Crimson memory

「宿屋のおじさんが知り合いなの!話つけてきてあげるね!」

そう言って、少女は町に着くなり宿屋へと走っていってしまう。
どこで待っていろとは言われなかったけれど、彼女は必ず戻ってくるだろう。
その時にティルが居なければ、彼女を落胆させる事になる。
その事実が、彼をその場に引き止めていた。

「…俺も大概お人好しだな…」

先を急ぐ旅であるにも関わらず、これだ。
町の中にいくつかある電灯の一つにもたれながら、彼はそう呟いた。
そして、ぼんやりと空を見上げる。
いくつもの視線が自分に向けられている事に気付いていた。

―――似ている。
―――いや、だが若すぎる。
―――他人の空似か?

そんな囁きが聞こえてきた。
誰と、など、考えるまでもない。
ミッドガルから近いこの町ならば、セフィロス本人も何度か立ち寄っている筈だ。
彼の姿を知る者が、ティルにその面影を見ている。
どこに行ってもまるで影のように付きまとう、英雄セフィロス。
ティルと言う自分が見失われているような気がして、酷く不愉快だった。
乗り越えるべき壁は、あまりにも大きすぎる。

「ティル、お待たせ!今日は団体さんが来ていて危なかったんだけど、一人部屋を一つ借りてきたわ!」
「そうか。…さんきゅ」

頼んだわけではないが、彼女が自分のために動いてくれたのは事実だ。
礼と共に頭を撫でてやれば、彼女は嬉しそうに笑う。

「団体さん、何だか真面目なお話の最中だったみたい。皆怖い顔だった」
「そう言う時は関わんなよ。危ないからな」
「うん!凄く大きな剣を持ったツンツン頭の人とか、尻尾の先が炎みたいに綺麗な犬とか…」
「………そりゃ、随分と危なそうな連中だ」

それだけで、ティルにはその『団体さん』が誰なのかがわかった。
クラウド達だ。
すでにこの町くらいは抜けているだろうと思っていたのだが、予想に反して彼らはまだここに居るらしい。
出来れば会いたくないティルは、早々に町を立ち去らなければならないと決心した。
しかし、この少女が宿を取ってくれている。

「会わないってのは無理そうだな…」

面倒だ、ティルはそう呟いて溜め息を吐き出した。
そんな彼の心中など気付くこともなく、少女はティルの手を取る。

「家、こっちよ。お父さんに紹介するわ!セフィロス様の親戚なら、きっと驚くもの」
「あのな、悪いんだが…。……聞けよ、頼むから」

ぐいぐいと腕を引いて走り出す少女は、ティルの声など聞いていない。
聞いていても無視しているのか、本当に聞こえていないのかは分からないけれど。

「ティル?」

少女に引っ張られるままに歩き出そうとしたティルの背中にそんな声が掛かった。
ティルの動きが止まり、少女が不思議そうに振り向く。
しかし、彼女は彼の後ろに見知った姿を見つけ、「あ」と声を上げた。

「さっきの団体さんと一緒だったお姉ちゃん」

彼女が指差した先に居たのは、ただ一度だけ姿を見た女性――エアリスだ。
急いで宿屋を出てきたらしい彼女は、少しばかり息を乱している。

「エアリス…」

そう名前を呼べば、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
それから、覚えてくれてたんだ、と呟く。

「その子が「セフィロス様にそっくりなのよ!」って宿屋の人に話していたのを聞いて、ティルだって…」
「それで、追いかけてきたのか?」
「うん。一瞬しか会えなかったし、お礼も言えなかったから」

