Azure memory
戦闘経験が豊富な者ほど、常に万全の状態を保とうとするものだ。
いつ何時、予想外の展開が起こるかはわからないからである。
もちろん、ソルジャークラス1stとして長いコウもまた、それに該当する。
まずモンスターの攻撃を食らう方が珍しいのだが、食らってしまえば小さな傷でも魔法で癒していた。
珍しくもセフィロスだけでなく、ザックスも一緒の任務。
初めてと言うわけではないけれど、大抵の任務はコウとセフィロスだけで事足りる。
それ故に、彼らが他のソルジャーと共に任務につくのは、数ヶ月に一度の事でしかないのだ。
「なぁ、コウ」
戦闘が終わり神羅から支給される剣を背負ったザックスが、コウに向けて声を上げた。
コウの出る幕ではなかったらしく、彼女は武器を手に取っていない。
モンスターが落としたらしいマテリアを拾い上げ、彼女は彼の方を向いた。
「何?」
そう答えつつ、彼の腕に手を翳す。
ケアル、と小さく唱えるのと同時に、掌より発せられた緑色の優しい光が傷口を癒した。
「コウっていつも魔法を使うよな。何で?」
「放っておいて化膿したいなら放っておくけど」
「いや、違うって!治してくれるのは感謝してる!」
彼女に比べれば、ザックスはまだまだ新米だ。
彼女が治療してくれるからこそ安心して戦えるのだから、それをやめられては困る。
しかし、彼が言いたいのはそんな事ではない。
「そうじゃなくてさ」
「じゃあ、何……と言いたい所だけど、放っていかれるわ。話があるなら、歩きながら」
そう言うと彼女はさっさと歩き出して、随分と前を行くセフィロスを追う。
結構な山道なのだが、彼女はまるで平地でも歩くかのように軽やかな足取りを見せている。
過酷な登山を始めてすでに4時間と少し。
体力には自信のあるザックスですら額に汗を浮かべていると言うのに、彼らは至って普通だ。
「流石はベテランソルジャー…。一味違うぜ」
彼らと一緒に組まされた任務を甘く見ていた。
よく考えれば、あの二人に割り振られる任務と言えば、Sランクのものばかりじゃないか。
今更にその事を思い出したザックスは、軽く口元を引きつらせる。
通りでただエンカウントしただけのモンスターが強いわけだ。
グッと頬に流れた汗を拭い、彼はパンッと頬を叩く。
「負けてられねぇ!」
改めて自身を奮い立たせ、強く地面を蹴った。
「あ」
「どうした?」
不意にコウが声を漏らす。
少しだけ前を歩いていたセフィロスが彼女の声に反応して振り向いた。
だが、彼の視界に映った彼女もまた、後ろを振り向いて足を止めている。
「ザックスが居ない」
その言葉を聞いて、セフィロスは彼女の後ろが見えるように少し横に動いてみる。
確かに、あの黒髪をツンツンと立てた元気のよい彼の姿が見当たらない。
「…逸れたのか?」
「らしいわね」
「…一本道だったと思うが」
「んー…それもそうね。じゃあ、モンスターに足止めされてるのかしら」
仲間が一人行方不明だというのに、実に落ち着いた会話だ。
コウに至っては、探しに行くべきかしら、と悩み出す始末。
「放っておけ。魔晄炉で待っていれば追い付いて来るだろう」
行くぞ、と声を掛けられ、コウは後ろ髪を引かれつつも彼に従う。
そうして三歩ほど踏み出したところで、獣の咆哮を聞いた。
「………ベヒーモス?」
覚えのある声に、コウがそう呟く。
この山にはベヒーモスは生息していないと報告を受けているのだが…。
どこからか流れてきてしまったのだろうか。
そんな風に考えていた所で、コウの脳内に嫌な予感が。
「…まさか、ベヒーモスに足止めされていたり…しないわよね」
「あれは足止めされるような強さではないだろう」
「でも、ザックスだし」
「…………………」
「…………戻る?」
全てを悟ったコウの問いかけに、セフィロスは長い溜め息を吐き出した。
「何か俺…やばいかも」
毛並みでその隆々とした筋肉を覆い隠し、口元からは鋭い牙をチラつかせるモンスター。
何度かトレーニングルームでお目にかかったことがある。
しかしながら、それとは話にならないぐらいに動きが機敏で、何より攻撃力が高い。
