Crimson memory

揺れる船の上、ティルは言葉では表せない感情と共に居た。
喜びではない。
しかし、完全な憎しみとも違う。
二度目の対峙は、彼に戸惑いをもたらした。







意味の分からない言葉を紡ぐその男は、まるで気を違えているかのようだった。
けれど、彼が彼であるならば、そんな事は関係ない。

「ずっと、あんたに聞きたいことがあったんだ」

男―――セフィロスは、ティルの声にゆっくりと振り向いた。
ティルによく似た…いや、この場合は、ティルが彼に似ていると言うべきか。
第三者が見ても、その血の繋がりを感じさせる二人が、視線を合わせた。

「あんたに会ったら、言いたいと思ってたことが山ほどある」
「――――…」

セフィロスの唇が小さく動く。
そこに居たメンバーの誰もが、その目に光を見た。
先ほどまでのどこを見ているのか分からないような曇った目ではない。
はっきりとした意思を持ち、彼はティルを見ていた。

「―――コウ…?」

決して大きくはなかったが、それでも聞こえるには十分な音だ。
クラウドは、ティルが目に見えて身体を強張らせたことに気付いた。
しかし、それよりもセフィロスの言葉の方が気になってしまう。
一見するとコウよりもセフィロスの遺伝子を多く受け継いでいる彼。
そんなティルを一目見て、まず一番に彼の中にコウを見出すのは、容易な事ではない。

「…あんたが……。コウを…っ殺した、あんたが…その名を呼ぶのかよ…!」

言葉を詰まらせたのは、浜辺での一件があったからだろう。
彼女が、もしかすると生きているかもしれないと言う希望。
それが、彼に「殺した」と言わせる事を躊躇わせた。

「………あの時の子供か…」

どこか納得したように呟く。
記憶の片隅にでも自分が存在していた事。
嬉しいのではない。
けれど…あえて言うならば、その感情が一番近いだろう。

「…っそんな、そんな目で俺を見るな!」

詠唱なくして生み出された氷の塊がセフィロスに襲い掛かる。
突然攻撃を始めてしまった彼に、クラウドの鋭い声が飛んだ。
一度放ってしまったそれを引き戻す事は出来ない。
我に返って魔力を制御した時には、既に彼の眼前までそれが迫っていた。
だが、ティルの魔法はセフィロスを覆う壁により防がれた。
リフレクとは少し違い、こちらに弾き返す代物ではないらしい。
動作も何もなくそんな魔法を使った彼に、ティルはそこにある確かな差を感じずには居られなかった。

「貴様は何者だ?」

そんな声が聞こえたのは、自分のすぐ前。
一瞬セフィロスの姿がぶれたかと思えば、次の瞬間には彼はすぐ目の前まで迫ってきていた。
長身から見下ろされ、ティルの身体が竦む。
セフィロスの身から発せられる威圧感により、その場に居るメンバーの誰も、身体を動かす事が出来ずにいた。

「コウの面影―――」

コウと同じ色を見下ろし、目元を指先がなぞる。
その手が、ティルの胸元にぶら下がるペンダントを拾い上げた。

「コウのペンダント。何故、これを貴様が持っている?」

頭の天辺から冷たい杭を打ち込まれたようだ。
全身がひんやりと冷たくなるような、そんな殺気を含ませた眼。
目の前のセフィロスの冷酷無慈悲に見えるその眼の中に、確かな感情を見た。

―――喜怒哀楽を誰かに悟らせるような事はしなかった。だが、殺すなんてありえない。

いつだったか、クラウドがそう言っていたのを思い出す。
ありえない―――確かに、そうかもしれない。
コウのペンダントに触れる指先は優しく、持ち主ではないのにそれを持つティルへの視線は酷く鋭い。
彼女の所持品を持つ男に対しての、嫉妬にも似た怒り。
ティルの回答によっては、その先に待つのが死だと感じさせる。

