Crimson memory
ひとりになる時間が欲しいと思った。
誰にも邪魔されず、たった一人で思考の海に身を沈めることの出来る時間を求めていた。
ティルは夜が更けた頃、静かに宿を抜け出す。
夜とはいえ、じっとりと汗ばんでくるほどに気温が高い。
日中は賑わっていた砂浜に、人の姿はない。
時間も時間なのだから、当然のことなのだろう。
ティルは砂地の上に乱暴に腰を下ろした。
無意識のうちに持ち出してきていた刀を砂へと突き立てる。
セフィロスの刀は重過ぎて、自由に振るうことなんて出来なかった。
けれど…自分のものだったこの刀の重さも、何故か手に馴染まなくなっている。
自分よりも大きい者の存在に、自身が萎縮してしまっているかのようだ。
ぎゅっと手を握り締め、軽く立てた膝に顔を埋める。
「母さん…」
小さく、本当に小さく、そう呟く。
会いたいけれど、会いたくない。
会ってしまえば…真実を知ることになる。
それが、怖いのだ。
真実を知り、今までの自分の生き方を全て否定されてしまったら―――?
そう考えると、息も出来なくなりそうだ。
皺が残りそうなほどに強く、自分自身を抱きしめる。
そんなティルの耳に、ざり、と砂を踏みしめる音が聞こえてきた。
モンスターの可能性も考えられる。
にも関わらず、警戒できないのは、近づいてくる人物の気配が懐かしいからだ。
「―――気分でも悪いの?」
優しく気遣うような声。
―――ティル。あなたに、その名前をあげるわ。
記憶の中の彼女が甦る。
びくりと全身が強張り、緊張が空気を伝う。
近づいてきていた気配が、一瞬躊躇ったのを感じる。
これ以上踏み込んでいいのかどうか―――それを図りかねたのだろう。
しかし、数秒後にはその足音が再開される。
サク、サク、と砂を踏む音が徐々に大きくなってくる。
それに呼応するように、ティルの心臓が煩く波打った。
やがて、すぐ傍で気配がとまり―――
ティルはその手から逃れるように、バッと勢いよく立ち上がった。
そのまま後方へと滑るように移動すれば、擦った足の跡が砂地に残る。
「…はぁ、はぁ…」
走り続けた後のように、呼吸が乱れている。
怯えるように自分の手を逃れた彼を、じっと見つめる女性。
それは、ティルが最も会いたくて、最も会いたくない人。
過去の記憶に縋るほどに望んだ人が、そこにいた。
「…顔色が悪いわ」
まるで化け物から逃げるような動作を見せたティル。
しかし、彼女はそんな事を気にした様子もなく、彼との距離を縮めた。
そして、そっと彼の額に手を触れさせる。
指先になぞられた場所から、あたたかい何かが流れ込んでくる。
「――――っ」
もう、限界だった。
幼子が母を見つけて縋りつくのと同じように、自分よりも少しばかり背の高い彼女に縋りつく。
背丈はあまり変わらなくても、そこには男女の差がある。
縋り付いていると言うよりは、抱きしめているようだった。
そんな唐突な行動を見せたティルに、彼女…コウは、その腕を振りほどいたりはしなかった。
変わりに、落ち着かせるようにその背中をトントンと叩いてくれる。
「何があったのかはわからないけれど…大丈夫よ。あなたは独りじゃない」
独りじゃないよ、と繰り返す。
身体と心が、泣きたいと悲鳴を上げていた。
それから程なくして、ティルが無言で腕を解く。
何て事をしてしまったんだと思う半面で、今までの蟠りが全て流れてしまっていることに気付く。
「………ティル…?」
恥ずかしさからなのか、視線を合わせられずに居た彼。
そんな彼をじっと見つめていたコウが、不意にその名を紡いだ。
彼女自身、確信を持ってそう呼んだ訳ではないようだ。
迷いの含まれた声色につられるように、ティルの視線が彼女に向けられた。
「やっぱり…そうなのね。その成長は………実験の所為なの?」
コウの目が悲しげに細められる。
彼との出会いが、すでに神羅の本社ビルの研究フロアだったのだから、少し考えればわかることだ。
ティルはそれに対する返事の声を持ってはおらず、ただコクリと頷いた。
彼の返事の行動を見て、コウはそう、と肩を落とす。
「ごめんね。あなたのような幼い子まで巻き込んでしまうなんて…」
自分が、神羅と言う歯車の一部だったと言う事実を後悔しているのだろうか。
ぐっと唇をかみ締める彼女に、ティルは何かを言わなければと口を開く。
「…コウ、は…生きてた…のか…?」
やっと搾り出した声が震えていると感じた。
それに気付かなかったらしい彼女は、え、と疑問符を浮かべる。
しかし、数秒後には彼の言わんとすることを理解したのか、困ったように微笑んだ。
「何だか、あちらこちらで死亡説が浮上しているみたいね。私はこの通り生きているし、幽霊になったつもりもないわ」
「でも、あの時あいつに…!俺はちゃんと見てた!」
「あの時…?」
いつのことを話しているのだろうか。
怪訝そうな表情を見せたコウだが、すぐにその日を理解したらしい。
あぁ、と納得したように頷いた。
「…また、あの部屋に来たのね?」
「それは…!そんなのは、問題じゃないんだ!あの時、俺は見てた!あいつが…セフィロスが、コウを貫くのを!」
そう叫ぶのと同時に、脳裏にあの日の記憶が甦る。
思い出したくもないのに。
長い刀が彼女を貫き、赤い血が床を汚す。
力が抜け、崩れ落ちた身体があいつの手によって支えられる。
何も出来ないまま、彼女を失ったあの日。
こうして生きていたとわかった今でも、あいつの行動だけは許せない。
「…目に見えていることだけが真実だとは限らないのよ」
思いがけない再会。
言いたい事、話したいこと…沢山考えていた。
それなのに、数年ぶりに出会った彼女との再会は、本当にあっさりとしたもの。
けれど…異様なほどに成長してしまった自分を、自然に受け入れてくれたことは、ただ嬉しかった。
08.06.08