Crimson memory
ティルは外の世界へと飛び出した。
ミッドガルを一歩出た途端、目の前に広がる草原。
真上から落ちてくる空は、枠のついたガラス窓越しよりも遥かに綺麗で、そして大きかった。
知識として植えつけられた記憶があり、どこか懐かしいと思わせるそれら。
ティルにとっては、全てが初めての物であり、見慣れた物であった。
彼はそれに臆することなく歩き出した。
道標はない。
ただ、彼は当てもなく…言うならば、自分の勘により、足を進めた。
右腕が重いと感じるのは、セフィロスの刀の所為だ。
自分の足を止めようとするかのように、その長さに比例した重さがある。
腰に挿した自分の刀よりも重いそれに、ティルの眉間に皺が浮かんだ。
まるで、戒めだ。
「こっちにはカームがあったな…」
刻まれた記憶により、彼は方角からそれを悟る。
まずは旅支度が必要だろう。
彼はその町に立ち寄る事を決めた。
よく考えれば、無一文だ。
「…ま、モンスターを倒しながら進めばそのうち貯まるだろ」
多分、と心の中でつけたし、彼は歩く。
ザクザクと彼のブーツが短い草を踏みしめていく。
予想外だったのは、あまりモンスターに遭遇しなかったことだ。
ティルとしては金を稼ぐと言う目的もあったのだから、どちらかと言えば望んでいたわけだが。
その期待を裏切るように、雑魚モンスターはティルを避けた。
己の力量を理解し、そして彼に敵対すべきではないと悟ったのだろう。
それは、一種の生存本能だ。
向かってきたのは何故かいきなり混乱状態のモンスターと、それなりにレベルの高いモンスターくらい。
とりあえず、後者のお蔭で懐はそれなりにあたたかくなった。
宿を取り、旅支度を整えるくらいは十分だろう。
「…これの所為か…」
カームの町が見えたところで、ティルはそう呟く。
おそらく、モンスターが彼を避けたのは、この刀の所為。
この刀は、数多のモンスターの血を吸っている。
いくら拭い取ったとしても、拭い切れないほどに、その刀身に染み込んでいるのだろう。
ティルはチッと舌を打った。
どこに行っても、忘れさせてくれない。
いや、まるで忘れるなとでも言うかのように…その存在ばかりが、ティルの肩を重くする。
はぁ、とため息を吐き出し、彼はカームに向けてまた一歩踏み出した。
「きゃあー!!」
どこからともなく聞こえた悲鳴。
女性と言うよりは、少女の声だった。
ティルの目に鋭さが宿り、周囲にさっと視線をめぐらせる。
左から右へと目を動かす過程で、見つけた。
栗色の髪を三つ編みにした少女の背中と、その向こうにウルフ系のモンスター。
すでに牙を剥いて臨戦状態にあるモンスターを見て、ティルは即座に地面を蹴った。
風に乗っているかのような速度で走った彼は、そのまま少女とモンスターの間に滑り込む。
真正面から迫るモンスターの鋭い牙にも怯える事も慌てる事もなく、彼は刀で斬り上げる。
深い一撃に、モンスターの身体が吹き飛び、やがて空へと飛散した。
間に合ったことへの安堵から軽く息をつき、振り向く。
「怪我は―――」
「セフィロス様…っ!?」
ティルの声を遮る様にして、少女独特の少し高めな声がその名を呼んだ。
初対面の少女を睨み付けて声を荒らげるほど、ティルも馬鹿ではない。
口をついて飛び出しそうだった言葉を飲み込み、別の言葉を探す。
「残念だが、俺はセフィロスって奴じゃない。他人の空似だよ」
「他人…、そんなの嘘!そのペンダントは、コウ様に差し上げた、父の作品だもん!」
信じない、と頑なな少女。
彼女はセフィロスとコウを知っているのだろう。
そこに、間違いはないはずだ。
自分を見て彼らを連想するならば、その姿を一度は視界に捉えたことがある人間に他ならない。
「……悪いな。でも、他人なんだ」
とても、とても傷ついたような表情の彼女。
グッと唇を噛み締めた彼女は、ティルに向かって手を伸ばした。
「……………私の家、カームなんです。助けていただいたお礼もしたいので、是非来てください」
そう言って彼女はティルのコートの裾を引く。
しっかりと掴む彼女の手を振り解いて行けるほど、彼は冷酷な人間ではない。
「……ねぇ、何でそのペンダントを持っているの?コウ様、いらなくなっちゃったのかなぁ…」
少女は今にも泣き出してしまいそうだ。
彼はそれに対する答えを持っていない。
いらなくなったと言うことではないのだ。
もう、コウがこれを持つことはないのだから。
「君は、セフィロスや…コウと、知り合いなのか?」
「うん。ずっと昔、あなたと同じように助けてくれたの。あの日も、私…この辺りで迷って、帰れなくって…」
恐くて怖くて、心の底から、誰かの助けを求めた。
それなのに、誰も助けてくれなくて。
苦し紛れに投げた石がモンスターの額を傷つけた。
それに逆上したモンスターが襲ってくるのは、当然のことだったのだろう。
治り始めた傷を見て、父が再三「気をつけなさい」といっていたモンスターなのだと気付く。
その時には、もう遅かったのだけれど。
「強くて、綺麗で、優しくて…私、二人に憧れたの」
あんな風に強くはなれないけれど、でも心の強い人間になりたいと思った。
寄り添う二人を見て、こんな関係を築くことの出来る人と一緒になりたいと夢を見た。
「いつか…また会った時に、そんな自分になってお礼が言いたかった」
唯一の繋がりであるペンダントが、二人と自分を結び付けてくれると思っていた。
けれど…現実は、違っていたのだ。
「あー…その…悪かったな。これは………コウから預かってるんだ」
「預かって?」
「俺、前にかなりやばい事になって…魔力を増幅させるって言うこれを、コウが貸してくれたんだ」
咄嗟に口をついて出たのは偽りの事実。
少女はティルの言葉に目を見開いた。
それから、目元に涙を浮かべて笑ったのだ。
「そっか…良かった」
胸が痛まないと言えば嘘になる。
それでも、こんなにもコウを望んで止まない少女に、事実を伝えるよりはマシだ。
今はこの世に居ないのだと、自分の口から伝える事は出来ない。
「ねぇ、あなたの名前は?」
「俺はティル」
「ティルね!ティルって、セフィロス様とよく似ているわ!会った事はある?」
「あぁ…あるよ。それに、セフィロスは俺の…」
そこまで言って、ティルは口を噤んだ。
不思議そうに見上げてくる少女の頭を撫でてから、どこか違う所を見つめる。
「俺の親戚なんだ。だから、似てるんだろうな」
そう言って無理やり微笑んだティルを、少女は疑わなかった。
07.12.21