Azure memory
戦闘を終え、セフィロスは自身の得物を納めてからコウを振り向いた。
その動きの途中、あ、とコウの唇から零れ落ちたであろう声が彼の耳に届く。
「また増えた」
そう言ったコウの手元には彼女の武器である銃が握られている。
そして、もう片方の掌の上には、コロンとした丸くて青い玉―――マテリア。
この状況を見て、彼女の言葉の意味を理解できない筈がない。
「…また増えたのか」
「うん。全体化のマテリアって成長早いよね」
青色のそれは全体化のマテリアらしい。
流石に見ただけでそれを判断する事はできなかったらしく、セフィロスは「そうか」と短く答えた。
「よし。売りに行こう」
そう言って、コウは手に持っていたマテリアをセフィロスに持たせる。
それから、自分の銃に嵌っていたマスターレベルのそれを外し、彼のもう片方の手に乗せた。
すでに慣れているのか、セフィロスの方も要求されるがまま、自分の両手を提供している。
始めに彼に預けたマテリアを受け取って開いた穴に嵌め、漸くそれをホルダーに仕舞いこむ。
そして、彼に渡したもう片方のマテリアを受け取った。
「一番近い町ってどこだっけ?」
「…ミディールだが…本社に直帰すれば問題ないだろう」
「あぁ、それもそうね。うちに溜まってるのも全部売りたいし…」
指折り数を数える彼女を横目に、セフィロスは歩き出す。
それに吊られるようにして彼女もまた足を動かし始め、二人はいつものように並んで歩いた。
「折角マスターまでレベルを上げて、態々売る必要があるのか?」
「え?お金になるじゃない。全体化とか、いい値段で売れるのよ」
「1からマテリアを育て直す方が面倒だろう。…神羅からの給料でも足りないのか、お前は」
ソルジャークラス1stで、更にその頂点を極めた二人だ。
会社の中でもかなりの高額な給料が支払われている。
もちろん、それに見合う任務をこなしているのだが。
「どの道モンスターを片付けて育てられるんだから、マックスから動かないのを持ってるより育てる方が楽しいじゃない」
ケロッとした様子でそう答えるコウ。
しかし、それを言ってから何かを思い出し、そして納得したように「あぁ」と頷いた。
「セフィロスはそれが面倒だって言ってたわね、そう言えば」
「面倒だろう」
「んー…嗜好の相違かな」
育て上げるまでの過程が好きな者と、育てあがったものが好きな者。
要するに、そこに違いがあるだけのことだ。
まぁ、言ってしまえば個性と言う奴だろう。
「1度全体に魔法をかけた後で沈黙するマテリア…無駄が多い」
「まぁ、一理あるけれど。言わせて貰うと、全体に魔法をかけるなんて、まずありえないじゃない」
普通に、攻撃だけでモンスターを片付けてしまう二人だ。
攻撃の効かないモンスターならば魔法を使う事はあるが、そう言う場合は全体に向けた魔法がある。
つまり、敵に使う必要がない以上、使うと言えばこちら側と言うこと。
「回復なんてダメージを受けないから殆ど単体で十分だし。回数は必要ないわよ」
その点、お金はいくらあっても困らないし。
そう告げるコウに、彼は苦笑を返した。
確かにいくらあっても困る事はない。
だが―――
「使いきれるのか、あの貯金」
「…私一人には無理。でも、貧しい孤児院に寄付する予定だから」
「自分で稼いだ金を他人にやるのか…」
どこか呆れた風にそう告げる彼に、コウはクスリと笑う。
彼の反応は、割と一般的なものだろう。
家族や身内に与えるならまだしも、コウが述べているのは赤の他人ばかり。
彼女のようにあっさりとそう言う事のできる人間など、一握りだ。
「私達が平和にした世界を生きる子供達の成長のために使われるなら、それ以上に嬉しい事は無いわ」
未来が平和だったらいいね。
深い青空を仰いだ彼女が一番初めにそう言ったのは、いつの事だっただろう。
いつの間にか英雄と呼ばれる頂点を極め、惰性に近い状態で神羅に残る自分とは違う。
