Azure memory

前で揺れる銀色の長い髪。
戦闘の時も、歩いている時も、こうして、任務の時にも。
サラリと揺れるそれは、絡まる事もなく風を通す。
それに対して浮かぶ感情と言えば、羨ましさと、そして満足感。
他の誰の物でもない。
彼の物であってこそ、この髪は美しいと思う。

―――サラ…

微風に踊った髪に手を伸ばした。










「…どうした?」

くん、と髪を引かれる感覚を頭皮に受けて、セフィロスは振り向いた。
何かに引っかかるような間抜けな真似はしない。
たとえモンスターの親玉であったとしても、髪一筋すらも傷つけさせないだけの自信はある。
そんな自分の髪を捕らえる事が出来る者が居るとすれば、それは世界にただ一人だけだ。

「何でもないわ」

そう答えながらも、指先で捉えた一筋の髪を離そうとはしない。
指に絡めてみたり、指の腹で撫でてみたり。
あやすように、確かめるように、愛おしむように―――コウは彼の髪に触れる。
幸いモンスターの気配もなく、このまま放っておいても問題はないだろう。
そう判断した彼は、それ以上何も言わず、彼女の好きにさせていた。
尤も、急な襲撃に遭ったとしても、彼女は即座に臨戦態勢に入る事ができる。
そんな彼女だからこそ、パートナーとして自分の隣に立てるのだ。

「長くて綺麗な髪よね。ここまで伸ばすのは大変だったでしょう?」
「別にそうでもないな」
「嘘。あぁ、まさか…切るのが面倒だから伸ばしている、なんて言わないわよね」

悪戯にクスリと笑った彼女に、彼もまた口元だけに笑みを浮かべた。
さぁな、とはぐらかす様に答えれば、それが不満だったのかツンと髪を引かれる。
痛いほどではないけれど、無視できる力ではない。
仕方無しに振り向いて視線を合わせれば、彼女は満足そうに微笑んだ。

「セフィロスの髪、好きよ。だからこれからも切らないでね」
「安心しろ。暫く髪型を変える予定はない」
「そうよね。突然ショートヘアになっていたら…神羅中が大騒ぎだわ」

想像したら楽しいわね、と笑い出すコウ。
それに吊られるようにして、髪を短くした自分を想像したセフィロスは溜め息を吐き出した。
髪は人の印象の大部分を占めるというが…まるで、自分ではないようだ。
もう一度短く溜め息を吐き出してから、彼は止めていた足の動きを再開させる。

「行くぞ。日が暮れる前に現場に向かう」
「分かっているわ。今すでに携帯がなければ何時か危ないわね、この森」

そう言って彼女は頭上を見上げる。
森と言えば燦々と輝く太陽を木々が遮り、絶妙な木漏れ日が降り注ぐのが理想だ。
しかし、この森は地面に太陽など必要ない、とばかりにそれを完全に遮ってしまっている。
お蔭で、太陽の角度や色から時刻を知る事が出来ない。

「天然のマテリアがあると聞いて派遣されたわけだけれど…遠いわね」

ヘリが使えず、森の入り口からそこまでの道中は徒歩。
森の規模を考えれば、日暮れ前に現場に辿り着けるかは五分五分だろう。

「未開の地だからこそ、ゆっくりと成長を続けたマテリアがあるんだろう」
「それもそうね」
「…いい加減に放したらどうだ」

テクテクと歩を進めながらも、彼女は未だにセフィロスの髪を解放していなかった。
歩幅が大きくずれるという事はないから、引っ張られる事はない。
しかし、まるで彼女に囚われているようだと思う。

「いいじゃない。邪魔?」

少し足を速めて彼の隣に並ぶ。
それから身長差の分だけ彼を見上げるようにして問えば、呆れたような溜め息が降って来た。
そんな彼の反応に、コウはにっこりと笑って前を向く。
こんな反応を見せる時は、彼が諦めた時だ。
つまり、好きにしろと言う意味。
邪魔ならば問答無用で振りほどいているだろうから、それから考えても彼の答えは明らかだった。








不意に、コウがセフィロスの髪を絡めていない方の手を太股に向ける。
そこに装着しているホルダーから3種類のマテリアを装備した銃を取り出した。
そして、殺気すらも出さぬままに側方へと2発。
そこからセフィロスの向こう側に腕を伸ばし、3発。
マテリアからの魔力が弾となっているこの銃に弾切れはない。
タイミングを見計らっていたらしいモンスターが、叫び声を上げて茂みから倒れこむように出てきた。
その間も二人の歩みは微塵も乱れておらず、セフィロスに至っては構えさえ見せない。