そう言ってゆっくりと足を進めてくる彼女に、彼はクラウド達と会わないという未来を諦めた。
少女も二人の様子に何かを感じたのだろう。

「私の家、あそこだから。後から絶対に来てね」

そう言って、彼女は青いレンが屋根の家へと走っていく。
それを見送り、ティルはエアリスに向き直った。

「礼を言われるような事、何もしてない」
「そんな事ないよ。ティルは嫌々ながらも私の暇つぶしに付き合ってくれたから。ありがとう」

裏も表もなく、そう笑うエアリス。
その笑顔が、ティルには眩しすぎる。

「…馬鹿じゃねぇの?」
「馬鹿でもいいよ。伝えたい事は、伝えたいと思った時に伝えないと。言えなくなってからでは遅いから」

そう言った彼女の表情に影が差す。
彼女の目に、ティルではない誰かが映った気がした。
その言葉が彼女の経験に基づくものであると気付くのに、そう時間は要さない。

「それより、ティルも無事に脱出できたんだね」
「あぁ。実験に付き合う理由がなくなったからな」
「そっか。よかった」

よく笑う女性だ、と思った。
クルクルと表情を変えるのに、彼女はいつだって笑っている。
そんなに嬉しい事があるのだろうか。

「クラウド達から聞かなかったのか?」
「ん?聞いたよ?ティルは自分で逃げたって。ティル、強そうだから大丈夫だと思ってたけど…」

実際に見て、安心した。
彼女の言葉に、ティルは自分以外にもお人好しが居ると思った。
彼はクラウド達に「死んだと伝えろ」と言ったのだ。
その通りに伝えなかったのは、それによりエアリスが傷つく事を恐れたのだろう。

「ねぇ、ティル。クラウドが5年前のニブルヘイムの話を聞かせてくれるの。一緒に聞かない?」
「…俺は無関係だ」
「無関係?だって、お父さんの事でしょ?クラウドが、セフィロスとコウの息子だって…」

悪気はなかったのだろう。
しかし、エアリスの言葉はある種の地雷だった。

「あいつは父親じゃねぇよ!!」

急に声を荒らげたティルに、エアリスはビクリと肩を震わせた。
それから、思わず口を噤んだ彼女に、チッと舌を打つ。

「―――…何も知らないなら、何も口出しするな」

吐き捨てるようにそう言うと、ティルはクルリと踵を返す。
これで彼女との関わりは終わりだ。
あの子には申し訳ないが、顔を出したらすぐに町を出よう。
そんな事を考えつつ、ティルが一歩足を踏み出す。

「昔、一人の女の人が言ってた」

静かな声に、彼の足が止まる。

「“あなたの事を何も知らないから、こうして会話をするの。その中で、あなたの心と触れ合って、知っていくのよ。
だから、沢山話して。好きな事、嫌いな事…嬉しい事、悲しい事。ちゃんと教えて。”
スラムの男の子に、その人はそう言ってた」

エアリスの声が、何故か別の人の声に聞こえた。
その女性が話したと言う部分が、自分の大好きなあの優しい声に聞こえたのだ。

「ソルジャーだった。夜を閉じ込めたみたいな綺麗な黒髪の、優しい女の人。名前は…」
「…コウ」

意図せず零れ落ちたその名前に、エアリスが頷いた。

「ソルジャーって少し怖かった。だけど、その人と…もう一人のソルジャーのお蔭で、怖くなくなったの。
こんな素敵な事を言える人が守ってくれてるんだと思うと、世界がとても綺麗なものに思えた」
「……………」
「だから、ティルがコウの息子だってクラウドから聞いて、嬉しかった。私も、ティルの事をちゃんと知りたい」

真っ直ぐに自分を見つめるエアリスの強い眼差し。
ティルは暫くそれを見つめ返し、やがて、ふぅ、と溜め息を吐き出した。

「―――…俺は父親が…憎い」
「…うん」
「だから、あいつの事は話すな」
「わかった。…ごめんね」
「…それから…話くらいなら、聞いてもいい」

ティルの言葉にエアリスはパッと表情を輝かせた。
そして、嬉しそうに彼の手を取る。

「行こう!休憩中に抜け出してきたから、戻らないと」

あまり遅くなると心配した彼らが来てしまう。
そうなってから鉢合わせるよりも、自分から向かった方がいい。
ティルはすでに諦めているのか、エアリスに腕を引かれるままに歩き出した。

―――今日はよく引っ張られる日だ。

真っ青な空を見上げ、やれやれと溜め息を吐く。

08.01.06