Crimson memory

向けられる眼差しに優しさを感じる。
それは、きっと自分の気のせいではないだろう。
彼女は…おそらく、気付いている。
自分との血の繋がりに。
けれど、彼女はそれを問おうとはしない。
ありえないと思っていないのか、受け入れたくないのか。
出来れば前者であってほしいと思うけれど、人の心の中は読めないものだ。
今日もまたコウの視線を感じ、ティルは振り向く。
初めの頃に感じた、自分の中にセフィロスを探す目はなくなった。

「皆に話がある」

ふと、コウがそう言った。
一行が足を止め、彼女の言動に注目する。

「そろそろ、あなたたちとは離れようと思っているの」
「…っ何で!?」
「セフィロスに会わないと。恐らく…彼を止められるのは、私だけだから」

厳密に言うと、止める、と言うのは少し違うのかもしれない。
けれど、コウはその事は口には出さず、心の中だけに止める。

「俺たちもセフィロスを追っている事はわかっているはずだ。別行動をとる理由がわからない」
「…私を、あなた達とひとくくりに出来ると思わないで」

目的地が同じであろうと、コウと彼らとでは、進行速度が違う。
最高峰のソルジャーと比べるものが、レジスタンスや花屋や…元ソルジャーでは、話にならない。

「会うだけじゃ駄目なのよ。間に合わないと」
「あいつはコウを殺そうとしたじゃないか!何でそんな奴の所に行くんだよ!!」

ティルが声を荒らげた。
感情をむき出しにする彼に、メンバーの視線が集まる。

「あの日の話を…しないといけないみたいね」

コウは彼を見つめ、溜め息を吐きだした。











「ティルが見たと言うのは、私がセフィロスの正宗に貫かれる所…間違いはないわね?」
「…間違い、ない」

ティルの言葉に、コウは静かに上着を脱いだ。
黒いタンクトップの裾に手をかけたところで慌てたメンバーからの制止の声が飛ぶ。

「早まらないで、コウさん!!」

止めようとするエアリスに構うことなく、彼女は裾を捲りあげた。
しかし、胸の下の辺りでそれを止める。
白い腹が露わになり、男性陣はごく自然に視線を引き寄せられ、慌ててそれを引き剥がそうとする。

「脇腹に傷跡が見えるでしょう?」

彼女がそう言うと、ティルは逸らした視線を戻し、彼女の脇腹を見た。
気を使ったのか、クラウド達は顔を逸らしたままだ。
白い肌の上に薄く残った、横一文字の傷跡を見とめ、頷くティル。

「これが、あの日彼の手によって残った傷よ」
「え?」
「あなたが見た位置が悪かったんでしょうけれど…彼の正宗は、私の脇腹を薄く掠めただけ」

コウとセフィロスが向き合うのを横から見る形だったティルには、長い刀が彼女を貫いたように見えたのだろう。
しかし、現実は違う。
彼は彼女の脇腹を浅く傷つけただけで、鳩尾に攻撃を与えて意識を失わせた。
後は、ティルの知っている通りだ。

「セフィロスは、一度だって私を殺そうとした事はないのよ。あの人は…私を逃がす為に、殺したように見せただけ。
あなたと…監視カメラにそう映るように行動したことは確かね」

ティルの証言だけでは、恐らく信用されなかっただろう。
しかし、監視カメラの映像として彼女が貫かれる姿が映っていれば、最早それを否定するものはない。
結果として、コウは死んだ者として処理された。
ティルは、自分が信じていたことを覆され、言葉を失う。

「ずっと…殺されたんだと思ってた。だから、俺は…」

父親であるセフィロスを憎み、彼に辿り着くために神羅に協力したのだ。
全てを否定されたような錯覚を起こす。

「…あの後、小さな村の診療所に連れて行かれ、そこで治療を受けている間に彼は消えたわ。
それ以来、彼とは会っていないの」

何も言わず、彼は唐突に姿を消してしまった。
別れの言葉も何もなく、まるで煙のように。
例えば別れを切り出されていなかったのならば、こんな風に彼を追って世界を歩いたりはしなかっただろう。
しかし、コウの脳裏には、沈んだ意識の中で聞いた彼の声が残っている。

「…もう、コウのことを忘れてるのかもしれない」
「………そうね。そうかもしれない。でも…、あの日の彼の声は、偽りではないと思っているから」
「声?」

疑問符と共に問うティルに、コウはその内容を告げようとはしなかった。
何か重要なことを言い残したわけではない。
セフィロスは、ただ一言―――コウ、と。
彼女を呼んだだけだ。
けれど、その声にこめられた想いは、一つではなかった。

「どうしても会わなければならないの」

上着を着込んだコウは、傷跡の辺りを服の上から撫でる。
彼によって残された跡だというのに、それすらも愛おしむような表情に、ティルは表情を歪めた。
しかし、これ以上彼女を引き止める言葉はない。
セフィロスが彼女を殺したと言うことそのものが間違っていたことは、彼女によって証明された。
憎む理由を失ったティルは、目標すらも見失ったような錯覚すら起こす。

「でも、それでも…俺は…」
「ティル」

言葉を捜している彼の名を呼ぶ。
ティルが顔を上げると、優しく微笑む彼女が見えた。
ゆっくりと差し出された手が、彼の頬へと触れる。

「あなたが…居てくれて、よかった」
「…え…?」
「こんな私たちが望んではいけないと思っていたけれど…それでも、嬉しかった」

ティルは、その目に母親としての感情を見た。
思わず言葉を失う彼に、切なく胸を締め付けられるような笑みを残し、彼女の手が遠ざかる。
彼女はそのままメンバーに背中を向けた。

「待っ―――」

呼び止めようとしたティルの手の先で、ゴゥ、と焔が燃え盛る。
コウが唱えた魔法だと理解するのに時間は必要なかった。

「知ってるなら…気付いてるなら、置いていかないでくれ…!!母さん!!」
「―――ごめんね、ティル」

僅かに振り向いた彼女の声が、辛うじて彼の耳へと届けられる。
そんな言葉が聞きたいわけではない。
ただ、傍に居て欲しいだけなのだ。
それなのに、彼女は―――












焔が消え、その場にコウの姿はない。
名残のひとつすら残すことなく、彼女は消えた。
ティルは近くにあった木の幹をダンッと殴る。

「知っていて置いていくくらいなら…期待させないでくれよ…!!」

嬉しかった、なんて。
どれほど、その言葉を望んだかわからない。
物心付いた時から独りで生きてきたティルには、母親であるコウからのその言葉は何よりも欲していたものだ。
それなのに、彼女はその言葉を告げておきながら、彼を独りにする。
彼よりも…セフィロスを選んでしまう。

「ただ、傍に居てくれるだけでいいのに…!!」

道を見失ったティルは、搾り出すようにそう声を上げた。

08.08.30