「雑魚ばかりで面倒になってくるわね。イフリートで森ごと焼き払いたくなる」
「…やめておけ。お前が言うと冗談では済みそうにない」
「もちろん、本気だもの。炎程度でマテリアが壊れるとは思えないし…一番手っ取り早いとは思わない?」
「神羅カンパニーの心象を悪くする気か?」
「神羅の心象なんて、スラムの人たちからすれば、これ以上悪くなる事は無いわよ」

フン、と鼻を鳴らして答える彼女に、セフィロスは喉で笑う。
自分が所属する会社だというのに、この扱いだ。
これで実力が伴わなければ、早々に首になっていただろう。
自分のパートナーを勤めるだけの実力があるからこそ許される軽口でもある。

「そんなに面倒なら、先に帰って―――引っ張るな」

彼の言葉が最後まで紡がれるのを待たず、掴んだままの髪を強く引っ張る。
今までの触れる程度ではなく、明確な意思を持って引っ張られた所為で、頭皮が地味に痛んだ。
どうやら、彼女にとっては要らぬ…寧ろ不愉快な気遣いだったらしい。

「世界広しと言えど、俺の髪を引っ張るのはお前くらいだ…」
「あら、貴重な体験が出来てよかったじゃない」

おめでとう、とまるでそうは思っていない口調で答えてから、持ったままだった銃をホルダーに戻す。
すでに周囲にモンスターの気配はない。
その頃になって、コウは漸くセフィロスの髪から手を離した。
指を開いただけで癖もなくスルリと抜け落ちていくそれを、名残惜しげに指先で撫でる。
毛先まで完全に逃げていったそれを見つめる視線に気付いたのか、彼がコウを見た。

「まだ不満か?」
「ううん。そうじゃなくて…やっぱり、セフィロスには長い銀髪が良く似合っていると思って」

嬉しそうにそう笑って、コウはトントンと軽やかに駆ける。
隣から一歩前へ、二歩前へ。
そうして、セフィロスから少し前を歩こうとした彼女は、くん、と後ろに引かれる感覚によって止められる。
振り向いてみれば、先ほどの自分と同じように、彼が己の髪を指先で摘んでいた。
それから彼は手元へと視線を落とし、髪を弄る。
指先に絡め、撫で―――コウがしたのと、同じように優しく指先が触れる。
自分のように褒めの言葉を口にしたりはしなかった。
けれども、彼の持つ空気がそれを告げている。
言葉で褒められるよりも、彼とは違う闇色の髪が誇らしく思えた。

「セフィロス。この任務、早く片付けてしまおう」
「何だ?唐突に」

コウの言動の唐突さには慣れているのか、彼は僅かに口元に笑みを浮かべる余裕を持っていた。
そんな彼に、髪を掴まれたまま微笑み返す。

「これが終わったら一週間休みでしょう?久しぶりに、セフィロスとゆっくり出来るの、嬉しいから」

個々のソルジャー別に管理されているスケジュール通りに行けば、二人とも一週間の休暇が入るはず。
パートナーとして常に任務を共にしている二人だから、互いのスケジュールがずれると言う事はまずない。
飛び入りのS級任務が舞い込んでこなければ、の話になってしまうのだが。
こればかりは雇われの身である二人にはどうしようもない事である。

「どこまでも仕事が追って来るのは辛いわね…」
「無人島にでも行ってみるか?」
「あ、それいいかもしれない。携帯も電源を切って、ね」

一週間たっぷりと。
無人島で一週間なんて面倒なだけだろうと思う。
実際、彼女もそんな行動を起こすつもりはない。
そんな何気ない事を言いながら過ごす時間だけで十分なのだ。

「…マテリアが近いね」

何かを感じ取ったのか、今まで軽く笑いながら話していた彼女がそう呟く。
セフィロスはコウの髪を放してから、彼女よりも前に立った。
始めと同じように彼を追う形となったコウは、遅れないようにと足を進める。

「…一週間のために頑張りますか」

マテリアのガーディアン、と言わんばかりに感じる気配。
テリトリーに踏み込んでしまったのか、すでに殺気が二人に向けられている。
セフィロスは刀を、コウは銃を。

己の得物を手に携え、ソルジャー達は更に一歩を踏み出した。

07.09.22