Azure memory
分かりません、知りません。
何度、そう否定の言葉を紡げば彼らは満足するのだろうか。
突然行方不明になった英雄に一番近かった存在を、神羅が野放しにするはずはない。
その日の内に拘束されたコウは、それからずっと詰問を受けている。
寧ろ、自分の方が知りたいというのに。
―――セフィロス、あなたは今…どこに居るの?
生きているのか、死んでいるのか。
それすらも分からない。
彼の携帯に送ったメールは、すでに2桁を終わろうとしている。
共に任務に向かったザックスにも片手で足りるほどのそれを送ったが、反応はない。
ニブルヘイムで何が起こったのか。
疑問だけが、コウの中に蓄積していく。
神羅はセフィロスが逃げたと思っている節がある。
コウから言わせれば、彼が何から逃げるというのか。
逃げるくらいならば…彼は、障害となるそれを切り伏せて進むはずだ。
そんな風に彼が逃げなければならないものなど、この世界には存在しない。
コウの知っているセフィロスと言う男は、そう言う人だ。
「何を隠している?」
「何も。そんなに気になるならば、私をニブルヘイムに向かわせてください。調べてきます」
「それは出来ない。セフィロスが居ない今、君にまで逃げられては困るからね」
名前も覚えていないような男がそう言った。
その言葉の内容に心中で呆れたと溜め息を吐く。
ソルジャーは自分やセフィロスだけではない。
確かに、英雄の名がその役目に大きく関係している。
けれど、自分達が神羅のすべてと言うわけではないのだ。
セフィロスを失ったならば、別のソルジャーを育て上げればいい。
英雄の幻影ばかりを追い求める神羅に、コウは冷めた感情しか抱だけなかった。
神羅は、彼女だけは逃がさないようにと、マテリアを取り上げ、四肢を枷で固定している。
彼が居ないならば、ここに居る必要など無いではないか。
コウはそっと瞼を伏せる。
別離の時は、すぐそこまで迫っているのかもしれない。
ふと、思う。
何度も愛の言葉を口にしたけれど、それは自分だけだった。
彼は、何も言ってはくれなかった。
代わりにその大きな手で己を抱き寄せ、髪に口付けを落とす。
それが彼なりの愛の囁きなのだと、そう思っていたけれど…愚かな勘違いだったのだろうか。
―――いや、違う。
あの瞬間、彼は確かに愛情を注いでくれていた。
それに間違いは無い。
コウの願望的結論ではなく、それが真実だ。
「…セフィロス」
独房の中、薄汚れた天井を見上げて、そう呟く。
名前を呼んだら来てくれるのでは、という愚かしい考えがよぎった。
コウはここ数日何度も感じる眩暈を覚え、静かにその意識を沈ませる。
これはこれは…――――スも、随分と―――土産を―――たものだ。
宝条博士―――しますか?
栄養剤を与え―――日後、―――手術を行なう。起きると面倒だ―――薬で眠らせておけ。
体調を崩したコウは、1ヶ月の間意識を彷徨わせた。
次に目を開いた時、視界に入ったのはくすんだ天井。
思い通りに動かない身体は、各部がずきずきと痛む。
「目を覚ましたか」
白衣の男が姿を見せた。
顔に覚えが無い所を見ると、よく来ていたメンバーの一人ではないらしい。
いつの間にか独房ではなく、研究室にいた自分に驚く。
同時に、筋肉の衰えなどから、長い間眠りについていたのだと気付かされた。
「私は何日眠っていたの?」
「1ヶ月ほどだ」
そう答えると、男はカルテを片手にコウの元へと歩いてきた。
簡素なベッドに寝かされ、腕には点滴の針が差し込まれている。
1ヶ月と言う期間を考えると、恐らく栄養剤のようなものを点滴されていたのだろう。
「意識は正常のようだな。検査を行なう」
「…必要ないわ。筋力の衰え以外は正常―――」
そこまで話したところで、彼女はズキンと全身に走る小さな痛みに顔を顰める。
元より彼女の言い分など聞くつもりは無いのか、男は着々と準備を進めているようだ。
「…倒れた原因に覚えがないのだけれど、何か知っているの?」
「……………まだ分かっていない」
ピタリ、と一瞬だけ手を止め、男はそう答えた。
嘘だと悟るも、それを問いただしても彼は正直に話したりはしないだろう。
即座にそれを理解した彼女は、それ以上問い詰めたりはしなかった。
血液を採取すべく内肘に針が差し込まれるのをぼんやりと見つめる。
「(………何かしら…)」
はっきりと言う事は出来ないのだが、何か。
ただ漠然とした―――喪失感のようなものがある。
その理由が掴めず、気持ち悪さを感じる。
セフィロスが消えたと聞いた時よりも少し軽いけれど、それでもそれに次ぐほどの何か。
訳がわからない―――コウはその不可解な感情から逃げるようにして瞼を閉じた。
彼女は知らなかった。
自身の腹部に、覚えのない傷跡がひとつ増えていることを。
それから暫くして、コウは別の部屋へと移された。
彼女を拘束する枷はなく、代わりに扉には頑丈なロック。
部屋の四隅から睨みつける監視カメラ。
自由に動ける事はありがたいが、結局状況は変わっていない事に、コウは溜め息を吐く。
日付感覚すらなくなってきている自分に、そろそろ限界を感じた。
「今更神羅に思い残す事もない…か」
彼が居てこその神羅。
すでにセフィロスを過去の英雄として動きを取り戻しつつある事は、何となく分かっていた。
最近は彼の事を尋ねられる事も少なく、コウは殆どの時間を独りで過ごしている。
平和でありがたい事だが、それならばいっそ解放してくれればいいのにと思う。
あちらが解放してくれないならば、自分から出て行くしかない。
こんな何もない部屋に閉じ込められて一生を終えるなど、許せなかった。
「私、何も知らないのよ…」
セフィロスが死んでしまったのか、それとも生きているのか。
神羅の言うように、脱走したのか、別の思惑があったのか。
何も、知らないのだ。
そんな状態のまま死ぬ事などできない。
それに―――
「セフィロスは…きっと…」
彼はきっと―――生きているから。
07.11.08