Crimson memory
ベンチに腰を下ろし、背もたれに溶けるように凭れかかるティル。
全身の力を抜いたまま空を見上げている彼を見つけたのは、エアリスに頼まれて出てきたクラウドだ。
ティルを探してきて、と手を合わせて彼女に頼まれた。
何故自分で行かないのだろうか、と普段の行動力を思ってそんな疑問を抱くが、とりあえず頷いて今ここに居る。
魂を抜かれ、身体だけがそこにあるかのような彼の様子に、クラウドはかける言葉を失っていた。
普通に名前を呼べば、そのコウ譲りの優しい色合いの目が自分を見つめるのだろう。
あの色に見つめられると、どうしても彼女を思い出してしまう。
強く、優しく、美しく―――彼女に憧れていないソルジャーなど、片手で数えられた。
女性のソルジャーは同性と言う事もあり、男性ソルジャーよりも親しみを持って接していた。
対して、男性の方は異性と意識した上で接する事が多かったように思う。
尤も、例の暗黙の了解が出来るまでのことだったけれど。
彼女がセフィロスのものであると言うことが周知の事実になってからは、彼女は不可触の人となった。
何かを守りたい、強くなりたい。
そんな思いを胸に志願し、入隊試験をクリアしたソルジャーだ。
世界が認める二人に憧れない理由など、何一つなかった。
「………コウ」
会いたかった。
セフィロスがニブルヘイムを去った後、ずっと心配していたのだ。
あれほどに仲が良かった二人は、今も寄り添っているのだろうかと。
あのセフィロスと共に居て、彼女は幸せになれるのだろうかと。
まるで自分の親類を案じるかのように、心配していた。
「クラウドか。どうした?」
彼女の名前に反応したのだろう。
いつの間にか、空を見上げていたティルが顔をこちらに向けていた。
その表情だけで、また彼の中に迷いにも似た感情が渦巻いているのだと悟る。
無理やりに成長させられた彼は、多くの知識を得ているとは言え、まだ子供だ。
表情からその心境を悟るのは、そう難しい事ではない。
「なぁ、クラウド。あんたから見た二人は、どんな風だった?」
唐突な質問に、クラウドはギクリとした。
まるで、先ほどまでの自分の心中を読んだかのような絶妙な問いかけだ。
クラウドは言葉を選ぶように沈黙し、やがてゆっくりとそれを開く。
「コウは…いつだって自信に満ちていて、それに相応する実力もあった。
それなのに自分より下の人間にも優しくて…彼女は、ソルジャー皆の憧れだった」
「―――…」
「セフィロスは…何を考えているのかわからなかったな…。だが、コウにだけは優しかった…と思う。
コウと一緒の時には、切れる様な空気もいくらか優しく感じたから」
セフィロスに面倒を頼む時は、必ずコウが一緒の時に。
二人に関する暗黙の了解は沢山あったけれど、その中の一つにそんなものがあった。
実力の伴う自信家の彼は、自分の食指が動かなければ是とは答えない。
けれど、彼女が一緒の時には、彼女が上手く宥めてその方向へと事を運んでくれていた。
彼女にだけは甘い―――そう感じさせるには、十分すぎる態度だったのだろう。
「いつだって笑っていたし、綺麗だったけど…セフィロスの傍に居る時が、一番綺麗だったな。
二人の関係を壊そうとするような奴は居なかった。それくらいに、二人は完璧だった」
彼らと一緒の任務の時、二人の戦いを遠くから眺めたことがある。
完璧すぎる程に手際よく、次々とモンスターの群れを片付けていく二人。
まるで呼吸すら同じなのではと思うほどに、言葉による打ち合わせも何もなく、二人は互いを補っていた。
100+100が200ではなく、500にも1000にもなるように。
「…あんたは、俺が話したあれ、どう思ってる?」
「………正直、今でも信じられないんだ。セフィロスはコウみたいに感情を表に出す事はなかった。
喜びも悲しみも…喜怒哀楽を誰かに悟らせるような事はしなかった。だが、殺すなんてありえない」
少なくとも、俺はそう思う。
クラウドはそう言った。
ティルは、知れば知るほどに、迷路に入り込んでいくような錯覚を起こす。
