Azure memory

「なぁ、アンジール」

隣でバスターソードの手入れをしているアンジールに向けて、ザックスが声を掛けた。
彼の方はすでに作業を終えたらしく、手持ち無沙汰に指を遊ばせている。
恐らく、アンジールほど丁寧な手入れはしていないのだろう。

「コウとセフィロスってさ、いつから付き合ってんの?」
「気になるのか?」
「ちょっとだけな」

これくらい、と彼が示した親指と人差し指の間は2センチほど。
その程度の興味とは思えないが、そんな事はこの際どうでもいい。
アンジールは少しだけ悩むように作業を止めた。

「…俺が二人と初めて顔を合わせた時にはすでに組んでいるようだったな。恐らく、それよりも前だろう」
「そんなに長いんだな、あの二人」

そんな言葉に続けるようにして「意外だー」と言ったザックス。
それに反応して、アンジールが彼の方を向いた。

「セフィロスってさ、何かこう…見た目通りに冷たそうって言うか。コウはよく耐えられるよな」
「何だ、ザックス。二人を気にしているかと思えば…狙いはコウか」
「ち、違うって!そりゃ、コウは美人だし強いし…人気だけど、狙ってるとかじゃないって!」

からかうようなアンジールの言葉に、そうとわかっていながらも慌ててしまう。
勢いよく首を振る彼に、アンジールは笑った。

「そうだな。それが懸命だ。セフィロスは怒らせるなよ」

そう言って彼はまた作業を再開させる。
ザックスはそれを眺めていたかと思えば、キョロキョロと周囲を見回した。
近くに誰の目も耳もないことを確認すると、小さく問いかける。

「…セフィロスって怒るの?」
「あぁ、怒る」

最後の仕上げ、とばかりに布で油をふき取り、バスターソードを持ち上げる。
右から、左からとそれを眺め、クルリと回してからベンチの横に立てかけた。

「いつだったか…コウに手を出そうとしたソルジャーが居た。クラスは…2ndだったか」
「うわ、勇気あるなぁ、そいつ」
「当然ながら彼女自身にも返り討ちにあったわけだが…そこで終わりじゃなかった」

その時を思い出すように、彼はふっと笑みを浮かべる。
彼の様子は、まるで物語でも話しているかのようだった。

「全治6ヶ月」
「…は?」

突然何を?と首を捻るザックスに、アンジールは続けた。

「偶然ソルジャー同士のシミュレーショントレーニングが行なわれる月だった。
で、そいつは運の悪い事にセフィロスが相手だった」

つまり、セフィロスが相手だったために、全治6ヶ月の怪我を負ったと言う事か。
一瞬の気の迷いで、半年と言う時間を溝に捨てるという結果。

「トレーニングの相手は機械で適当に選ばれる事になっている。が―――ザックスはどう思う?」

本当に運が悪かったのか、それとも。
言葉をなくしたザックスに、彼は軽く笑いながら口を開いた。

「それ以来ソルジャーの間では影で噂されるようになったな。『平和に過ごしたければコウには手を出すな』」
「あ、それ俺も聞いた」

誰から聞いたのかは覚えていないけれど、確かに耳にした事がある。
ソルジャーだけに語り継がれている噂なのだろうか。

「コウやセフィロスに憧れてソルジャーを目指してくる連中も少なくはないからな。
憧れから成長させないように、後輩に忠告してやるようになったんだろう」
「…何か、予想以上だな」
「セフィロスは影で始末してしまわない。いつでも正面から潰す―――まったく、正々堂々とした奴だ」
「いや、それ褒める所じゃない。絶対違う」
「そう言えば、ジェネシスも危うい事があったな」

話しているうちに思い出したのか、アンジールは唐突にジェネシスの名を出した。
紡がれた名前に、ザックスは驚きを隠せない。

「ジェネシスまで!?」
「あいつは綺麗なものが好みだからな」
「あー…何か、納得できるけど…。で、どうなったの?」
「結果は―――」
「あ、ザックスとアンジール発見」

不意に、アンジールの言葉を遮るようにして女性の声が掛かる。
角を曲がってきたばかりの彼女は、二人を見つけると笑顔でそちらへと歩いていく。
今の今まで話題になっていたコウの登場に、ザックスの心臓は逸る。
しかし、彼とは対照的に、アンジールは至って平然としていた。

