Crimson memory

腑抜けた、と言う表現は失礼なのかもしれない。
生気を抜かれたように、ぼんやりと窓の外を見つめるティル。
そんな彼を見ていると、心がざわざわした。
出した手紙の返事を待ち続けた自分の姿を、彼の背中に見ているような気がして。

「もう、少しは食べないと…身体を壊しちゃうよ」

湿った空気を一掃するように、明るい声で話しかける。
聞こえているはずなのに反応を示さない彼。
それだけでも、コウの存在の大きさが理解できる。
尤も、母親が大切ではない子供がどこにいるだろうか。
況してや、ティルは今まで親のぬくもりを知らずに育ってきた。
古代種の私ですら、実の母親ではないとは言え、優しさの下で育ったのに。
年相応に成長することすら出来ず、両親に会うことすら出来ず。
父親を憎んで育ってきた彼にとって、母親は心の支えだったのかもしれない。
生きていた―――それだけでも十分すぎる。
けれど、その先を望んでしまうのが、貪欲な人間と言うもの。

「今度コウに会った時、そんな調子じゃ怒られるよ。…聞いてるの?」
「…会うも何も、置いていったじゃないか」

窓の外を見つめたまま、ティルがそう答えた。
返す言葉が見つからない。
沈黙した私に、彼はゆっくりと続ける。

「俺は、元々生まれる必要のなかった子供なんだな。セフィロスも、母さ…コウも、俺を置いていく」
「そんな事ない!!」

咄嗟にそう返した私に、ティルは驚いたように肩を揺らす。
そして、時間をかけて私のほうを向いた。

「違う。そうじゃないの、ティル。コウさんは…」

何を言えば、彼に伝えることが出来るのだろうか。
過去の日、ザックスが話してくれた事を思い出す。












「セフィロスとコウってさ、ホントに強いソルジャーなんだ。俺なんか一瞬、って感じ」
「へぇ、ザックスも強いのにね」
「まぁな。俺も弱くはないんだけどさ。あの二人は別格。比べられないっての」
「その二人って恋人同士なんでしょう?ソルジャーって子供が出来たらどうするのかな」

素朴な疑問を抱いたエアリスに、ザックスはその頬を掻いて、あー、と唸る。

「…子供は、いらないんだとさ」
「どうして?」
「…ソルジャーってのは、いつ死んじまうかわからないだろ?置いて逝く事がわかってるのに、作れないって」
「…聞いたんだ?」
「やっぱ、そこは気になるだろ?」

苦笑を浮かべた彼は、そのまま教会の天井を見上げる。

「そう言うのって、寂しいよな」
「…うん。そうだね。やっぱり、好きな人の子供なら…この腕に抱きたいって思うよ」
「俺、コウに辞めれば、って言ったことあるんだ。だけど、コウは頷かなかった」
「どうしてかな」
「守りたいものがあるんだ、って。それに、待ってるのは嫌なんだって―――そう、言ってた」
「…それが、二人の考え方なんだね。私にはちょっとわからないけど」
「あぁ。あの二人は、だからこそバランスが取れてるのかも知れないな」

そう言うと、ザックスは声を変えるようにして、なぁ、とエアリスに声をかける。

「ティルって名前、どう思う?」
「なぁに?急に」
「いいから」
「…うーん…いい名前なんじゃないかな」
「お、俺と同じ意見。―――前に、コウに聞いたんだ。もし、子供が出来たらどんな名前をつける?って」
「それで、ティル?」
「そ。もしその名前をつける事があったら…それが、自分たちが与えられる最大の愛情なんだって」

















忘れていたけれど、思い出した。
ティルと言う名前に懐かしさを感じたのは、ザックスから聞いていたから。
戦うことを辞められない自分たちが与えられる、一番大きな愛情。
ティルと名付けられた彼が、必要とされていなかったはずはない。
少なくともコウは彼を愛している。
しかし、それを伝えるのは自分の役目ではない。
人伝に聞いたことを伝えたとしても、その本質が伝わるとは限らないのだ。
もっと大きな誤解を与える可能性だってある。
そう思うと、迂闊に口に出すことは出来なかった。

「―――エアリス」
「…何?」
「悪いけど、一人にしてくれ」

構わないで欲しいと背中で語られる。
エアリスは肩を落として部屋を去った。
階段を下りていく途中で、上がってくるクラウドと視線があう。
どうだ?と問われ、彼女は首を振った。

「コウさんはどうしてティルを置いて行っちゃったんだろう。一緒では駄目なの?」
「…俺たちは、セフィロスを追っている。必要があれば、戦うだろう」

エアリスの疑問を聞いたクラウドは、静かにこう話し出した。

「コウは、それを望んでいないんだと思う」
「…セフィロスとは戦えない?」
「いや、コウは必要があれば戦う。…きっと、戦いたくないんだ」
「でも、それならそうと言ってくれれば、私たちだって…!」

彼女の訴えに、クラウドは首を振る。

「そう単純じゃない。奴が攻撃してくれば、応戦せざるを得ない。でも、コウは戦わない。
そうなれば、俺たちは仲間でいられるのか?―――答えは、否、だ」

頭で理解したとしても、感情が付いてこない。
どうして、と言う疑問を抱きながら共に行動する事の危険性。
第一線で戦っていた彼女だからこそ、仲間の間の蟠りの危うさは、誰よりも知っている。

「自分の考えが俺たちと同じではないと理解していた。だから、異端である自分が離れたんだ」
「…私たちが、迷わないように?」
「…俺は、そう思う」

他に目的があるのかもしれないが…。
そう言って、その部分に関しては自信なさ気に話すクラウド。
エアリスは、うん、と小さく頷いた。

「私たちがどれだけ考えても…きっと、駄目なんだよね」
「あぁ。ティルは…受け入れて、進むしかない」

その先に彼自身の望む答えが待っているとは限らないけれど。
こうして立ち止まっている事は、彼のためにはならないだろう。
彼自身が立ち上がれるその時まで、いま少し、そっとしておこうと思う。
クラウドとエアリスは顔を見合わせ、静かに階段を下りていった。

09.05.02