Crimson memory
「そこの銀髪の兄ちゃん!」
ふとそう呼び止められた。
何事かと思い振り向くが、ティル以外に銀髪などこのメンバーにはいない。
全員の視線が一度は彼に集まり、それから声の主へと移動した。
「あんたを探してる人がいるよ。銀髪で、長い刀を持った男を探してたんだ」
あんたのことだろう?と問いかける男。
そう言われても、自分が探しているわけではないのだから、頷けないところだ。
その程度の条件ならば、探せば何人でも見つかるだろう。
少なくとも…ティルだけでなく、このメンバーの誰もがもう一人、彼のような銀髪の人物を思い浮かべた。
「どんな奴だった?」
「そりゃあ別嬪な女だったぜ」
どこか本能の滲み出した表情でそう答えた男に、軽く眉間に皺を寄せる。
的を射ない回答で、その相手を絞ることは難しい。
美しいだけの女など、世の中にはいくらでもいるのだ。
「別人だろう」
聞き流すことにしたらしいティルは、そう言って一歩歩き出した。
いいのだろうか、と思いつつも、男の言葉を信用できなかったメンバーたちも歩き出す。
「そうかい。残念なこった。兄ちゃんと同じ色の目をしたいい女だったのになぁ…」
ポツリと呟いた言葉がそれほどに力を持っているとは思わなかっただろう。
クラウドたちが驚いたように振り向いた時には、ティルは男の胸倉を掴んでいた。
「その女はどこに行った?」
「な、何だよ、急に…別人なんだろ?」
「どこに行ったのか答えろ」
ティルは低い声でそう言うのと同時に、刀を男の首に添える。
ひっとすくみあがってから、男は震える声で答えた。
「そっちの路地だ!2時間ほど前にそっちに歩いていった!!」
漸くそう答えた男を放り出し、そちらへと走り出す。
彼に続いてクラウドが後を追い、残った女性陣が彼らの行動を謝罪する。
そして、彼女らもその行動に続いた。
夕闇迫る浜辺にその姿はあった。
足元を膝くらいまで海水に濡らす位置に立っているその背中。
その向こうには、上へと繋がる大きな柱がある。
風に合わせてその長い髪がふわりと踊った。
息をするのも忘れてその姿に魅入ってしまう。
忘れるはずがない―――けれど、ここにいる筈のない存在。
幻でも見ているのだろうか。
ティルはその場に縫い付けられたように動けなくなった。
追いついてきたクラウドの足音が聞こえたけれど、振り向くこともできない。
その人は、自分たちに気づくことなくゆっくりと沖へと歩き出した。
そして、腰に挿していた剣を抜き、流れるような動作で足元の海水へと攻撃する。
その大きさを表すような巨大な水柱がそこに現れた。
「ブリザガ」
女性特有の少し高めの声が、辛うじて耳に届いた。
鼓膜を震わせた音は、それと一緒に涙腺すらも緩めようとするほどに懐かしい。
水柱は一瞬のうちに氷の柱と化した。
彼女は迷いない動作でそれを踏み台にし、柱の中腹へと着地する。
まるで翼でも生えているかのような軽やかな動き。
危なげなく足を落ち着かせた彼女は、振り向くこともなく足の下の方に見える氷の柱を指差す。
「ファイガ」
水に戻ることもなく、一瞬で水蒸気と化したそれ。
それを確認せず、彼女は上を見上げる。
トン、と鉄を蹴って移動し、やがてその姿は見えなくなった。
「ティル…」
クラウドが控えめにその名を呼ぶ。
凍ったように動かないティル。
その表情は、驚愕とも悲哀とも歓喜とも取れる、表現できないものだった。
「あれは…コウ、だよな?」
「…あぁ。俺の記憶が正しいなら…コウだ」
あの狂いのない魔法も、その動作も。
全てが、彼女だった。
信じられないけれど…死んだはずの彼女が、そこにいた。
「どう言う事だよ…何で…」
まるで、白昼夢でも見ていたかのようだ。
手を伸ばすと引いてしまう引き潮のように、掌をすり抜けてしまう現実。
いや…これが現実なのかさえ分からない。
「何だよ…わかんねぇよ…っ」
唇を噛み締めて視線を落とす。
その先に揺れた青いペンダントに、ティルは表情を歪めた。
追いついた…と言うよりは、機を見て近づいてきた他のメンバー。
「クラウド…今のが…?」
「…わからない。だが…似てる」
背格好も、攻撃の動作も、魔法を詠唱するあの声も。
全てが、自分の知る彼女だった。
違う可能性だって考えられるけれど、そうだと信じたい自分がいる。
彼女は、自分達ソルジャーの憧れだった。
コウやセフィロスを見て、いつかは二人のように―――そう思った事は一度や二度ではない。
「…私…あの人を知っているわ」
小さく呟いたエアリスの声。
ティルには届かなかったようだが、クラウドには聞こえた。
「スラムに魔物が現れた事があったの。神羅はスラムのことまで考えてられないって助けてくれなかった」
他に一つ大きな案件を抱えていた神羅は、スラムに人員を割いている時間がなかったのだ。
しかし、スラムの人々にとってそれは裏切りにも等しかった。
彼らは自分達から空を奪い、安全に生活する事すらも許してくれないのかと。
「いけないって言われていたのに、どうしてもスラムで欲しいものがあって…」
あの日、エアリスは母親の目を忍んで家を抜け出した。
まだまだ世界を知らない子供だった。
「御伽噺みたいだと思ったの。ピンチに颯爽と現れて助けてくれるヒーロー」
「…コウが?」
「うん。女の人なのに、変かな?でも…私にとっては、あの人は英雄だった」
「こんな時にスラムに来るなんて…よほどの自信家か、世間知らずよ。お嬢さん」
剣を鞘に収めた彼女は、そう言って微笑んだ。
それから、ピンッとエアリスの額を指先で弾く。
「私が、偶々早くに仕事を片付けてスラムの魔物殲滅に当たっていてよかったね」
そうでなければ、今頃あなたはアレの腹の中。
既に消えかかっているモンスターを指差し、彼女はそう言った。
「モンスターはまだ残ってるからね。怪我をしない内にお帰り」
「あなたは?一人じゃ危ないよ」
震える声でそういったエアリスに、彼女はきょとんと目を見開いた。
それから、クスクスと笑って向こうを指す。
「一人じゃないわ。パートナーと一緒だから」
迷いも不安もない、その言葉。
それは相手への信頼がなせるものだった。
「明日には安心してスラムを歩けるようにしてあげる。だから、今日は帰りな」
そう言って帰り道の方へと背中を押す。
トトト、と足を進め、エアリスは首だけで振り向いた。
「また会える!?」
「…そうね。会いたいと思えば…会えるんじゃないかな?」
ばいばい、と手を上げながら、彼女は向こうへと走っていった。
何度も彼女の姿を探した。
それから数年が経っても彼女を見つける事は出来なかったけれど。
「…コウらしいな」
「そうなの?」
「あの人は、神羅を絶対だとは思っていなかった。いつだって、誰かの為に戦っていた」
会社の命令を聞くだけの生き方をしていなかった。
自分のありのままを生きている姿に、どれほどの者がその背中を目標としたのだろうか。
「セフィロスの自由気ままさとはまた違っていて、でもコウも自由だった」
「…コウなのかな?」
「………分からない」
彼女が去った柱を見上げる。
その先にある、真実。
未だにそこを見つめたまま動かないティルの背中に、セフィロスのデジャビュを感じる。
クラウドはそんな彼を止めることも急かす事もしなかった。
08.03.14