「珍しい組み合わせ―――でもないか。久しぶり。最近顔を合わせてなかったね。1ヶ月ぶりくらい?」
「あぁ、そうだな。北の魔晄炉の調査は終わったのか?」
「ええ。さっき帰って来たの。蓋を開けてみれば、モンスターの巣作りが原因だっただけよ」
「よくあることだな。セフィロスはどうした?一緒じゃないのか?」

そんなアンジールの問いかけに、コウは苦笑を浮かべて肩を竦めた。
それから、クイッと後ろの方を親指で指す。

「トレーニングルーム。ジェネシスと一緒よ」
「…またか」
「ええ、また。あの二人も飽きないわねー。お蔭で報告書を一人で作るはめになったわ」

まったく…と言いつつも、その表情は穏やかだ。
トレーニングとは言え、二人が一緒に過ごす事を悪い事ではないと思っているのだろう。
ふふ、と笑ってから、コウは思い出したようにザックスの方を向いた。

「今日はいつになく静かね」
「そ、そう?」
「いつもは落ち着きがないから。何か変なものでも食べた?」
「そんな訳ないだろ!俺だって静かな時くらい…!」

ザックスの言葉が最後まで紡がれるのが早かったか、その音が早かったか。
ガシャーン、と言うフロアを揺るがすような破壊音に、コウは深々と溜め息を吐き出す。
訳がわからずに視線を彷徨わせれば、彼女と同じような反応のアンジールが視界に入った。
どうやら、二人は音の原因が分かっているらしい。

「また修理費が給料から引かれるのかしら…」

軽く額を押さえる彼女に、ご愁傷様、と言わんばかりの目を向けるアンジール。
とりあえず、何かが壊れ、それの修理費が彼女の給料から差し引かれるのだと言う事は分かった。

「セフィロスが来たらブリーディングルームに居るって伝えてくれる?」
「伝えておく」
「ついでに一発殴っておいて」
「…悪いが、そっちは遠慮しておく」

アンジールの返答に、コウはクスリと笑って「当然ね」と呟く。
そして、一つ目の伝言だけを改めて頼み、クルリと踵を返した。
去っていく背中を見送りながら、ザックスはふと思い出す。

「社内恋愛って、同部署なら異動じゃなかったっけ?」

そう言って、首を傾げてみせる。
確か、そう聞いた筈だが…と思う彼を横目に、アンジールが鼻で笑った。

「どっちをどの部署に移すんだ?」
「んん?うーん…」

悩んでみたが、答えは出そうにない。
恐らく、コウならばタークス辺りでも上手くやっていけると思うのだが…。
あくまで『思う』だけであり、彼女にあっているかと問われれば頷きかねる所だ。
暫く悩んでみて、漸く結論に達した。
どちらを異動させる事も不可能だと言う結論に。

「どっちを異動させても会社にとっては損にしかならない。
それなら、あらゆる点に於いて相性の良さを見せる二人を組ませて任務につけた方が有益だろう」

再び何かが壊れる音がした。
今度は軽い爆発音まで響いてくる。
ふとトレーニングルームの方へと目を向ければ、黒い煙が細く吐き出されているではないか。
あぁ、また何か壊れたんだろうな。
暫くはトレーニングルームが使えないな。
あくまで他人事のような考えがザックスの脳裏を過ぎる。

「結局、ジェネシスとセフィロスならどっちが勝つわけ?」
「当然セフィロスだ。自他共に認める最強のソルジャーだからな」

彼がそう答えるのと丁度同じ頃、煙の向こうに銀色が見えた。
無傷でこちらに歩いてくる彼は、二人の姿を捉えてからすぐに何かを探すように周囲を見回す。
それに気付いたアンジールが笑いを堪えるようにしながらブリーディングルームの方を指した。

「コウならブリーディングルームだ」
「そうか」

それを聞くなりさっさとその方向へと歩き出す彼。
実に淡白な反応だ。
あまりにも彼らしすぎて、それを咎める気さえ起こらない。

「冷た…くはないか…」

何となく、認識を改めなければならないらしい事は分かった。
騒がしくなってきたトレーニングルームの方を眺めながら、ザックスは短く溜め息を吐き出す。

07.10.04