彼女は、確かな目的を持って、神羅に籍を置いていた。
だからこそ…神羅の裏を見たとき、ふと迷う瞬間もあるようだが。
「私は今があれば満足なの。これ以上に何も望まないわ」
そう言って、彼女はセフィロスの腕に自身のそれを絡めた。
彼女の言う「今」は、まさにこの瞬間の事。
「セフィロスが居て、その隣に私の居場所が在れば…他には何も要らない」
億万の富も、揺ぎ無い名声も、不動の地位も。
何も望まない。
ただ、今がこの命が尽きる時まで続くのならば…それ以上は何も要らない。
「育てる過程が好きなのは、自分の手が確かに何かを築いていく様を見るのが好きだからなの」
別に、自ら苦労を望んでそうしているわけではない。
「孤児院に寄付したいと思うのは―――育てられないから」
何がと言う説明は必要ない。
ソルジャーと言う危険な職に身を置く彼女は、女性としての当たり前な一生を捨てている。
自分の子供を育てるよりも、守る事を選んでしまったから。
いつ死ぬかもわからない身で、子供を育てるなど…無責任な事は、彼女には出来なかった。
「…コウ」
「ん?」
「…すまない」
「何を謝ってるのよ。言ってるでしょう?今があれば、他には何も要らないし望まないって」
馬鹿ねぇ、そう言って彼女は繋いだセフィロスの手の甲を抓る。
会社のみならず、数え切れないものが英雄と崇める彼に「馬鹿」と言えるのは、世界広しと言えど彼女くらいだ。
「セフィロスが居てくれるなら何も要らない!こんなこと、何回も言わせないでよ」
恥ずかしいなぁ。
そう言って頬を染める姿は、街中を歩いている女性と何も変わらない。
照れ隠しのつもりなのか、彼の腕に顔を半分ほど埋めてしまっている彼女。
そんな彼女の珍しい反応を見ながら、セフィロスはとある事を考えていた。
それから数日後、セフィロスはふらりと一人でどこかに出かけた。
日が暮れる前に帰る、と言っていたから、用事のあった彼女は素直に「行ってらっしゃい」と送り出す。
その約半日後。
夕暮れまで1時間ほどと言う時間になって、彼は漸く帰って来た。
腕に、やたらと毛艶の良い黄色いそれを抱えて。
お帰り、と迎え入れた彼女の腕にポスリとそれを預けると、彼はさっさと家の中に入ってしまう。
「………チョコボ?」
腕の中から見上げてくるそれは、確認するまでもないチョコボだ。
見た限り、まだ生まれてそんなに日は経っていないと思われる。
「ねぇ、この子…」
「拾った」
「拾ったって…」
嘘でしょう、と呟く。
多分、この仔チョコボは普通に野生に生息しているのと同じ種類ではない。
同じような黄色だが、若干色合いが違うのだ。
そう、いつかどこかで目にした…特別な種類のそれと、よく似ている。
「明日にはもう一匹増える。育てればヘリでは進めない場所で役に立つだろう」
「育てればって…誰が育てるの?」
「俺が育てると思うのか?」
そう問われれば、答えはNoだ。
彼が何かを育てる所など、想像できない。
と言うか、彼はこのチョコボが育ったら、ヘリでは進めない場所で乗るつもりなのだろうか。
その姿を想像すると、微笑ましさのあまり腹筋が変になりそうだ。
コウは見上げてくる純粋な双眸を見下ろす事で笑いの発作を押さえ込む。
「私が育てていいのね?」
「あぁ」
「じゃあ、庭に小屋を建てないと。特殊なチョコボは特に成長が早いって言うから、急いだ方がいいわね」
そう言いながら、コウはよろしくね、とチョコボの嘴を撫でる。
とりあえず今夜の寝床を用意しなければ…と思いながら、リビングを歩く。
その道中で、彼女は思い出したように彼を振り向いた。
「ありがとう、セフィロス」
それから、翌日の夕方には完成した小屋の中では、2匹のチョコボが寄り添う姿が見られるようになる。
すぐに大きくなったチョコボ達がコウを乗せるようになるのは、それからひと月後の事だ。
07.10.22