恐らくシミュレーションで設定されていたレベルの倍はあるだろう。
そんな事を考えながら、ザックスは剣を構えた。
いつの間にか彼らの姿が見えなくなったかと思ったら、突然脇からベヒーモスが飛び出してきたのだ。
まさかこんな所でこいつに出くわすとは思わなかった。
戦闘が始まる前は、とりあえず倒せるだろうと踏んでいたのだが―――始まってみて、その考えが間違っていたと悟る。
冷や汗を流しつつ、彼はギュッと剣の柄を握った。
と、同時に赤い弾道が脇を通り抜けていく。
それは真っ直ぐにベヒーモスの元へと向かい、その太い足の一つを撃ち抜いた。
「苦労してるわね」
「コウ!」
助かった!と喜びの声を上げる彼に、コウは柔らかく微笑んだ。
どうやら、助けに来て正解だったらしい。
気を抜いた瞬間に繰り出された尾による攻撃を危うく避けるザックス。
そのままバランスを崩し、地面に尻餅をつく形になってしまった。
「あらら。だから回復は小まめにしないと」
「ガードで手一杯!」
「…そのようね。回復してあげるから、動かな―――」
「コウ!」
後ろから聞こえてきた声に、コウは咄嗟にベヒーモスの方を見る。
遠心力を味方につけた攻撃が繰り出されているのを見て、地面を蹴ろうと足に力をこめる。
が、そこで自分の後ろに居るザックスの存在を思い出した。
避ければ彼に当たる―――そう判断するなり、コウは逃げるのをやめて腰に挿した剣を抜き、構える。
太い尾が長い刀によって切り落とされるのと、それが彼女にぶつかるのはほぼ同時だった。
まるで木の葉のように吹き飛ばされたコウは、傍にあった木に背中を強か打ちつける。
ガシャン、と剣が足元に落ちた。
「コウ!?」
疲労感も忘れて立ち上がり、彼女の元へと駆け寄るザックス。
先ほどの攻撃は彼女だけであったならば難なく避けられたものだと、彼はわかっている。
自分が足を引っ張ってしまった事実に、彼は唇を噛んだ。
「待ってろよ!すぐにポーションで…!」
「やめておけ」
荷物の中から神羅製のポーションを取り出したザックス。
しかし、そんな彼を止めたのは、今しがたベヒーモスを片付けてきたばかりのセフィロスだ。
「回復しないと駄目だろ!」
「この程度の攻撃は問題ない。…………やめろと言っているのに…」
セフィロスの制止も聞かず、彼はコウの唇にそれを押し当て、中身を流し込んでしまう。
やれやれ、と額に手をやるセフィロスの姿は、彼に背を向けているザックスには見えていなかった。
「―――っ!?」
「あ、コウ!よかっ―――」
「甘っ!!!誰よ、ポーションなんか飲ませたの!!」
バッと勢いよく起き上がった彼女は、口を開くなりそう声を荒らげる。
まさかこんな言葉が飛び出してくると思わなかったザックスは、文字通り固まった。
「セフィロス!どう言う事!?」
「俺じゃない。飲ませたのはザックスだ」
「何で止めないの!」
「止めたが、勝手に飲ませた」
「止め切れなかったら同罪よ!!」
普段の彼女からは考えられないほどに理不尽な言い分だ。
怒り心頭、と言った様子の彼女に、彼は用意していた水を手渡す。
もぎ取るようにしてそれを奪い、勢いよく傾ける彼女に、ザックスは漸く金縛りを解いた。
「…どう言う事?」
「ポーションの味が好かんらしい。コウにとっては甘いそうだ」
「………じゃあ、ちょっとの回復でもケアルを使うのって…」
「コウはポーションを持ち歩かないからな。代わりにエーテル系とリボンを愛用している」
何度も口を濯ぐ彼女の手首には、リボンが結ばれている。
なるほど、アイテムで回復しないならば、沈黙防止は必須だろう。
「まだ喉が気持ち悪いわ」
「わかったから、少し黙ってろ。魔晄炉に着いたら棲み付いたモンスターのボスで発散させてやるから」
「骨のある奴じゃないと許さないんだから」
怒っているらしいコウを難なくあしらうセフィロス。
怒りの矛先が自分に向いていない事に、ザックスは密かに安堵の息を漏らした。
魔晄炉に棲み付いたモンスターのボスは、まるでボロ雑巾のように扱われた。
それを見たザックスが顔色を青くしていたのを知っているのは、セフィロスだけである。
07.09.29