Azure memory
久しぶりに書面にて伝えられた仕事の内容。
珍しいな、と思いつつ、コウは渡されたそれを開いた。
その内容にザッと目を通すと、もう一度宛名を見る。
「…本人が捕まらないからって、私に渡さなくても…」
セフィロス宛の書類を畳み、コウはやれやれと溜め息を吐き出した。
磨かれたフロアの床は、ブーツで歩けばコツコツと言う足音がよく響く。
迷い無く踏み出される足音は定期的に続き、やがて階段を上った。
そうして何十段か上った後、踊り場の向こうに鉄製の扉が見えてくる。
幾度と無く潜ったそれを開き、今日もまた青空の下へと躍り出た。
「セフィロス」
屋上とは言え、ここが最上階ではない。
神羅が管理する建物の一つの屋上に過ぎないのだ。
それでも、そこに出れば視界を遮るものは何もない。
澄んだ青空が、コウを見下ろしていた。
ポツリと一人佇む人物に向けて声を掛ける。
銀髪が時折吹く風に乗って踊るのが、酷く美しかった。
「仕事書類、届けに来たわ。また、携帯に出てくれないって泣きつかれたわよ」
「…そう言えば鳴っていたな」
少しの間を置いて返って来た言葉に、コウは溜め息を吐き出す。
セフィロスを探せ、と言われる社員が気の毒でならない。
そもそも、彼を自分達の作った囲いの中に押し留めようとする事自体が、愚かな事なのかもしれない。
彼は…誰かの囲いの中で大人しくしているような人ではない。
何と言えばよいのかは分からないが…そう遠くない未来に、何か大きな事を仕出かすような、そんな気がするのだ。
「次の任務はどこだ」
「ニブルヘイム。久しぶりにザックスも一緒みたいね」
あとは一般兵、と言う言葉は聞き流されただろう。
もしかすると、ザックスが一緒だと言う所も危ういかもしれない。
そうか、と短く答えた彼は、ミッドガルの向こうに広がる草原に目を向けた。
「………帰るか」
今日の仕事はすでに終わっている。
静かに一言そう言ったセフィロスに、コウも同意の頷きを返した。
適当に時間を潰し、夜も更けた。
そろそろ町が寝静まるという時間帯にさし掛かった所で、コウは思い出したようにセフィロスを見た。
「気をつけてね」
コウはそう言った。
その言葉に、セフィロスが振り向く。
「どうしたんだ?珍しいな」
「今回は、セフィロスの単独任務よ。私は一緒じゃないもの」
そう答える彼女に、彼は「初耳だ」とでも言いたげな表情を見せる。
それはそうだろう。
今初めて伝えたのだから。
「私は別の任務が入っているの」
「何だ?」
「副社長の護衛」
コウの言葉にセフィロスは少しだけ沈黙する。
何かを考えるように時間をとってから、彼は眉間に皺を刻みつつ改めて口を開いた。
「それはタークスの仕事だろう」
「んー…何でも、ウータイの残党が居るらしい町への視察なのよ。
ソルジャーの護衛が必要なくらいなら、時を見合わせればいいのにね。何を考えているんだか」
そう言って肩を竦めるコウ。
ウータイとの戦争は終結した。
とは言え、残党が各地に散り、水面下では攻防が続いている。
コウを使わなければならないほど危険であると判断するならば、見合わせるべきなのは当然だ。
「私の名前、「英雄」に次ぐほどに有名らしいから。それで敵を遠ざける狙いもあるみたいね」
「それなら、俺が行くべきだろう」
「…さぁ。でも会社の決定だから」
所詮は雇われの身だ。
いや、別に解雇されたところで痛くも痒くもないが…まぁ、仕事をしている以上会社の決定は絶対。
かなり融通を利かせてもらっているとは言え、文句ばかりでは渡っていけないのが世の中と言うもの。
コウの方はすでに諦めている―――と言うよりも、元々さほど反対ではないようだ。
だが、セフィロスの方は先程刻んだ眉間の皺が顕在している。
「久しぶりの単独行動ね。寂しい?」
彼の機嫌の悪さを理解しているコウは、声を明るくそう問いかける。
場の空気を変えようと言う思惑が含まれていた。
「それはコウの方だろう」
「そうね」
部屋のテーブルの上に放り出されたままの雑誌を片付けながら、コウはただ一言そう答える。
こう切り返されれば頬を染めるなりして否定するのが普通の反応にも思える。
しかしコウの場合は、こう言う反応だからこそ彼女、と思えてならない。
機嫌が悪かったのも忘れ、セフィロスは口元に笑みを浮かべた。
「カストルとポルックスはどうする?」
「いつもの所に頼んであるわ。明日の朝は、あの子達を『ちょこぼう』に預けてから出社」
「手回しが早いな」
「大事な子達だから」
一緒に行ければいいんだけどね、と彼女は呟く。
流石に副社長の護衛にチョコボ、と言うわけにはいくまい。
帰って来た時が大変だな、セフィロスは先日のことを思い出して苦く笑った。
先日一週間ほど仕事で留守をする時に『ちょこぼう』に預けた彼ら。
帰ってきて引き取りに行った時の興奮した2匹が大変だった。
上手く落ち着かせたコウはまだしも、まともにタックルを食らったセフィロス。
あと少しでチョコボに押し倒される所で、それ以来彼は2匹をあまり預けるのを良しとしない。
「私の任務の方が早く帰るから…迎えに行っておくわ」
「…助かる。金はどうした?」
「いつものように口座から落とすように言ってある。急に長引いても大丈夫よ」
口座が尽きるまでは面倒を見てくれるから。
ありえない事を告げる彼女に、彼はそうか、と返す。
待っているから。
その約束を載せた唇をセフィロスの頬へと押し当てた。
お返しとばかりに振ってくる優しいキス。
2人して縺れ合う様にしてベッドに倒れこみ、明け方近くまで熱を分かち合った。
この日常が崩れる事になるなんて、想像もしていなかったの。
彼だけはずっと傍に居てくれると―――変わらない未来を信じて疑わなかった。
あの時、神羅を敵に回してでも彼を止めていたならば…運命は、変わっていたのだろうか。
―――セフィロスが行方不明になった。生死もわからない。
あなたが居てくれれば、それ以上は何も望まない。
ただ一つの願いさえ、叶う事はなかった。
07.10.27