Azure memory

一撃―――そう、一撃だった。
セフィロスの長い刀がモンスターを二つに斬り裂く。
治癒能力があると言っても、真っ二つに分かれたものを元に戻せるほどではないようだ。
数秒間痙攣した後、それはザァッと空へと飛散した。

「油断するな」
「うん、ごめん。ありがとう」

セフィロスの軽いお叱りの言葉に、コウは頷きながらそう答える。
今のは自分のミスだ。
咄嗟に、この子を守ろうとして己の身を挺して庇ってしまった。
彼の表情がどこか怒っているのは、その所為だろう。
ごめんね、ともう一度心の中で呟いてから、腕の中の子供を見下ろす。
ワンピースを着ているところを見ると、女の子だろう。
何度か転んでしまったのか、ピンク色のワンピースは泥だらけ。
未だに震えの治まらない小さな身体をしっかりと抱きしめる。
ポン、ポン、と一定の間隔で彼女の背中を撫でた。

「大丈夫。もう大丈夫だよ」

よほど怖い思いをしたのだろう。
涙が止まらないのか、少女が顔を寄せる胸元辺りが湿ってきている。

「お家に帰ろうね。一緒に連れて行ってあげる」

そう言って、コウは片腕で少女を抱き上げた。
急に振動が伝わった事に驚いたのか、少女が顔を上げる。
子供独特の大きな目がポロリと涙の粒を零した。

「お家はどこにあるの?」
「…カーム」
「そう。セフィロス」
「…あぁ、わかってる」

振り向いたコウが何を言いたいのかはよく分かる。
散歩に誘ったのは自分なのに、予定が変わってしまうことを申し訳なく思っているのだ。
しかし、ここで少女を放り出すようであれば、それはコウではない。
ありがとう、と微笑んでから歩き出すコウに続き、セフィロスが隣に並んだ。

「…セフィ…?」
「…ん?……あぁ…セフィロス。この人はセフィロスって言うのよ」
「セフィロス。お姉ちゃんは?」
「コウよ。コウ」

少女が覚えられるようにと、ゆっくりと自分の名前を発音する。
彼女は赤い目で嬉しそうに笑い、コウ、と呟いた。

「セフィロス!コウ!」

そう言って順に彼らを指しては名前を紡ぐ。
先ほどの恐怖を忘れたわけではないだろう。
けれど、こうしてすぐに笑う事のできる辺りは、子供らしいのかもしれない。
コウはセフィロスと顔を見合わせ、クスリと小さく苦笑した。















カームに到着し、少女の家を探すのは簡単だった。
町の入り口で少女の母親と父親と思しき二人が、顔面蒼白な様子で右往左往していたのだ。
二人はコウたちの姿を見つけるなり、弾かれたように彼らの元へと飛んできた。

「お母さん!」

コウの腕から下ろされた少女は、腕を広げる母親の元へと駆けて行く。
しっかりと抱擁を交わす二人を横目に、父親がコウ達に向き直った。

「ありがとうございました。何とお礼を言えばいいのか…!」
「気にしないでください。偶然に通りかかっただけの事です」

それから、コウは少女を助けた時の状況を掻い摘んで話す。
男性は何かを考えるようにして、モンスターの詳細を尋ねた。
それに対して不思議に思いつつも答えたコウに、彼はハッと何かに気付いたように表情を変える。

「お二人は、その…ソルジャーの方では…?」

躊躇いがちにそう問われ、コウはセフィロスの方を向いた。
彼が小さく頷くのを見て、改めて男性の方を振り向く。
そして、はい、と短く答えた。

「やはり!お二人がソルジャー・クラス1stのセフィロス様とコウ様ですね!何と言う幸運でしょうか…っ」
「いえ、あの…」
「娘は本当に運が良かった…!あなた方があのモンスターから娘を救ってくれるとは…。
あのモンスターは自己治癒力が高く、並のソルジャーでは太刀打ちできなかったと聞きます」

あぁ、道理で。
コウは何故自分があんな失態を犯してしまったのかを理解した。
予想以上に強いモンスターだったらしい。
並みのソルジャーと言うレベルもピンからキリまであるが、弱くはなかったのだろう。
何度も頭を下げる男性に、コウは困りかねた様子でセフィロスに助けを求めた。
彼ははぁ、と短く溜め息を吐き出し、その隣に並ぶ。

「確か、アクセサリー屋の…」
「はい!この町で店を開いております」
「そうか。…ひとつ頼みたい事がある」

そう言い出したセフィロスに、コウは首を傾げた。
アクセサリー屋に用があるなど、聞いていない。
しかし、これも何か考えがあっての事なのだろう。
コウは口を挟まずに男性と彼の遣り取りを見ていた。
不意に、くいっとコートを引かれる感覚に気づく。
視線を落とせば、ニコニコと笑う少女がコウを見上げていた。

「コウ様、ありがとうございました!」

ぺこっと音がしそうなほどに元気よく頭を下げる少女。
その後ろでは母親が柔らかく頭を下げていた。
コウはそれに対して小さく会釈をしてから、少女の頭を撫でる。
無事でよかったね、そんな思いを込めて、優しく微笑んだ。

「コウ。帰るぞ」

いつの間にか、セフィロスと男性の遣り取りは終わっていたらしい。
外へと歩き出す彼に続いたコウは、途中で親子を振り向いた。
元気に手を振る少女に同じように手を振り返し、深々と頭を下げる両親には笑顔を返す。
それから、コウはセフィロスの隣を歩き、町を後にした。











「コウ」

道中、急に名前を呼ばれ、コウが顔を上げる。
目の前に向かってきていた青色のそれ。
顔にぶつかりそうなコースを飛んできたそれを受け止め、掌で転がす。

「ペンダント?」
「あの男のオリジナル品らしい。魔力を上げる効果を持つと言っていた」
「へぇ…アクセサリー職人なのね、あの人」

凝った細工のそれを繁々と眺めていたコウ。
吸い込まれそうな青色は、どこかソルジャーの目の輝きを思わせる。
数秒間それを見つめていた彼女だが、ふと気付く。

「どうして私に?」
「…元々、カームで適当に見繕うつもりだった」
「何の為に?」
「……………」

返って来たのは、なぜか沈黙。
彼の言いたい事がわからず、コウは首を傾げた。

「………お前に何かをやるのに、理由が要るのか?」

顔を逸らしたまま、本当に小さな声でそう言うなり、彼は僅かに歩調を速める。
呆気に取られた様子でペンダントを手にその場を動かないコウ。
つまり…彼からのプレゼント、と言う事なのだろう。
それを理解してしまえば、浮かんでくるのはただ嬉しいと言う感情だけ。
ペンダントを首から提げ、急いで彼に追いつく。

「ありがとう、セフィロス。大切にするね」

顔を逸らしたままの彼の腕に絡みつき、そう言って微笑んだ。




それ以降、コウの胸元にそのペンダントの見えない日はなかったと言う。
この数年後、彼女が愛用していたそれは、誰も予想しなかった状況で息子の手へと渡る事になる。

07.12.17