Crimson memory

「ティルってマテリア装備していないよね?どうして魔法が使えるの?」

エアリスがそう尋ねると、ティルは一旦は彼女を見て、それから沈黙した。
何か答えたくない事を聞いてしまったのだろうかと、少しばかり焦るエアリス。
ごめんね、答えなくてもいいよ―――そう言おうとした。
だが、それよりも早く動いたティルがズイッと彼女の顔を覗き込んでくる。
思わず状態を僅かに反らし、彼女は一際近くなった彼の目を見た。

「見えるか?」
「な、何が?」
「俺の眼。魔晄を浴びたソルジャーと同じ眼だ」
「うん。少し、色が違うようにも見えるけど…」

それがどうかしたの?と首を傾げる。
そんな彼女に、ティルはトン、と右の目元を指先で叩きながら言った。

「こっち、マテリアなんだよ」
「どう言う事だ?マテリアを直接体内に埋め込むのは、確かに以前から案として上がっていた。
だが、それはマテリアから放出されるエネルギーが人体に悪影響を及ぼすとして禁止されたはずだ」

それまで口を挟まなかったクラウドがそう言った。
彼の言葉に、その事実を知らなかったエアリスは軽く青褪める。
二人の言っていることが本当なら、ティルはその危険なマテリアを眼に持っているということになる。

「普通の科学者には不可能だった。被験者の身体がそのエネルギーに負けるからだ」

ティルはまるで他人事のように話す。
歩く足を止め、クラウドもエアリスも、彼の言葉に耳を傾けた。

「俺は最強と謳われたセフィロス、そしてそのパートナーであるコウの遺伝子を受け継いでいる。
そして、宝条もまた、普通の科学者じゃなかった。奴は角膜にマテリアを移植することに成功した」

その結果が俺だ。
生まれながらに膨大な魔力を秘めていたティルの肉体は、マテリアを埋め込む最高の身体だった。
魔力が枯渇するまでマテリアに踊らされてきた今までの被験者を見れば、成功例という他はない。

「ただし、これにも害がないわけじゃない。1日5回以上このマテリアを使おうとすると、一時的に視力がゼロになる」

1日だけだけどな、と彼はそう言った。
それは、身体がマテリアに負けないよう、本能的にとる防護策なのだろう。

「そのマテリアは、確か…」
「アルテマだな。結構なMPを消費する上に、それしか使えないろくでもないマテリアだ」

どうせなら回復のマテリアの方がいくらか役に立つ。
心底面倒そうにそう言う彼だが、その攻撃力を考えれば決して「ろくでもないマテリア」ではない。
現時点ですでにそれを使いこなすだけの魔力を持つ彼に、クラウドは在りし日のコウを重ね合わせた。
セフィロスは刀ひとつで戦うことが多かった。
対して、彼女は絶妙なタイミングで魔法を使う。
これと言った弱点のない二人だ。
互いの不足を補うと言うよりは、長所のみを生かしあう。
二人は、まさに最高のパートナーだった。

「マテリアを変えることは出来ないのか?」
「俺には無理だ。だが、宝条なら出来るんじゃないか?」

それでは意味がない。
宝条の手を借りずにマテリアを変えることが出来るならば、もう少しランクの低いそれに変えればいいのだ。
尤も、彼が魔法を使う機会など、そう多いことではないけれど。

「俺が持ってるのはアルテマだけじゃない」
「…反対の眼もマテリアか?」
「いや、こっちは自前だ」

そう答えたティルに、「じゃあどこに…」と探るようにクラウドの視線が彼の身体を見る。
残念ながら、露出の低い服装の彼は、見えている箇所といえば顔と首筋程度。
手すらもレザーグローブで覆われているので、肌を見ることは出来ない。

「ま、それは他の機会に、だな」

そう言ってクッと口角を持ち上げ、ティルが歩き出す。
それに続くようにしてクラウドとエアリスも共に足を動かし始めた。
暫くは無言で歩いていた三人。
沈黙を破ったのは、エアリスだった。

「ねぇ、ティル。その眼は見えてるの?」
「見えてる」
「…本当に?」

疑うように、と言うよりは、確認のような問いかけだった。
彼女の真っ直ぐな視線に、ティルは苦笑する。
そして、マテリアだと言った逆の目を閉じ、彼女の方を見た。

「ほら、見えてる」
「それじゃわからない。じゃあね…これ、何本?」

そう言うと、エアリスはタタッと数メートル先に走り、そこで右手を上げる。
その右手は人差し指と中指だけを立て、後は折った状態―――Vサインの状態だ。
見えると言っているのに馬鹿にしているのか、そう思うけれど、彼女らしい行動だとも思う。
二人して苦笑を浮かべてから、ティルは彼女の問いに答えるべく唇を動かす。
だが、それは彼女の問いに対する答えを発することなく、別の言葉を告げることとなった。

「―――エアリス!!」

声を発した時には、すでに刀を抜いて戦闘態勢に入ってた。
強く地面を蹴り、彼女との距離を一気に詰める。
彼女は、彼の声により何かが起こっていることを悟り、同時に聞こえた背後からの咆哮に目を見開いて振り向く。
目の前に迫る鉤爪から逃れられるほどに、彼女は戦闘慣れしていない。
視界を遮るように目を閉じることすら出来ず、そのままの状態で膠着する。
だが、突然モンスターの姿が黒いそれに塗り替えられた。
その黒がティルのコートであると気づいたのは、モンスターの断末魔が聞こえてからだ。
モンスターを倒した後も警戒を緩めず周囲に意識を向ける彼。
数秒後、周囲に気配が残っていないことを悟った彼は、漸く刀を鞘に納めた。

「…怪我はないな?」
「う、うん。平気。…ありが…」

お礼を述べていたはずの言葉は不自然に途切れる。
その理由は、顔を上げた先にあったティルにあった。
彼は先ほど片目を閉じた時と同じように、今もなおその左目を閉じているではないか。
エアリスのそんな視線に気づいたのか、彼は口角を持ち上げる。

「見えてる―――そう言っただろ?」

これほどに不敵な笑みが似合う男もそう居ない。
エアリスは頬に熱を集めつつ、さり気無く視線を逸らした。

08.02.02