再びセフィロスと相見えるその時まで、この感情を抱き続ける事ができるのだろうかと、不安になる。
いっそ耳を塞ぎ、目を閉ざし―――新たな情報を聞こえないように、見えないようにしてしまえば。
そうしてしまえば、どれほどに楽だろうか。
そんなことすら考えてしまう。
「俺が見たのは事実だ。だけど…それが真実だったのかは、わからなくなってくる」
長い溜め息と共に、ティルは額へと手をやった。
その手で目元を覆い隠し、沈黙する。
一人にしてやるべきなのだろうか。
クラウドはその場を去ろうと、踵を返すために一度だけ靴音を立てる。
「クラウド」
ティルの声に呼び止められ、彼は振り向いた。
先ほどと同じ格好のまま、ティルはその場から動いていない。
「あんたは、セフィロスを憎んでいるのか?」
幼馴染を傷つけられ、故郷を奪われ―――その絶望は、他人にはわからないほどだろう。
当然、憎んでいると答えが返って来るのだと思っていた。
それなのに、何故こんな事を聞くのか…ティルは自分の行動に自嘲の笑みを浮かべる。
「憎んでいない…と言ったら嘘になるだろう。血に濡れたティファを見た時の絶望は忘れられない」
「…そうか」
「だが、完全に憎悪しか抱いていないのかはわからない。俺は…セフィロスの、違う顔を知っているから」
理由があったから許される事ではない。
けれど、何か理由や原因があったのではないかと。
そんな風に考えてしまうのは、あの日見たセフィロスが全てではない事を知っているからだ。
面倒くささを前面に押し出しながらも、訓練に付き合ってくれた彼を忘れていない。
どちらが本当の彼なのかはわからないけれど―――そのセフィロスが本当の彼なのだと、そう思いたい自分が居る。
「ティル。俺達と一緒に来ないか?結論を出すのは、本人に直接聞いてからでも遅くはないだろ?」
「…本人に聞くだけなら、あんた達と一緒に行く必要はないだろ」
「たった一人で本人を前にして、ちゃんとした結論を出せる自信があるならな」
ティルはクラウドの言葉に腕を下ろし、身体を背もたれから引き離す。
そして、真っ直ぐに彼を見つめた。
その言い分は尤もだ。
頭の片隅で話を聞かなければと思っていても、身体が言う事を聞いてくれるかは分からない。
冷静な思考とは無関係に動く可能性を考えれば、彼の誘いに乗るのが賢明な判断だろう。
「あの女はどう思うかな」
「あの女?エアリスか?」
「違う。あんたの…幼馴染?」
クラウドが「あぁ、ティファか」と呟くのを聞いて、そう言えばそんな名前だったとぼんやりと思う。
「俺はセフィロスによく似てるんだろ?故郷を奪われたのは、あの女も同じだ。
況してや…あっちは本人に怪我を負わされてる」
「…確かに、慣れるまでは時間が掛かるかもしれない。
だが、ティファは強い。ちゃんとセフィロスとは違うって事を理解できる筈だ」
迷いなくそう答えられるのは、彼女がそういう人間だと自信を持って言えるから。
ティルは考えるように口を噤んだ。
それから、じっとクラウドを見つめる。
「…あんた達、弱いな。あんたが一番強いんだろうけど…でも弱い」
「…悪かったな」
「ソルジャー・クラス1stって、そんなに弱くても勤まるのか?」
「…………………………」
余計なお世話だ。
そう思ったけれど、クラウドは「大人になれ」と自己暗示のように言い聞かせる。
「そんなんじゃ、その辺の雑魚でも苦労するだろ。女連れだし」
「……………ティル」
「だから、用心棒としてついてってやってもいいよ」
正直じゃないティルからの言葉に、クラウドは自然と口角を持ち上げた。
だが、そんな彼にティルは更に続ける。
「ただし、セフィロスと見えた時には…ちゃんと、俺を止めろよ」
「…わかった」
「なら、交渉成立だ」
そう言ってティルが手を差し出した。
3歩近づけば届く位置に伸ばされた彼の手。
クラウドは迷う事無くその距離を詰め、その手をしっかりと握る。
―――これでエアリスからの「お願い」を叶えられそうだな。
クラウドは、心中で安堵の溜め息を零した。
08.01.31