Azure memory

本社から出てきて、8番街を抜けようとしていたコウは、前方に二つの人影を見た。
まだ草木も眠る時間帯には随分と早く、人の通りが少なすぎるわけではない。
けれど、そんな中で通り過ぎる人影が視界にとまったのは、その一つが見知った者だったから。

子犬のザックス―――アンジールからそう聞かされていた彼と顔を合わせたのは、数ヶ月前の事。

あぁ、確かに。
そう思ってしまうほどに落ち着きがなく、少年のように元気な彼。
前に見えた人影の一つは、そんな彼のものだった。

「…隣を歩いているのは…友人、かな」

知り合い、と見るには随分と楽しそうだ。
別に声を掛けるほどの関係でもない、そう思ったコウは、そのまま8番街を通り過ぎようとした。

「あ、コウ!!」

どうやら向こうにとっては声を掛けるほどの関係だったらしい。
目があった、と思った時には、すでに彼の腕がぶんぶんと振られていた。
心中で苦笑を浮かべつつ、コウは彼の元へと歩いていく。

「相変わらず元気そうね、ザックス」
「おう!元気は俺の取得だからな」
「それもそうね。ザックスから元気を取ったら…何が残るかしら」

酷い!などと言う声が返って来る。
打てば響く反応に、コウは貴重な人材だな、と思いつつ笑い声を上げた。
一頻り彼で楽しんだ後、彼女は彼の隣の人物へと目を向ける。
先程から穴が開きそうなほどに自分を見つめていた視線は、彼のものだ。
視線が絡んだ途端、彼はバッとそれを逸らしてしまう。

「ザックス。彼は?」
「あぁ、ごめん。ソルジャー志望のクラウド!クラウドはコウの事は…」
「し、知ってる!」

焦ったように、と言うよりは勢い余ったと言う感じのクラウド。
だよな、と笑い、ザックスはコウの方を向いた。
彼女はにこりと人の良い笑みを浮かべて手を差し出す。

「知っているみたいだけど…コウよ。ソルジャー・クラス1st」

よろしくね、と紡げば、控えめに手を差し出された。
軽い握手を交わしていると、ザックスが思い出したように声を上げる。

「そういや、セフィロスは?」
「今は一緒じゃないわ」
「何だ。一緒だったらクラウドに紹介してやれたのに」
「ザックス、俺は別に…」

なるほど、彼は『英雄』に憧れているらしい。
ソルジャーを目指す者でセフィロスに憧れない者は少ない。
英雄、と謳われる彼には、それだけの活躍と実力があるからだ。

「セフィロスならもうすぐ来るけど…会う?」

そう言って、今は彼の姿は見当たらない路地を指して問う。
クラウドはブンブンと勢いよく首を振ってそれを否定した。

「セフィロスも来るのか?」
「ええ。今からデートなの」

そう言って笑えば、片方は軽く頬を染め、もう片方は口笛を吹く。
どちらがどちら、と説明する必要は無いだろう。

「って言うのは冗談で…」
「冗談かよ」
「彼がね、刀を研ぎに行くって言うから。ついでに消耗品も揃えておこうと思って、武器屋に行く約束なの」

色気も何もないでしょう?と悪戯に笑う。
そんな彼女に、確かに、と思ったのはザックスだけではなかった。
仮に恋人が居たとして、一緒に出かける先が武器屋ではムードも何も無い。
それが初デートだったりすれば、容赦なく平手を食らうのではないだろうか。
少なくとも、コウのようにその方面にかなり理解力のある恋人でなければ。

