Crimson memory
久々の再会を果たしたクラウドの腕を掴み、エアリスが必死に口を開く。
「クラウド!もう一人いるの。私と同じように捕まっている人が」
「…そいつがどうかしたのか?」
「もう!助けてあげようよ!実験に使われてるのよ!?」
腰に手をやって肩を怒らせるエアリスに、クラウドは面倒そうに溜め息を吐き出す。
正直、本社に乗り込んで彼女を救い出すことが目的なのだから、これ以上面倒ごとを持ち込まないでほしい。
今ですら、無事に逃げ切れる保障などどこにもない。
「…それに、あの人…何か、危ない気がする」
「危ない?」
「一人にしておくと危ないって意味。自由に生きることを諦めてるように見えた」
籠の中の鳥であることが自分の運命だと、受け入れてしまっているように見えたのだ。
しかし、生きる意志がないわけではない。
何か…言葉に表すのは難しいけれど、何か、絶対に曲げられない誓いのようなものを秘めているような眼だった。
憎悪にも似た感情が、その眼の奥に隠れているような気がする。
「…エアリスはそいつを助けないと脱出しないつもりなんだな」
「よくわかってるわね、クラウド」
項垂れるクラウドを見て、彼女はにっこりと笑う。
彼が折れてくれる、ということがわかったからだろう。
はぁ、と溜め息を吐き出してから、クラウドはすぐそこで待っている仲間を振り向いた。
「…バレット、エアリスを頼む」
「おう!」
バレットはしっかりと頷くと、エアリスを促す。
彼女はバレットに続きながらも、クラウドを振り向いた。
「ティルって言う男の人なの!…お願いね、クラウド」
「ああ、わかった」
クラウドが頷くのを見届けて、彼女は走り去った。
今まで沈黙していたティファが彼の隣に並ぶ。
「行こっか、クラウド。ティルって人を捜さないと」
「…そうだな」
壁に背中を預けて座り込む男が一人。
さらりとした癖のない銀髪とその顔立ちが、かつての仲間を二人思い出させた。
「…ティル、か?」
クラウドがそう声をかけると、男が顔を上げた。
整った顔立ちに、魔晄を浴びた証である碧い眼。
強く鋭い眼差しが訝しげな表情を浮かべて三人を見た。
「………誰だよ、あんた」
「クラウドだ。エアリスに頼まれてティルという男を捜している」
「…エアリス…あぁ、あの女か。確かに俺がティルだが、あの女に捜される理由はない」
そう言うと、ティルは再び目を閉じてしまう。
彼の頬やら腕やらには、所々に赤い血が飛び散っていた。
怪我はないようなので、彼のものではないだろう。
ここで何をしていたのか、彼は何をしているのか。
クラウドの疑問は尽きない。
しかし、ここでそれを追及している時間はない。
「エアリスが待ってる。あんたを助けると約束した」
「…助けられる覚えはない」
「あなたが実験に使われているって聞いて、エアリスが助けたいって望んでるの。私たちと一緒に来て」
「大体、あんた達は何であの女の言うことを聞いてるんだ。俺のことなんて、何も知らないだろ」
そう言ってティファの方を睨み付ける。
彼女は珍しくビクリと肩を揺らした。
その様子に、彼は僅かに目を細める。
「あんた達…特に、女の方。何をそんなに怯えてるんだ?俺を通して……誰を見てる?」
二人が息を呑む。
その反応を見たティルは溜め息を吐き出した。
「俺には俺の目的がある。あんた達に付き合う義理もない」
そう言うと、ティルはゆっくりと腰を上げた。
そして、すぐ傍らに置いていた刀を手に取る。
ブン、とそれで空を切る姿も、見れば見るほど重なってしまうのだ。
「セフィロス…」
呟いた声に反応したのはティファだけではなかった。
ティルがクラウドの方を向いて口を開く。
「あいつを知ってるのか」
「…あぁ、よく知ってる」
「なら、話は早い。俺はあいつを捜して、神羅に協力している。邪魔するな」
