Azure memory
途中、ヘリを経てミッドガルへと連れてこられたコウ。
既に諦めているのか、米俵のように担がれることにも騒いだりはしない。
時間が深夜だったことも手伝い、道中に人の姿がなかったことは不幸中の幸いだろうか。
「ここは?」
とある建物の一室へと入ったところで、漸く床におろしてもらう。
とりあえず状況を確認するように周囲に視線を巡らせてから、彼女はそう問いかけた。
「俺の部屋だ」
彼は短く答えると、そのまま廊下を進んでいってしまう。
一つのフロアが丸々彼のものなのだろう。
やたらと長い廊下には、いくつかの部屋のドアが並んでいる。
なぜ自分が彼の部屋に連れてこられなければならないのか。
コウはその疑問から、足を動かすことが出来なかった。
奥にあった部屋に姿を消していたセフィロスが戻ってきたのは、それから数秒後だ。
彼は手にバスタオルとYシャツのようなものを持っている。
「バスルームはそこだ」
そういって、彼は手に持っていたそれらを強引にコウに手渡し、廊下の向こうを指す。
コウは彼に渡されたそれと彼とを交互に見た。
「何のつもり?」
彼にはここまでする理由がないはずだ。
怪訝そうに彼を見て、そう問いかける。
セフィロスはそんな彼女の頬へと手を伸ばした。
「随分と派手に暴れたらしいな」
そう言って、彼女の頬についていた煤汚れを指先で拭う。
触れた肌の温度に、コウは思わずその身を引いた。
そして、何も言わずに先ほど教えられたバスルームの方へと足早に去っていく。
それを見送り、彼はリビングルームへと姿を消した。
「…広…」
とりあえずバスルームへと飛び込んだコウは、そこの広さに唖然とする。
相当金をかけている建物だと言うことはよくわかった。
ソルジャーと言うのはそんなに儲かる仕事なのだろうか。
この時、コウはまだ知らなかった。
彼が、ソルジャーの中でもトップの座についているほどの人間であると言うことを。
「…とりあえず、シャワーを浴びるしかないわよね…」
このままバスルームに篭城しているわけにも行かない。
躊躇いつつも胸元のチャックに手を伸ばし、ゆっくりとそれを引き下ろした。
一切女性の影を感じさせない部屋だった。
そして、彼自身も女性に興味があるのかと疑問に抱くような無表情さ。
そのあたりを考えても、女性用の服を用意してくれたとは思っていなかった。
案の定と言うかなんと言うか。
少し長めのYシャツは、体格差からかコウの太ももあたりまでその裾が来てしまう。
見せないという点からすれば、十分だろう。
しかし…年頃の女性として、この姿で男性の前に出てもいいものだろうか。
等身大の鏡に映る自分の姿を見て、コウは溜め息を吐き出した。
「まぁ、他に替えがあるわけでもないし…」
座るとちらリズムになりそうだが、まぁ見えないのだから問題はないだろう。
持ち前の諦めの早さを上手く使いこなし、コウはバスルームを出る。
タオルドライしただけの髪はまだうっすらと湿り気を残している。
それが首筋を流れると、何とも言えない冷たさを感じた。
人の気配のある方へと歩き、開きっぱなしになっているドアから室内に顔を覗かせる。
予想通り、彼はそこにいた。
眠っているようにも、また何かを考えているようにも見える。
瞼を伏せた状態で、ソファーに深く腰掛けている彼。
その空気に、コウは声をかけかねた。
「…出たのか?」
彼から視線を外し、室内を見回していたコウは、そんな声に視線を戻す。
いつの間にか、先ほどの姿勢のまま目を開いている彼。
まっすぐに自分を見つめる青い目が、素直に綺麗だと思った。
確か…あの色は、ソルジャー特有の魔晄を浴びた色だ。
「ええ。ありがとう」
そう告げると、彼はほんの少しだけ表情を緩めた。
それから、立ち上がってコウの方へと歩いてくる。
思わず身を硬くする彼女の横をすり抜け、自分もバスルームへと向かった。
「冷蔵庫の中は好きに使っていい」
くつろいでいろ、と言い残し、彼はバスルームのドアを閉ざす。
残されたコウはと言うと、未だにその場から動けずにいた。
「…私たち、今日初めて会った…のよね?」
誰に問うでもなく、そう呟く。
彼と出会い、言葉を交わしたのは今日が初めてのはずだ。
ましてや、その状況は敵同士だったはず。
それなのに、この待遇の良さは一体何だ。
手配書に載っているはずのコウは、神羅の本社まで連れて行かれるものだと思っていた。
若しくは、その関連の場所に連れて行かれると思い込んでいたのだ。
しかし、着いた場所はと言えば彼のプライベートルーム。
さらに言うと、彼は連絡手段であろう携帯を破壊して放置してきた。
間違いなく、会社にとって有益となる行動を取っていない彼。
「…これで解雇されるなんて事は…ないのかしら」
徐々に緊張が解けてきたのか、コウはそんなことを考えながらリビングを横切る。
彼の申し出を有難く受け、何か飲み物でもいただくことにしよう。
そう思って、コウは冷蔵庫を開き―――口を閉じられなくなった。
「…何、この栄養剤の山…」
料理をするとは思わなかったが、まさかこれで日々の栄養摂取を賄っていると言うのか?
