Azure memory

休憩室で寛いでいたコウの元に、今しがた部屋の中に入ってきたザックスがやってくる。

「なぁ、コウ。セフィロスは?」

どうやら、彼はコウの居る所にはセフィロスが居る。
もしくは、コウはセフィロスの居場所を知っている。
そういう風に認識しているようだ。
尤も、それが一概に外れているというわけではないのだけれど。

「聞きたいことがあるんだけどさ、居ないんだ」
「んー…暫くは無理だと思うわ」

コウにしては珍しく、濁した物言いだ。
ザックスは首を傾げてその理由を問う。
そんな彼に、コウは両手で何かを掬うような形にしてザックスの前に差し出した。
因みに、その掌は空ではない。

「…………………」
「…………………」
「………何これ」
「カエル」

実に単純明快な答えだ。
セフィロスに会うことが無理だと言うその理由を尋ねて、何故カエルを取り出してくるのかが分からない。
ゲコ、と独特の鳴き声を発するそれを見下ろし、ザックスは沈黙する。
彼の脳内は、今忙しく情報整理に追われているのだろう。
その忙しなさがありありと見て取れて、コウは心中で笑う。

「もしかして…」
「ん?」

漸く彼の脳内が一つの結論に達したようだ。
恐らく、コウの想像通りの答えだろう。

「セフィロス?」

彼の指先がコウの掌にちょこんと座るカエルを指す。

「セフィロス」

ただ一度、しかし深々とコウが頷いた。

「…………………」
「…………………」

再び微妙な沈黙が訪れる。
コウの答えはたった一言だったけれど、ザックスの問いを肯定するものだ。
どうせなら、否定してくれた方がまだ反応の仕方もあるというもの。

「………あー…えっと…通りで男前のカエルなわけだな!」
「…カエルに男前とかあるの?」

苦し紛れの一言は、コウの単調な声によってあっさりと流されてしまった。
沈黙を打開しようと頑張ったわけだが、相手もその方法も間違っていたのだろう。

「って言うか、セフィロスでもそんなドジするのか?」

その方が信じられない。
百歩譲ってこのカエルが彼だとすれば…セフィロスがモンスターの攻撃により、こうなっているという事。
もしくは、彼が油断するような相手に魔法をかけられたか、そのどちらかだろう。
そこまで考えた所で、後者の方が有力であることを思い出す。
そして、唯一それが可能であろう人物―――目の前のコウを見た。

「言っておくけど、私が魔法でどうにかしたわけじゃないから」
「………だよな」

何が哀しくて恋人をカエルにせねばならないのか。
確かに、理由が見当たらない。
喧嘩でもしているなら分からない事は無いけれど、それにしたって彼女はこんな性質の悪い事をしないだろう。

「あのさ、セフィロスに聞きたいことがあるんだ」
「うん。どうぞ?」

そう言って先程よりも更に高い位置―――ザックスの顔の高さへとカエルを運ぶ。
ぬるっとした皮膚で電灯を反射させつつ、彼を見つめるカエル。
何とも言えない表情でカエルを見つめるザックス。
再び、室内に微妙な沈黙が訪れる。
と、その時。
シュン、と休憩室のドアが開いた。
沈黙から逃れるためだろうか、ザックスは即座にそちらに視線を向ける。
対して、コウは別段慌てた様子も無くゆっくりと持ち上げていた腕を下ろした。
それから急ぐでもなくザックスの方を見れば、彼はドアの方を向いたまま固まってしまっている。
そんな彼に、コウは今一度クスリと笑った。

「え?セフィロスが二人?」

そう呟くと同時に、彼はコウの掌に居るカエルと、今しがた部屋の中に入ってきた人物とを交互に見る。
首を傷めるのでは、と思うほどに何度も。
ドアのところで怪訝そうな表情のままザックスを見つめ返す人物は、先程話題に出ていたセフィロスその人だった。

「コウ。買ってきたぞ」
「ありがとう。よかったわね、これで戻れるわよ」

コウは掌から膝へと移動させていたカエルを見下ろして、そう微笑みかける。
セフィロスはスタスタと部屋を横切りザックスの隣を通り抜け、彼女の元まで辿り着く。
足を止めるや否や、彼はカエルの首根っこを掴んでポイッと床に放り投げた。
猫のように華麗に着地する事もできず、カエルはグエ、と腹から床に落ちる。

「セフィロス…」

呆れた風に溜め息交じりのコウの声。
恐らく、自分が膝に乗せていたことが原因なのだろうけれど…その程度、許してやってもいいような気がする。
カエルに変えられてしまった哀れな人なのだから。

「ちょ、ちょっと!どっちが本物!?」
「どっちって…こっちに決まってるでしょう?」

金縛りから回復したらしいザックスがコウへと詰め寄るが、彼女は飄々としている。
こっち、と言って彼女が指したのはもちろん先程部屋に入ってきたセフィロスの方だ。
彼はと言えば床に潰れたカエルの脇へと立ち、紙袋をひっくり返している。
先程買ってきた、と言っていたのはどうやら万能薬らしい。
それを見たコウは「残念」と少しだけ口を尖らせた。
セフィロスが『乙女のキッス』を買ってくるところを想像してみると、少し…いや、結構笑える。
それを現実のものにしてもらおうと思ったのだが…よく考えれば、高くともプライドを優先するに決まっている。
安い『乙女のキッス』ではなく、高価な『万能薬』を購入してきたのだろう。
ボフン、と音がしてカエルが煙の中に包まれ、それが晴れた時には顔に覚えのないソルジャーが居た。
服装から察するに、クラス3rdのソルジャーだ。

「た、大変ご迷惑をお掛けしました!失礼します!!」

ビシッと敬礼して、それから直角に腰を折って…半ば転がるようにして休憩室を出て行く。
どうやら、ザックスがセフィロスだと思っていたカエルは、顔も知らないソルジャーだったらしい。

「何をして居たんだ?」
「ん?ザックスで遊んでいたの」

それなりに楽しめたわ、と笑う彼女。
要するに、そういう事だ。

「騙された!!変だと思ったんだよ!セフィロスがカエルにされるなんてさー!」

頭を抱えてしゃがみ込むザックスに、コウはいよいよ笑いを堪えられなくなった。
声を上げて笑う彼女を見て、セフィロスは軽く眉を寄せる。
よく分からないが、妙な想像をされていた事だけは分かった。

「セフィロスも私もリボン常備だから、ステータス異常なんてここ数年お目にかかってないわよ」

だから万能薬も乙女のキッスも切らしていたのよね。
ザックスは己の認識不足に溜め息を吐いた。

「本気にするとは思わなかったけれど…ありがとう。暇つぶしに付き合ってくれて。有意義な時間を過ごせたわ」

目じりに溜まった涙を指先で拭ってから、コウはソファーから立ち上がる。
脱力しているザックスの肩を叩き、そのままドアの方へと向かう。

「あぁ、セフィロス。ザックスが聞きたいことがあるらしいから、ちゃんと聞いてあげてね。報告はしておくから」

そう言い残すと、コウの接近に合わせてシュンと開いたドアを潜り抜ける。
再びドアが閉じれば、そこには微妙な空気を纏わせた男二人が残された。

「…遊ばれたのか」
「…………………」

同情交じりの眼差しに見下ろされ、ザックスは今一度大きな溜め息を吐き出した。

07.10.17