Crimson memory
エアリスに腕を引かれ、宿の中へと入る。
そう言えば、とそのまま二階に上がってしまいそうな彼女に待ったをかけた。
「すみません。さっき、この町の女の子が来たと思うんですが…」
「あぁ、あの子かい。一部屋予約していったよ。英雄に似た…って、あんたのことだね」
「はい。すみませんでした。何か、無理を通してしまったみたいで」
そう言って申し訳なさそうに眉尻を下げる。
大人の中での生活の長かったティルには、この程度のことは朝飯前だ。
主人は彼の謙虚な態度を気に入ったのか、顔の皺を深めて微笑む。
「いや構わんよ。ゆっくりして行きなさい」
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げ、エアリスを連れ立って二階へ繋がる階段を上り始める。
彼女は彼の後を追いながら、ポツリと零した。
「凄いね。猫」
「世渡りの術と言え」
要するに、猫かぶりが凄いね、と言う事だ。
ティルは彼女に対してフッと不敵な笑みを浮かべる。
そんな彼の表情に、あぁ、こんな顔もするんだ、と思った。
「うん。諦めたみたいな表情より、ずっといいよ」
「はぁ?」
「何でもない!あ、この部屋だよ」
訳がわからないと首を傾げたティルを追い越し、部屋のドアを遠慮なく開く。
お待たせ!と元気に声をかけ、彼女は中に入っていった。
先に入っていった彼女を見送り、さてどうするか、と考えるティル。
ここで続いて入っていいものなのだろうか。
と言うか、あんな風に突き放した手前、クラウドたちに合わせる顔がないと言うのも本音だ。
そんなことを考えていると、このまま逃げてしまおうかと言う負の考えすら浮かんできてしまう。
しかし、それを実行に移す前に廊下に顔を出すエアリス。
まるでティルの考えを呼んでいたかのようだ。
「早く来て!皆に紹介しないと!」
そう言ってやや乱暴に彼の腕を引いて部屋の中に引っ張り込んでしまう。
軽く蹈鞴を踏んだが、無様に転ぶこともなく姿勢を整える彼。
一方、部屋の中で彼女の帰りを待っていた一行は、彼の登場に驚きを隠せない。
一瞬はセフィロスかと思ってしまうが、その短い髪や彼よりも若く柔らかい顔つきに、別人であることを悟る。
と同時に、それがティルと言う名を持つ彼の息子であると言う結論に達した。
「クラウドやティファはもう知ってるよね。バレット、彼はティル」
「いや、確かに知ってるが…何でここに?」
「私がナンパしてきました!」
自慢するかのようにそう言ったエアリスに、軽く額を押さえたのはティルとクラウドだ。
二人は互いの反応を見て顔を見合わせる。
そして、相手がエアリスに振り回されているのだと悟り、同情よりも仲間意識が先に芽生えた。
彼女の猪突猛進振りは中々見上げたものがある。
「でも、まさかティルが来ているなんて…」
セフィロスを追っているの?とティファが尋ねる。
少し悩んだ末、彼はそれに肯定するよう頷いた。
「クラウド。ティルにも5年前の話を聞かせてあげてほしいの」
彼にも、知る権利があるはずだ。
エアリスはそんな思いを込めてクラウドにそう言った。
彼はティルとエアリスを交互に見つめ、やがてそうだな、と呟く。
「長くなるが、構わないのか?」
「あぁ。幸い今日の宿はここに決まってる」
それなら問題ない、と頷くクラウド。
エアリスが部屋の壁際に置かれていた椅子を引っ張ってきてティルを座らせ、その隣に腰を下ろす。
皆の準備が整ったところで、クラウドが話を再開させた。
夕方、話が一段落すると、ティルは宿を出た。
そして、あの少女が指差して教えてくれた彼女の家へと向かう。
「すみません」
ドアを押し開けばカランコロン、とベルが鳴る。
はーい、と言う女性の声が聞こえ、それを追うように足音が近づいてくる。
「いらっしゃ…」
半ばで言葉を途切れさせ、目を軽く見開く女性。
しかし、彼女はあぁ、と納得したように頷いた。
「あなたが、娘が話していた方ね?娘を助けてくれてありがとうございました」
「いえ、偶然通りかかっただけですから…」
「何かお礼をさせてもらいたいわ。そうね…うち、アクセサリー屋なんだけど…何か必要なものはあるかしら?」
何でも言って頂戴、と微笑む女性。
娘の屈託のない笑顔とは違い、実に落ち着いた雰囲気のあるそれ。
ティルはその微笑みに、己の母のそれを重ねた。
「何もいりません。娘さんに宿を取ってもらいましたので、それで十分です」
「そう?それなら…ありがとう。そうさせていただくわ」
彼女がそう答えた頃、奥から男性が姿を見せた。
あなた、と呼んだところを見ると、例の少女の父親のようだ。
彼は女性から話を聞き、ティルに頭を下げた。
お礼を述べてから、ティルの胸元に提げられているペンダントに目を向ける。
「それは…」
「コウから預かっています。前に結構危ないことがあって…その時、これに救われました」
「そうでしたか。それが救ったあなたが私の娘を救ってくれた。その繋がりに感謝します」
そう言ってから、男性は苦笑を浮かべる。
その笑顔の意味は、その後の言葉で納得できた。
「そのペンダント…娘が拗ねてご迷惑をおかけしませんでしたか?」
「え…?いや………はい」
「コウ様とセフィロス様が好きで仕方がないんです。
あの二人のような恋人を見つけるだとか、いつかもう一度会うんだとか…いつも飽きずにそんなことばかり」
すみませんでした、と言う。
ティルには、いいえ、と答えるのが精一杯だった。
それから少し会話をして、ティルはそこを後にする。
聞けば聞くほど、わからなくなってくる。
こんなにも誰かが憧れるような二人だったのに、何故。
そもそも、あの日の光景すら夢だったのでは…そんな考えすら頭を過ぎる。
しかし―――
「嘘じゃない、夢じゃない…あれは、現実だった」
背中に背負ったセフィロスの刀の存在を意識しつつ、そう呟く。
自分は知らない。
羨ましいほどに仲が良かったと言う二人も、憧れるほどに強かったと言う二人も。
自分は、知らないのだ。
知っているのは、コウがとてもあたたかくて優しい人だったと言うこと。
彼女が、自分にその面影を見て涙するほどに、セフィロスを愛していたと言うこと。
そして、そんな彼女をセフィロスが奪ったと言うことだけ。
08.01.13