Azure memory
「セフィロス!久しぶりに散歩でもしない?」
休憩室のソファーで瞼を閉じていたセフィロス。
傍から見れば、寝ているのか起きているのかはわからない。
けれど、コウは起きていると言う確信を持って、迷いなく彼を呼んだ。
そうすると、数秒もおかずに彼が目を開く。
「散歩?」
「そう。散歩。カーム辺りまで、のんびりと歩かない?」
最近ゆっくりしていなかったでしょう?
そう言って首を傾げたコウに、セフィロスは僅かに口角を持ち上げる。
「そうだな…この所忙しく任務が詰まっていたし…ゆっくりするのも、悪くはない」
「でしょう?今から出れば、夕方には戻れるだろうし…どう?」
最早、断れるとは思っていない。
それでも誘うように笑いかける彼女に、彼は一度だけ頷いた。
途端に、彼女が花開くような笑顔を見せる。
セフィロスは、自分が答えた時の、彼女のこの笑顔を気に入っている。
他の誰でもない。
自分がこの笑顔を引き出しているのだと言う優越感が、彼を満たすのだ。
行こう、と腕を引かれるままに立ち上がり、そのまま彼女に従っていく。
ミッドガル周辺はモンスターが弱いとは言え、職業柄武器は手放せない。
任務と変わらぬ出で立ちでミッドガルを出た二人は、そのままカームの方へと歩き出した。
「この辺り、昨日は雨だったみたいね」
ぬかるんだ足元を見つつ、コウがそう言った。
今朝早くにミッドガルに戻ってきた二人は、昨日の天気など知る由もない。
ヘリで本社ビルに直帰したので、雨の形跡を見ていなかった。
水分を吸った地面は、コウのブーツを深めに食い込ませていく。
雨の後の空気は嫌いではないけれど、こうして服や靴やらが汚れるのはあまり歓迎できない。
少しだけ、彼女は嫌そうな表情を見せた。
「向こうは晴れていたからな」
そう言いつつ、ぬかるみに足を取られて少し体勢を崩した彼女の二の腕を引いてやる。
自分で体勢を立て直すなど、彼女からすれば造作もないことだ。
わかっているけれど手を出してしまう彼と、出される手に従ってしまう彼女。
そうすることで、「普通」ではない自分たちが「普通」に戻れる時間を楽しんでいるのかもしれない。
「足跡が残るって…何か、いいね」
首だけで後ろを振り向いたコウが、ポツリと零した言葉。
彼女の目に映るのは、一定の間隔で並んで残っている二人の足跡。
偶に寄り添うような間隔になっているのは、コウが体勢を崩した場所だろう。
そんな状況すらありありと思い出すことが出来、彼女はクスリと笑った。
「―――、――」
「何?」
並んで歩いていたコウがセフィロスを見上げる。
何か言われたような気がしたけれど、聞き取れなかったのだ。
もう一度言って、と言う思いを込めて彼を見上げたのだが、返って来たのは不思議そうな表情。
「何んのことだ?」
「え?今、何か言わなかった?」
「…言った覚えはないな」
暫くは口を動かしていなかったはずだ。
頭の中では色々と考えていたのだから、それが外に漏れていたとなれば話は別だけれど。
それはそれで、困る。
頭の中くらいはプライバシーを守りたいものだ。
そんなくだらない事に思考を発展させていたセフィロスの隣で、コウは不可解だとばかりに首を傾げる。
確かに、何か聞こえた気がしたのだが。
「―――、――!!」
―――気のせいじゃない。
はっきりとそう自覚した。
何を言っているのかは分からないけれど、何かを言っている人が居る。
そして、その声はどこか切羽詰った色を含ませている。
危険だと、本能からの叫びのような声だ。
「…コウ」
不意に、前方を見ていたセフィロスが少しだけ声を低くして彼女を呼んだ。
彼を見てから、同じ方へと視線を向ける。
前方数十メートル。
小さな何かが、何かを従えて動いているのが見えた。
「…モンスターだな」
「………ゆっくりと状況把握している場合じゃないわよ、それ!」
コウも視力はいい方だが、セフィロスには負ける。
僅かに目を細め、何とか把握する事のできた状況を説明する彼に、彼女は少し間を置いてしまった。
ハッと我に返った彼女の手にはすでに己の得物が握られている。
迷いなく駆け出した彼女の背中を見つめ、彼は苦笑した。
邪魔される事のない平穏を許されない自分達に向けたものなのか、お人好しな彼女に向けられたものなのか。
彼の苦笑いは、ほんの少しの間で身を潜めた。
走りつつ銃口をモンスターへと向ける。
向こうもこちらに走ってきているので、接近速度は倍だ。
コウの視力でも十分にその存在を確認できる位置まで来ると、その足を止めた。
そして、揺れなくなった銃口を、今度こそしっかりとモンスターへと固定する。
追われているのは、まだ年端も行かぬ子供だ。
必死に走ってきていた子供は、コウの姿を捉えるなりビクリと肩を揺らした。
自分に銃口が向けられていると思ったのだろう。
足を止めてしまうその子供に、彼女は心中で舌を打つ。
「伏せて!!」
声を張り上げれば、硬直していた子供がバッと動く。
言葉を理解したのではなく、恐らく本能的な服従だ。
邪魔だった子供と言う障害が消え、モンスターの全貌がコウの視界に晒される。
鋭い眼差しが魔弾よりも先にモンスターを射抜いた。
地面に額をこすりつけるようにして、必死に縮こまっていた子供。
震えはどんどん酷くなるばかりだ。
「大丈夫?」
そんな子供に、優しい声が落ちてきた。
そっと肩に触れた温もりに、考える前に身体が動く。
弾かれたように顔を上げた子供は、そのままコウに抱きつき、声を上げて泣き出した。
彼女も、それを拒もうとはせず、小さな背中を優しく撫でてやる。
子供はコウのコートの袖をしっかりと握ってしまっている。
それがいけなかった。
視界の端で何かが動く。
その小さな動きを見逃さなかったのは、今までの経験故の事だろう。
事切れたと思っていたモンスターがいつの間にか起き上がっていた。
自己治癒能力を持ち合わせた種のそれだったらしい。
鋭い鉤爪の餌食になれば、この小さな身体では致命傷だ。
腕が自由であれば反撃を繰り出すことも出来たのだが、それには子供を放り投げなければ不可能。
驚き、漸く振り向いた子供は、目の前に迫るモンスターに顔色を消した。
完全に息の根を止めなかった自分の舌打ちし、子供の身体を己の腕の中に庇いこむ。
そんなコウの視界に、銀と黒が滑り込んだ。
07.12.16