Azure memory

ピリリ、とベッドの上に転がっていた携帯が着信を知らせる。
音はシーツにいくらか飲み込まれているのか、さほど大きくは無くくぐもっている。
うつ伏せの状態でベッドに置いた雑誌を読んでいたコウは、鳴り続ける携帯を見つめた。

「セフィロスー。電話鳴ってるー」

間延びした声でそう声を掛けてみるが、聞こえないだろうと言う前提の下だ。
十数分前の自分と同じように温かいシャワーに打たれているであろう彼の耳には届かない。
返事の代わりに途絶える事なく聞こえてくる水音が、それを証明していた。

「間が悪いなぁ、まったく…」

そう呟きつつ、彼の携帯を持ち上げてパカリと開く。
未だ鳴り続けている事実を見れば、相手は何が何でも話をしたいのだろう。
ディスプレイに表示されているのは予想通りの番号だ。
因みに、電話帳に登録されていないのか、表示名は無い。
あまり細かい事に拘らないセフィロスの事だ。
まぁ、番号さえ覚えていて、ちゃんと出るならば問題はない。

「はい」
『…セフィロスではないな。コウかい?』
「ええ」

コウが短く答えれば、相手の答えも「そうか」と短く返って来る。
この反応を見ても分かるが、相手はコウが彼の携帯に出る事に慣れている。
セフィロスの手が離せない時に電話を掛けてくる方が悪いのか、本人ではないのに通話に応じる方が悪いのか。
尤も、火急の報せの際には後者の対応がとてもありがたい。
何しろ、セフィロスは着信記録が残っていてもそれを無視する事がある。
本人ではないとは言え、ちゃんと伝えてくれる彼女が応じるだけマシだろう。

『新しい任務の知らせだ。明日は本社に顔を出さず、直接現地に向かって欲しい』
「はい。私が聞いていい内容なら、伝えます」
『では、伝言を頼もう。と言っても、いつも通り君達への任務だがね』

それならば自分の携帯に掛けて来ればいいのに。
少なくとも、自分ならばセフィロスのように着信記録を放置したりはしないのだから。
そう思うけれど、それを伝えようとは思わない。

「場所、開始時刻、現地までの交通手段の順にお願いします」
『ゴンガガの魔晄炉だ。開始は現地到着予定の正午だ。現地まではヘリを用意してある。第二ヘリポートから出発してくれ』
「…了解。内容は?」
『魔晄炉の調子がおかしい。調査してくれ』
「………タークス向きの仕事ですね。魔晄炉からモンスターでも逃げ出しましたか?」

調査だけならば、何もソルジャーを派遣する必要は無い。
しかも、その中でもトップクラスの二人だ。
長い沈黙を考えれば、コウの考えが正しい事は明白。

『すでに被害が出ている。幸い、今のところは森に立ち寄った旅人だけのようだが…』
「被害が出る前に殲滅、と言うことですね」
『頼むよ』

それから2、3言話し、コウは通話を切った。
ふぅ、と溜め息を吐き出してみても、その心は晴れない。
何だか靄が掛かったような、気持ち悪い心境だ。

「…何があった?」

不意に、聞こえてきた声にハッと我に返る。
振り向かなくても目に入る位置に来ていたらしいセフィロスがそこに居た。
不思議そう、と言うよりは不機嫌にやや眉間に皺を寄せたままの彼。
彼女に何かあったのは、彼の中では確固たる事実として捉えられているようだ。

「何も。明日、新しい任務が入ったわ」
「そんな事は後でいい」

彼はコウの手の中にある自分の携帯をチラリと一瞥してからそう言った。
任務を「そんな事」と言い、後に回してまで様子がおかしい原因を促す。
あぁ、愛されているなぁと感じてしまうのは、無理な話じゃないだろう。

「何でもないのよ?嫌な任務だと思って」
「…相手は人間か?」
「いいえ、モンスター」

コウが嫌がるのだから、人間相手の仕事なのかもしれない。
そう判断した彼の問いは、コウの返事によって間違っていたのだと気付かされる。
モンスターが相手ならば、いつもと何も変わらない任務だ。

