Crimson memory
いつもプレシデントが尊大に腰掛けていた社長椅子。
それがある最上階へと足を運んだティルは、そこに残された骸に愕然とした。
神羅のトップが事切れている。
背中に素人が扱うには長すぎる刀を生やしたまま。
「セフィロス…」
見覚えがありすぎる刀―――正宗。
セフィロスの愛刀であり、その姿はあの日の記憶に鮮明に刻まれている。
あの日、コウを貫いたのもまた、この刀だった。
ティルは躊躇いもなくその刀を引き抜く。
赤く染まった刀身は、それでも威圧感を覚えるほどに美しい。
それは、セフィロス自身のような刀だった。
「あいつが生きてる…」
その姿を見た事はなかったが、そうだと信じて疑わなかった。
そして今、その証が残されていた。
まるで、誰かに己の存在を示すかのように。
自分の刀よりも長いそれは、当然の事ながら己の物以上の重さがある。
ずしりと掌に伝わる重量感に、改めてその存在の大きさを垣間見た。
―――まだ遠い。
いつかに見た英雄の映像の中、彼は己の腕の延長であるかのように自由に扱っていた。
間違っても、この得物に振り回されるような真似はしなかったのだ。
セフィロスとの間にある、距離。
ティルは正宗の柄を強く握り締めた。
コツン、と靴音がホールに響く。
バルコニーの方から歩いてきた人物に、ティルは顔を上げた。
社長が死んでいる今、この人物がその座に着くであろう事は、想像するに容易い。
かと言って、ティルが何か態度を変える必要があるかと問われれば、その答えはNoだ。
「君がティルか。中々顔を合わせる機会がなくて今回が初めての対面と言うわけだが…」
金髪を掻き揚げ、彼、ルーファウスはティルの姿を上から下まで見る。
その視線が何を言いたいのかに気づき、彼は軽く眉間の皺を深めた。
「ふむ…確かに、よく似ている」
「……………」
「彼女は実に聡明かつ美しい女性だった。私が社長になった今、彼女が我が社にいない事が残念だ」
ルーファウスの言葉にティルは二・三度目を瞬かせる。
まさか、ここでセフィロスではなくコウの存在が出てくるとは思わなかった。
セフィロスを知る者は皆、ティルに彼の面影を見ていたから。
顔立ちはコウに似ているのだから、ルーファウスのような反応もおかしくはない。
しかし、セフィロスの存在が大きすぎるが故に、彼譲りの銀髪や体つきの方が先に目に付いてしまうのだ。
「どうだ、ティル。私の元で働かないか。宝条の実験に付き合う必要などない」
「あんたの元で…?」
「あぁ、そうだ。私の護衛について欲しい。セフィロスを追う」
そう言ってティルの返事を待つ彼。
ティルは彼の後ろに従うツォンを見た。
ツォンは何も言わず、ただ静かに目を伏せる。
「本当にセフィロスに会えるのか」
「目的が同じである以上、必ず」
「………」
ティルは沈黙する。
彼の脳内では、自分のメリットやデメリットが目まぐるしく動き回った。
結論を出さない彼をいい事に、ルーファウスは畳み掛けるように続ける。
「私の護衛となり、君のその能力を生かせる部署…そうだな、タークスに入ってもらうのがいいだろう。
あそこならば、君の力を最大限生かすことが出来る」
「タークス…」
「クラウド達を追うのも、君の仕事だ。例の古代種は、社にとっては居てもらって困る存在ではない」
その言葉はある種のきっかけだった。
背中を押すであろうと信じて疑わなかったルーファウス。
彼は、確かにティルの背を押した。
「悪いが、飼い犬に成り下がるつもりはない。ここからは自由にいかせてもらう」
彼自身の望む、逆の方向へと。
驚いたように軽く目を見開くルーファウスを前に、ティルは短い銀髪を頬から払いのけた。
「何が不満だ?コウやセフィロスも、タークスではなかったがソルジャーとして立派に働いてくれた」
「それで、リードが千切れたら自由を奪って閉じ込めるのか?俺は、あんた達がやった事を忘れない」
あの日、コウがあの部屋にさえ閉じ込められていなければ。
あの部屋にさえいなければ、彼女は死なずにすんだのだ。
結果としてそうなっただけだとしても、神羅がそれに加担してしまったのは否めない事実。
古代種としてエアリスを望むルーファウスの言葉に、ティルはそれを思い出した。
「そうか…君が敵に回ると、色々と面倒だ」
そう呟きながら、武器を取り出す。
そんな行動を見て、ティルが目を細めた。
「だから殺すか?そんな傷を負った身体で俺に勝てるとでも?」
冗談は大概にしてくれ。
ティルはそう言ってハッと嘲笑う。
想像の域を出ないが、クラウド達と一戦を交えたのだろう。
彼らがエアリス共々捕まったと言う話は、ティルの耳にも届いた。
丁度通り道だったから、と建物の構造上ありえない言い訳を頭に浮かべ、独房に顔を出した彼。
空になった独房から延々と続く血の痕を追って、ここまで辿り着いたのだ。
クラウド達の姿がないのは、彼がルーファウスとの一戦で勝利を収めたからだろう。
そうでなければ、目の前の男が彼らを見す見す逃すとは考えにくい。
プレシデントとは違った意味で、この男は野心家だ。
「俺はそのやり方が気に入らない」
「なるほど。その辺りはセフィロスと同じだな。奴もまた、私のやり方を嫌っていた」
「この上なく不愉快だが、生まれて初めてあいつを認めてやれる部分を見つけたな」
「そうか。よかったじゃないか」
チャ、と銃口がティルを睨み付ける。
彼は怯むことなくそれに向かって走り出した。
床を蹴って近づいてくる彼に発砲するも、掠めることすらない。
やがてルーファウスのすぐ前までたどり着いた彼は、そこで一際強く床を蹴る。
ダンッと派手な音を立て、彼を飛び越えた。
追ってくるルーファウスの視線を感じつつ、その足でガラスを突き破って外へと飛び出す。
「最上階だぞ!?」
馬鹿な真似を、という声が追ってくる。
しかし、ティルはニッとその口角を持ち上げた。
「じゃあな、新社長さん」
その言葉を残し、彼は空へと身を任せる。
07.12.02