Azure memory
「セフィロス…これはどう言う事だ」
低い声が鼓膜を震わせる。
それもそのはずだ。
今プレシデントの前に居るのは、反神羅組織の幹部だ。
一人も残さない殲滅が、今回彼がセフィロスに下した任務。
それなのに、何故ここにその幹部が生きたまま存在しているのか。
命令違反とも取れる行動に、プレシデントはただ眉間の皺を深くする。
「コウをソルジャーに推薦する」
「…血迷ったか、セフィロス。そんなことを許すとでも思っているのか?」
彼の返答に、セフィロスが目を細める。
そんなセフィロスの反応を見たプレシデントは、やや顔色を悪くした。
彼ならば、自分を殺すことなど簡単だ。
怒らせるわけにはいかない。
プレシデントは葛藤した。
「報酬はいらんと言ったはずだ。その代わり、別のものをもらう、とな」
「あ、あぁ…」
「コウをもらう。殺せと言うなら…刀を抜くことになる」
この一言により、神羅はコウを殺すことが出来なくなった。
実質、神羅のソルジャーの頂点に位置するセフィロスを敵に回すことになるのだ。
反神羅組織に居たという事実など、彼を敵にすることに比べれば紙の様に薄く軽い。
「…プレシデント=神羅…だったかしら」
「……何だ」
「私、あの組織に雇われていた傭兵だったの。結構な金が動いていたんだけれど…契約主が死んだのよね」
「……………傭兵?」
「ええ、そう。金次第では、神羅についてもいいけれど…どうかしら?」
ニッと口角を持ち上げ、相手を挑発するような不敵な笑みを浮かべる。
彼女の噂は、ここミッドガルにもしっかりと届いてきている。
ぐらぐらと揺れる天秤が完全に傾くことはなく、プレシデントは冷や汗を流して沈黙する。
「…社長」
「ルーファウスか、どうした」
「傭兵と言うのは、金さえ掴ませれば飼いならしたも同然です。敵に回すよりは得策かと思われますが」
裏切られたら、とそればかりを案じて答えを出せずに居る、神羅のトップ。
それを見かねた白いスーツの男が、そう進言した。
ルーファウス―――名前は聞いたことがある。
社長であるプレシデントの息子だ。
コウは彼を見ながら、なるほど、と心中で頷く。
この男はプレシデントほど臆病者ではないようだ。
もし、と言う可能性に怯えるよりも、己が常に上に立てる位置を模索する貪欲なまでのプライドを垣間見た。
「か、金は実力を見てからしか決められん」
「では、バーチャル試合を設けましょう。その場で判断すればいい」
どうかな?とルーファウスがコウを振り向いた。
心の奥まで見透かそうとするような視線に、彼女は冷めた目を返す。
「構わないわ」
「決まりだ。ソルジャーに通達を。試合は午後からだ。好成績を残したものには昇格の可能性もあると伝えろ」
彼女の返事を聞くなり、彼は自分の傍らに居た部下にそう指示を出す。
とんとん拍子に話が進み、コウとセフィロスは退室を命じられた。
頭を下げるでもなく即座に踵を返す彼に続き、彼女もそこを後にする。
エレベーターの中、セフィロスが口を開く。
「上手く言うものだな。傭兵だと?」
「時と場合により顔を使い分けるのも立派な世渡りでしょう」
「……使い分けたことはないな」
少し悩んだ末にそう答えた彼。
コウは苦笑を浮かべ、先ほどの彼の様子を思い出していた。
彼は社長を前にしても、全く自分を偽らない。
常に地を通していた彼ならば、確かにそう答えるのも無理はないだろう。
「その必要がないのはいいことだと思うわ」
自分を偽る機会など、少ないに越したことはない。
目的のためとは言え、嘘を吐くことも、彼女にとっては不愉快なことだった。
「それにしても…」
そう言ったところで、エレベーターの振動が止まる。
どうやら、下の階に到着したらしい。
「ソルジャーフロアだ」
「まだ正式に入っていない私が入るとまずいんじゃない?」
「問題ない。そんな機密事項を取り扱うフロアじゃないからな」
そう言ってセフィロスが歩き出す。
コウは、少しだけ悩むような素振りを見せたが、それを察したように彼が振り向く。
急かすような視線を受け、彼女は溜め息と共に一歩を踏み出した。
歩き出してしまえば、小さな迷いなどは消えうせてしまうものだ。
ふと、彼女は向けられる視線の多さに気づく。
その元を辿ってみれば、慌てたように視線を逸らす者が半分ほど。
残りは、興味を深めたような反応だ。
「随分と人気者ね、あなた」
人気者、と言うのは少し違うのかもしれない。
なぜならば、見つめる視線はどれも遠巻きなもので、近づいてこようとはしないからだ。
それを不思議だとは思わなかった。
恐らく、彼らは憧れと畏怖との境を揺れているのだろう。
強すぎる者は、同時に恐れの対象にもなってしまう。
ましてや、セフィロスはお世辞にも愛想がいいといえないのだから、尚更だ。
「待ちたまえ」
不意に、そんな声が二人を追ってきた。
同時に振り向く二人の視界に、エレベーターから降りたばかりのルーファウスが映りこむ。
ソルジャーフロアには不似合いな人物の登場に、遠巻きの野次馬たちは更に驚かされた。
それに対し、当の本人たちは至って平然としている。
「コウ…と言ったか」
「ええ」
「話がある」
くいっと顎でエレベーターを指す彼。
どうやら、違う階に用があるらしい。
ここは従っておくべきだろうと判断した彼女は、言われるままにそちらへと歩き出す。
だが、散歩も進まないうちに、セフィロスに腕を引かれた。
「…次期社長のご機嫌を損ねるわけには行かないのよ」
彼を振り向いたコウは、声を潜めてそう言った。
自分はまだセフィロスのように不動の地位を築いていない。
ここで上の反感を買うわけには行かないのだと、彼女はそれを伝える。
セフィロスの腕が緩んだのを確認し、再び足を動かす。
ルーファウスに付き従うようにエレベーターの中へと消えたコウ。
それを見送るセフィロスは、無表情なのにどこかその空気が冷たい。
ひんやりとしたそれに、野次馬の半数ほどは巻き込まれるのは御免だとばかりに逃げ出した。
08.02.16