「まぁ、私はセフィロスが一緒ならどこでもいいんだけどね」
「…惚気」
「いつも面倒をかけてもらってるんだから、惚気話くらいは聞いてもらわないと。割に合わないわ」

そう言われれば、ザックスとしてはやめてくれとは言えない。
面倒をかけている自覚はあるのだ。
グ、と言葉を詰まらせた彼に、コウはクスクスと笑った。

「それにしても、ザックスがソルジャー以外の人と一緒の所を見るのは何だか新鮮ね。付き合いは長いの?」
「いや、まだ一ヶ月くらい、です」

話題を振れば、クラウドは詰まらせながらもそう答えてくれた。
敬語を使うのは、地位上の問題なのだろう。
しかし、そんな彼にコウは緩く首を振った。

「今は仕事中じゃないから、敬語は必要ないわよ」
「や、でも…」
「まぁ、慣れないって言うなら止めないけれどね。緊張するのだけはやめて欲しいかな」

取って食べたりしないから。
そう言って笑う彼女の表情はあたたかい。
陽だまりのような優しさに触れ、クラウドの緊張は徐々に解れてきた。
そんな彼の反応を見て、ザックスは嬉しそうに微笑む。
セフィロスやコウに憧れていると言っていた。
ソルジャーは彼らだけではないけれど、それでもそれを目指す者には彼らの存在は大きい。
子供のように目を輝かせていたクラウドに、今度二人を紹介してやろう、と思ったのはつい先程だ。
まさか、こんなにも早くそれが叶うとは思わなかった。

「あ、そう言えば…二人は出かけるところだったのよね。ごめんなさい、邪魔してしまって」
「それは大丈夫。まだ店は開いてるし」
「そう言ってもらえてよかったわ。私も有効的に時間が潰せたし」

そう言った彼女の視線の先には、今まさに路地から出てきた人物が映っている。
遠目でもはっきりと確認できる銀髪が、その動きに合わせて優雅に揺れた。
じゃあね、と言い残すと、彼女は後腐れも何もなく彼の元へと駆けて行く。

「いい奴だろ、コウ。あれですっげー強いんだぜ」
「…ああ。ありがとう、ザックス。目標がはっきりした」
「良かったな!よし、じゃあ俺らも行くとするかー」

んーと伸びをして歩き出すザックスを追うクラウド。
もう一度振り向いた時には、すでに二人の姿はどこにも見当たらなかった。











「さっきのはザックスか?」
「そう。もう一人はザックスの友人。時間まで話に付き合ってもらっちゃったわ」
「待たせてすまなかったな」
「気にしないで。待つ時間って言うのは、楽しいものだから」

時間に適当な男ならば、心配や焦りなどからとても楽しいとは思えないのかもしれない。
けれど、彼はちゃんと時間通りには来てくれる。
それが分かっているからこそ、待つ時間を楽しいと思えるのだ。

「一体どれくらいの人があなたに憧れているのかしらね」

ふと、コウは隣を歩くセフィロスを見ずにそう言った。
彼は彼女に視線を向けてから、また前方へとそれを戻し、そして「さぁな」と答える。

「英雄―――所詮はマスコミが作り上げた偶像だ」
「見合うだけの働きはあったでしょう?」
「それはコウも同じだろう。他のソルジャーとて、大なり小なり何か役割があった」
「そうね。でも、あなたが今までこの手で守り、時に奪い…変化をもたらしてきた事に、変わりは無い」

コウは動きに合わせて揺れていたセフィロスの手を取った。
いつの間にか、二人の足はその歩みを止めている。

「英雄は、今まであなたが歩いてきた軌跡を認める言葉。それ以上でも、以下でもないのよ」

孤高へと連れ去る為のものでも、孤独へと追い詰める為のものでもない。
コウは、英雄と言う言葉と共に降り注ぐモノの重さを知っている。
誰よりも近い位置でそれを見てきたから。

「独りじゃない。そうでしょう?」

彼の手を強く握り締める。
分け合う体温が心地よく心に染み込んだ。
セフィロスは静かに口元を持ち上げて微笑む。
そんな彼を見て、コウもまた嬉しそうに微笑んだ。
そして、手を解かずにより彼に近いところへと寄り添う。
腕に絡まりつくように甘えるコウを振りほどく事もなく、ゆっくりと歩き出す。

「ね、武器屋が済んだらどこか美味しい店に食べに行きましょうか」
「あぁ、それもいいな」
「…あ、でも…今の時間だと、他のソルジャーと鉢合わせるかな…」
「………それは面倒だ」
「じゃあ、買い物をして帰りましょう。時間も早いし、私が作るわ。一流シェフには負けるけれど」
「そうだな。久しぶりにゆっくり寛ぐのも悪くない」
「そうと決まれば、急ぎましょ。刀を研ぐのは早く終わらせてね」
「…無茶を言うな」
「モンスター以外を切るのは久しぶりねー」
「…コウ」
「そんな悲壮な声を出さなくてもちゃんと真面目に作るわよ」

07.10.10