅かったわけでもない。
もし本心からの攻撃であったならば、彼女が表情を歪めて涙を流す必要などないのだ。
「何でそんな中途半端に大事にするんだ…!その所為でコウは…あんたを追い続ける!」
「………その為だ」
「…え…?」
そう問い返すも、それ以上は何も言うつもりはないようだ。
最後にもう一度彼女に視線を向け、そして踵を返した彼は、無言のままにどこかへと消えてしまった。
残されたクラウドはコウを見下ろして唇を噛む。
「連れて行かないなら…突き放せ…っ。どれだけあんたの為に涙を流させれば気が済むんだ…」
強く、強く、強く―――ソルジャーとして求められる強さを持った二人は、目標であり憧れだった。
ソルジャーとして憧れていた姿は、すでに過去の幻影と化している。
ならば、せめて…彼女と一緒だったあの時の姿だけは、幻にして欲しくはなかった。
共に行動していた間、ふと彼女を視界に映せば、その横顔はいつだって愁いを帯びているのだ。
泣き叫ぶわけでもなく、無言で夕日を眺めながら静かに目を細めた彼女を忘れる事はないだろう。
「クラウド!」
駆けつけた仲間の声が聞こえた。
クラウドは頭を振ってぐちゃぐちゃな感情をどこかへと放り投げ、彼らを振り向く。
どうしたの、と言う幼馴染の声に、何だかとても…泣きたい気分になった。
10.02.28