ガンッと床に刀を突き刺し、彼は低くそう言った。
その目に浮かぶのは、強い意志と、そして溢れんばかりの憎しみ。
「セフィロスは、5年前に…」
「奴が死ぬはずがない。絶対に生きている―――そう、感じる」
「…捜して、どうするつもりだ?」
「……………」
まったく関係のない彼らに己の内を明かすつもりなどない。
しかし、話さなければいつまで経っても彼らは去ろうとはしないだろう。
「……見つけたら…殺す。母さんの仇だ」
ティルの言葉にティファは瞼を伏せる。
―――ここにも一人…自分と同じく彼に奪われた人が居た。
5年前のあの光景が甦り、瞼が熱くなる。
「………コウ…?」
「母さんを知ってんのか?」
零れ落ちたといっても過言ではないようなクラウドの声にティルが反応する。
やはり、と思った。
コウを知っているクラウドには、ティルの父親を悩む必要など無かった。
顔立ちはどこかコウに似ていて、髪や体つきはセフィロスに似ている。
だから、ティルを見ていると二人を思い出してしまうのだ。
「でも、ありえない。コウに息子が居るなんていう話は聞いたことがない」
クラウドはそう頭を振った。
そんな彼に、ティルは天井を見上げて背中を壁にもたれさせる。
「人生の大半を試験管と実験の中で過ごした。宝条によって人の約5倍の速度で成長させられた」
つまり、見た目がクラウドと同じくらいでも、年齢的に言えば4、5歳程度と言うことだ。
もちろん、身体だけが大きくなったのでは意味がない。
膨大な量の情報を詰め込まれ、肉体年齢に見合う知識を持っている。
「俺の出生はわかっただろ。あんた達とは違うんだよ。わかったなら、さっさと行け」
厄介払いでもするかのように、彼はあっちへ行けとばかりに手を振る。
クラウドは軽く頭を振り、そして溜め息を吐き出した。
これ以上粘っても、この男は動かないだろう。
「…この男は危険だ。数多の血の臭いを感じる」
分かっているのに動けずに居るクラウドに、レッドXIIIがそう告げた。
彼の言葉を聞き、ティルが軽く眉を上げる。
「へぇ…返り血なんて、殆ど浴びてないんだけどな」
よくわかったな、とティルが僅かに口角を持ち上げた。
今までずっと宝条の実験サンプルと戦っていたのだ。
中には、血の通う生物もいた。
今も手の中にはそれらを斬った時の感触が残っている。
一生消えることのない、命を奪った感触だ。
「でも、エアリスが…」
「俺は死んでいたとでも伝えておけ。どうせあんた達が連れ出すんだ。もう出会う事はない」
冷たくそう言い放つティルに、ティファは顔を俯かせた。
そんな彼女を一瞥してから、クラウドはもう一度だけティルを見る。
「最後にもう一度だけ聞きたい。コウは…セフィロスに殺されたのか?」
「何度も言わせるな」
鋭い眼差しがクラウドを射抜く。
それが答えだろうと判断した。
クラウドは、ティルの言葉を信じ切れていない。
彼の記憶の中の二人は、そんな風にどちらかを殺してしまうような危うい関係ではなかった。
あの日の、錯乱したセフィロスを思い出す。
狂気に己の内側を侵食され始めながら、彼が呟いた名前。
あの時には聞き取れなかったけれど、今になってわかる。
あれは―――途切れ途切れに、まるで救いを求めるように紡がれたのは、コウの名前だ。
セフィロスは、ニブルヘイムを襲い、ジェノバの首と共に消えた。
あの後、彼はコウを殺したと言うのか。
「ティファ、レッドXIII、行こう」
考えていても、答えにはたどり着かない。
じくじくと不思議な痛みを伝えてくる胸の慟哭を無視し、クラウドは仲間にそう声を掛けた。
―――今は仕事中じゃないから、敬語は必要ないわよ。
―――緊張するのだけはやめて欲しいかな。取って食べたりしないから。
記憶の中のコウが笑い、胸の痛みがより深いものとなってクラウドを侵食した。
07.11.20