「モンスターでも、生きているんだと思うと…殲滅は少し…嫌な任務だと思って、ね」

例えばよく躾けられたチョコボも、元を辿れば同じモンスター。
人を傷つけるが故に奪わねばならない命も、同じではないのだろうか。

「…嫌ならやめればいい」

そうすれば、そんな思いをしなくても済む。
いつの間にかすぐ前まで歩いてきていたらしい彼が、コウの手を取った。
シャワーの熱が移っているらしく、いつもは冷たく感じる彼の手はあたたかい。
逆に、コウの手の方が冷え切ってしまっているようだった。

「それも嫌だなぁ。セフィロスに放っていかれる」
「…ソルジャーを辞めても放っていくつもりはないが?」
「任務の時は置いていくんでしょう?」

会社を辞めればコウは元ソルジャーと言う肩書きを持つ一般人だ。
任務に彼女を連れて行くことなど出来る筈もない。
いや、セフィロスが連れて行くといえばそれは実現するだろうが、それでは本末転倒だ。

「一緒に行くと決めたの。………ごめんね。決めたなら、こんな事で悩むな、って話よね」

そう言ってから、もう一度「ごめん」と笑う。
そんな彼女に、今度はセフィロスの方がため息を吐き出す。

「謝るな」
「…うん。ごめ…じゃなくて」
「愚痴くらいは聞く。その程度、今更気にするような付き合いでもないだろう」
「それは…そうね」

もう何年目の付き合いになるだろうか。
すでに数えるのも面倒になるくらいに長い時間を、彼と共に歩んできた。
今更…確かに、今更だろう。
そう考えていると、自分が悩んでいた事もちっぽけなものに思えてきた。
クスクスと笑い出した彼女に、もう大丈夫だと判断する。
彼女がこうして気を落とす回数は少なくは無く、一般女性並みと言える。
けれど、回復は早い。
その理由は彼の存在があるからに他ならないのだが、彼自身は知らぬことだ。







「ね、セフィロス。ゴンガガって言えば、ザックスの故郷よね」
「そうなのか?」
「知らなかったの?この間ファンクラブのメールで流れてきていたわ」

コウの言葉に携帯を弄っていたセフィロスの手が止まる。
それから、ゆっくりと時間をかけたりせず、機敏な動きで彼女の方を向いた。

「ファンクラブ?」
「ええ。正確に言うと、自称ファンの集まり、だけど」

まだ正式に出来ているわけじゃないから、などと色々説明しているが、その辺りは右から左に聞き流す。
正式であろうが自称であろうが、彼にはどうでもいい。

「ザックスのファンだったのか」

知らなかったな。
そう呟き、ふいと視線を逸らす。
そんな彼の行動に、コウは軽く目を見開いてからクスクスと笑った。

「前に助けた女の子にね。名前を貸して欲しいと頼まれたのよ。ほら、私って有名だから」

女のソルジャーと言うのは、多くは無い。
そんな彼女が入っていると言えば、当然のことながら注目される。
要するに、コウのネームバリューを利用した作戦、と言う事なのだ。

「因みにセフィロスのファンクラブでは会員No.0」
「…ゼロ?」
「1はファンクラブを作った子が持ってるわ。それ以上に優遇されるのがゼロなんですって」

別に優遇してもらう必要はないけど、と呟く彼女。
セフィロスは呆れた風に溜め息を吐き出した。
コウが優遇してもらう必要が無い事など、当たり前だ。
誰よりも近い位置に居るなら、ファンクラブに入って優遇される必要がどこにある。
彼は、馬鹿馬鹿しい、とばかりに少し乱暴にベッドに腰掛ける。

「…寝る」
「はいはい。雑誌を片付けるから、少しだけ待って」

そう言って彼のすぐ脇で開かれたままになっていたそれを腕に取る。
それから、ベッドを離れる前に寝転がっている彼の頬にキスを落として、雑誌をテーブルの方へと運んだ。

「セフィロス関連のファンクラブって一つじゃないんだけどな…」

呟いた言葉は、あまりにも小さすぎて彼女自身にしか聞こえなかったようだ。
コウはチラリと彼の方を見てから、もう暫くは黙っておこうと心中でクスリと笑う。
知った時の反応が面白そうだ。

願わくは、彼がそれを知る現場に自分が居合わせることを。

07.10.15