信じられない、と表情をしかめつつ、それを閉じる。
シンクの傍にあった紅茶のパックを開封し、湯を沸かして紅茶を入れようと思う。
パックのものは香りや味があまり好きではないのだが、とりあえず飲む分には手間がかからない。
ケトルをコンロの火にかけ、もう一度冷蔵庫を開いてみる。
当然、中身は変わらない。
「…いったいどんな生活をしてるのよ…」
男の一人暮らしなんてこんなものなのだろうか。
そんなことまで考えつつ、他の引き出しなどを開いて中を確認していく。
どうやら、調味料一式は揃っているようだ。
「…シャワーのお礼だと思えばいいか」
ホールトマトの缶詰とパスタを手に、コウは肩を竦めてそう呟いた。
鍋などの調理器具を確認しているうちに、湯が沸いたようだ。
とりあえず用意していたパックのそれに湯を注ぎ、缶詰の蓋を開ける。
使い慣れないキッチンでの作業を進めている間に、時間は瞬く間に過ぎて行った。
「あれには驚いたな…」
何かを思い出していたのか、セフィロスがポツリとそう呟いた。
そんな彼の声に反応したコウが、キッチンから顔を出す。
「どうかした?」
「いや…あの日もそうやって料理していたなと思い出していた」
「あの日…あぁ、セフィロスにお持ち帰りされた日?
私だって、まさか出会ったその日に男性の家で料理するとは思わなかったわ」
そう言ってクスクスと笑いつつ、またキッチンに戻っていく。
カウンターを挟んだ位置関係にあるキッチンは、セフィロスの位置からでも彼女の姿が見えている。
右へ左へと動く彼女の動作には迷いがない。
使い慣れているキッチンなのだから、それも当然だろう。
「家政婦でも雇えばよかったじゃない」
「自分の家に他人を入れるのは好きじゃない」
「出会ったその日にお持ち帰りした人が言っても説得力に欠けるわよ」
笑いながらそう言っているあたり、彼女はそれを咎めるつもりはないようだ。
そして、コウもまたあの日を思い出すように、自分の後ろにある冷蔵庫を見つめた。
「栄養剤で埋め尽くされている冷蔵庫なんて、初めて見たわよ」
「…あれは神羅からの支給品だ」
「それにしても、限度があるわ」
コウが両手に皿を持ってキッチンから出てくる。
テーブルの上を準備していくのを眺めながら、セフィロスは目を細めた。
「お前のお蔭で食生活がマシになった」
「…あのねぇ…。栄養剤だけの生活からすれば、食べるだけでもマシになってるでしょうが」
「…違ったな。数段良くなった。待っていても美味い食事が出てくるんだからな」
いつの間に近づいてきていたのか、セフィロスの腕がコウの腰を絡め取る。
彼女は苦笑しつつも彼の好きなようにさせた。
「あの日のパスタに魚介類のサラダ」
食べないの?と準備の整ったテーブルを顎で指し、首を傾げてみせる。
答える代わりに彼女のこめかみに口付け、彼女と角を挟むようにして席に着いた。
08.02.11