「…っ、セフィロス、やめろ!ティルはお前の…」
「言うな、クラウド!」

とめようとしたクラウドの声を遮る。
その次に続く言葉を、セフィロスに聞かせたくなかった。
自分が認めていないからと言うわけではない。
寧ろ…自分が、認められていないのだ。
二人の言葉の意味を探ろうともせず、セフィロスは冷めた目で彼らを見た。
それから、軽く腕に力を入れて自分の方へと引き寄せる。
プツン、とペンダントの鎖が切れた。
千切れた鎖と共に、ペンダントがセフィロスの手に渡る。

「――――…時は…満ちた…」

そんな呟きと共に、彼が去る。
姿を消そうとするセフィロスを止める間はなかった。
彼が消える直前になって、その手にティルがずっと持っていた彼の刀が握られていたことに気付く。
いつの間にか、正宗は彼の手に帰ってしまっていたようだ。
その場に取り残されたティルの首筋から、支えを失ったペンダントの鎖が滑り落ちる。
シャラ、と乾いた音をさせ、床の上にとぐろを巻くそれ。
それを見下ろした、その時。

「…ッ!ティル!!」

金縛りにあっていたかのように動けなかったエアリスは、その時になって漸く身体を動かせた。
呆然とした様子のティルを強く引き寄せる。
彼が立っていた場所に何かが落ちてきた。

「―――っ来るぞ!」

クラウドの鋭い声に反応してメンバーが構えを見せる。
セフィロスの置き土産との戦闘が始まった。




















ジェノバの腕との戦闘が終わり、ティルはゆっくりと歩いた。
そして、床に落ちたままだった鎖を拾い上げる。
中ほどで完全に千切れてしまったそれをぎゅっと握り締めた。

「…セフィロス…。会って、どうだった?」

ふと、後ろに来ていたエアリスがそう問いかける。
クラウドが彼女を止めようとした。
色々な意味で衝撃を受けているであろうティルを、一人にしてやるべきだと思ったのだ。
しかし、彼女は何を思ったのかクラウドの行動を目で制止する。
そして、迷いなくティルに声を掛けたのだった。

「…わかんねぇ。……いや…わかった…のかもな」
「何が?」
「あいつ…コウを…母さんを、殺さない…。―――殺せない…」

セフィロスが向けた眼差しの中には、懐かしさではない、愛しい者を見るような優しさが含まれていた。
自分の中に流れるコウの血に向けられた表情。
恐らく、この場の誰も、彼のその眼差しに含まれた感情に気付けなかっただろう。
真っ直ぐに向けられたティルだけが、それを感じる事ができた。

「セフィロスは気が狂ったわけでも、自我を失っているわけでもない」

徐々に頭の整理が出来てきたのか、ティルは強い声でそう言った。
先ほどまでは促すように時折声を挟んだエアリスも、黙って彼の言葉に耳を傾ける。

「セフィロスは…何かをなそうとしてるんだ」
「……ティルはそう感じたんだね」
「?エアリスは違うのか?」
「私は…彼が、急いでいるように見えた。それと一緒に、迷っているようにも見えたよ」

先ほどのセフィロスを思い出すようにして、エアリスがそう呟いた。
何故か、根拠はないけれど、そう感じたのだ。

「………俺は、あいつが何をしようとしてるのか…。知らなきゃならない」
「うん。そうだね」

知るところから始めてみようか。
エアリスはにこりと笑って、ティルの手を引いた。

「港についたみたい!出口を封鎖される前に出ないと!」

ほら、とクラウドの背中を押して、エアリスが走り出す。
それに続くようにして他のメンバーも動き出した。
ティルはエアリスに手を引かれながら、一度貨物室の中を振り向く。
セフィロスがそこに居たという名残は、何もない。

「……生きて…るのか…?」

確信は持てないけれど、希望はある。
呟いた声を自分自身の心に飲み込み、ティルは前を向いて走り出した。

08.04.16