チューリップ
「そう言えば、紅ちゃんの彼が鷹くんなら、クリスマスボウルの時、紅ちゃんに情報を貰えばよかったんじゃ…」
クリスマスボウルの写真を整理していた冬休み。
助っ人手帳を埋め尽くしている多忙なセナに与えられた、束の間の休息日となった今日。
ふと、浮かんだ疑問はまもりへと向けられたものだ。
「えーっと…」
「吐かせたに決まってんだろーが。だが、二度とさせねぇ」
部室の端でパソコンを弄っていた蛭魔がそう口を挟む。
それを引き継ぐようにしたまもりが取り出したのは、3冊の大学ノート。
1冊目には「帝黒 フォーメーション集」。
2冊目には「帝黒 トレーニング計画」。
3冊目には「帝黒 選手基本データ」。
「………いや、これ…」
「紅ちゃんが貰って来たらしいのよ」
ちなみに、蛭魔とのやり取りはこうだ。
「おい、次の土日は帝黒だったな」
「そーです。だから休日返上はルール違反ですよ」
「わかってる。データ取って来い」
「んー…あんまりそう言うの得意じゃないんですけど、一応わかりましたって頷いときます」
「妖一先輩、貰ってきましたよ」
「…テメェ、これは何だ」
「データ集。データくださいって言ったら、喜んでこの3冊渡してくれました」
「本物か?」
「普通にこれと同じ内容ですよ?」
面と向かってデータを要求できるのは紅くらいだろう。
彼の呆気に取られた表情など、後にも先にもあの1度だけだった…と言いたい所だが、紅に関しては案外多い。
「あ、でもこれ、写真はないんですね」
「そうなのよ。写真は撮ってなかったみたいで、蛭魔くんが次の時に撮って来いって言ったみたいなんだけど」
どこからか大きな茶封筒を取り出したまもりは、いよいよ苦笑の表情だ。
どうぞ、と差し出されたそれを、セナが受け取り、隣のモン太と一緒に中身を確認する。
「………鷹、鷹、鷹…ピンボケ、ピンボケ…」
写真を送る手が、徐々に速度を落としていく。
何となく、蛭魔が「二度とさせない」と言った理由がわかる気がした。
鷹が写る写真が8割、ピンボケが1割。
最後の1割など、まるで修学旅行のノリでピースサインを見せて写る選手や紅の写真だ。
正直言って、主務としてのセンスは皆無だったセナよりも酷い。
「まぁ、紅ちゃんは真っ直ぐだから」
度を越えているような気もするけれど、その言葉が全てだと納得できてしまうのが彼女だ。
紅ばかりが一直線で、彼女が全ての原因のような言われ様だが、真相はこうだ。
「ヘラクレス先輩、写真撮らせてくださいねー」
「おー、構へんで!その代わり、男前に撮れやー」
「努力しまーす」
「って言いながら、キキ!!撮っとるの鷹ばっかりやないか!」
「あ、先輩が動かすからブレた。…ま、いっか」
デジカメなので、撮った画像はすぐに確認できる。
ブレた事はわかっていたけれど、消すのが面倒なのでそのまま放置した紅。
俺も俺もとカメラの前に立つ選手らに、仕方ないなぁとカメラを構え、シャッターをカチリ。
「紅、ラインの今からフォーメーションの確認するらしいから、それ撮ったらええんちゃうかな?」
「あ、そうする。ありがと、花梨」
「…キキ、そのカメラ貸せ」
「どうぞ?」
「そこに二人で並べや、ツーショット、撮っといたるわ」
「わー、アキレス先輩、流石!花梨、撮ろ!先輩、ついでに携帯でもよろしく!」
「え?あ、うん」
自分の隣に花梨を引っ張り込んで、カメラの前で笑顔を浮かべる。
ピピッと言う電子音と共に、女子選手二人のツーショットがデジカメの中に納まった。
写真を撮り終えると、先輩に呼ばれた花梨がその場を離れていく。
紅はアキレスからカメラを受け取った。
「で、写真は先輩の携帯に送ったらOKですか?」
「よぅわかっとるな、キキ。報酬は部室に用意してある」
「先輩もよくわかってますよね!」
アキレスの恋心を知る紅は、とても協力的だ。
もちろん、花梨は親友なので、彼女に無理強いをする事はない。
「先輩も撮っていい?」
「おー!男前に撮れよ!」
「ヘラクレス先輩と同じ事言ってる。…はい、こんな感じです」
「…あかん!俺はもうちょっと男前や!」
撮り直しを命じられた紅は、クスクスと笑いながら、シャッターに指をかける。
今まさにそれを押そうとした瞬間―――
「紅」
「鷹!」
横から聞こえた声に、紅は即座に反応した。
動き始めていた指先は、しっかりとシャッターを押しながら。
アキレスがそれに気付いて文句を言うけれど、既に紅の意識の中に彼はいない。
こうなると叫ぶだけ労力の無駄と知っている彼は、早々に諦めたようだった。
「どうしたの?」
「今日は寝てないなと思って」
「うん。写真、撮って来いって言われたから」
そう言うと、紅は正面から鷹にカメラを向ける。
そうして、眉一つ表情を動かさない彼の写真を一枚。
「貸して」
「はい、どうぞ」
ピントもばっちりな仕上がりを確認した紅は、言われるままにカメラを渡す。
レンズがこちらを向き、フィルター越しに鷹の視線を感じた。
「…笑う?」
「そこ、“笑って”って言う所だよ」
思わず破顔したところで、ピピッと言う電子音。
抜群のタイミングで撮られた写真に、鷹が満足げな笑みを浮かべた。
「あ、今の表情が欲しかった」
「今の?」
「うん。すごく優しい笑顔」
惜しかったなぁ、なんて言うけれど、自分の目はちゃんとその表情を覚えている。
写真に収めなくてもいいよね、と自己完結して、ベンチに腰を下ろした鷹の隣に座った。
「………眠い」
「寝ていいよ。俺、暫く休憩だから」
太腿にタオルを載せ、ポンと招くように叩けば、彼女は迷いなくそこに頭を置いた。
タオルのお蔭で、パットが痛いと言う事もない。
そのまま膝を借りた彼女は、頭上でカメラを弄る鷹を見て問う。
「何してるの?」
「整理」
「全部消さないでね?」
「大丈夫。ちゃんと残すから。あと、最後の写真は送って。さっきのツーショットも」
「ん。帰ったら送るね」
そう答えると、彼女は瞼を伏せ、ものの数秒で眠りに落ちた。
そんな彼女の頭を撫でながら、片手でデジカメを操作する鷹。
後日、少し遠い場所からその時の二人を携帯で撮った写真が、花梨から送信された。
ちなみに、整理と言いながら、ピンボケの写真は全て残されたまま。
消えていたのは、男子一人で写っていた写真だけだ。
「紅、駄目だよ」
「何が?」
「フィルター越しでも、一人を見つめるのは。鷹が拗ねるだろう?」
「あー…なるほど。だからデータが消えてるんだ」
「紅が鷹一筋なのは見ていて十分伝わるけどね。それとこれとは別問題だ」
「うん。私も同じ立場ならそうしてる。寧ろ、邪魔してる。撮らせない」
「はは!それでこそ君だな」
花言葉:誠実な愛、恋する年頃
11.09.07