チューリップ
「妖一先輩」
「何だ」
「モン太に鷹のことバレました」
部室の中で静かに告げる紅に、蛭魔の手が止まる。
「…見てりゃわかる」
「ごめんなさい、大事な時に」
「テメーがどうこうしなくても、試合になりゃわかる話だ」
寧ろ、先にぶつかってくれたからこそ早めに解決できる。
暗にそう答える彼に、紅は苦笑した。
「ついでに言うと、次の試合は―――」
「出ねぇんだろ」
「………常々思うんですけど、妖一先輩ってどれだけ先読みしてるんですか?」
「どの道、その足で満足に走れるか」
そう言いながらちらりと向けられた視線に苦笑する。
前の試合で足首をやってしまった。
あの試合でこれ以上怪我人を出すわけにはいかなかったから、まともにぶつかることを避けることに全力を出した結果ではある。
紅の技術が、ある意味で蛭魔に続いていようと、彼女の体格を考えればその機動力が大前提となる。
「…尤も、怪我がなくてもテメー抜きの作戦を立ててきたがな」
テメーが奴を相手にしてまともに戦うとは思えねぇ。
隠すことなくはっきりとそう告げられ、紅はきょとんと瞬きをしてから笑い出す。
「先輩、正直すぎる!」
普通は本人に言うことではない。
けれど、それを隠さないからこそ蛭魔であり、泥門をここまで連れてきた司令塔だ。
「糞猿との話はつけとけよ」
「はい、了解です」
ピッと綺麗な敬礼をして、紅は部室を後にした。
明らかに身の入らない練習をしていたモン太の顔つきが変わった。
その変化は明らかであり、それを案じていた誰もがほっと胸を撫で下ろす。
それを少し遠い所から見つめていた紅もまた、安堵の息を零した。
「…私も、ちゃんとしなくちゃね」
練習道具を片付けながら、小さく呟く。
誰かとこんな風に喧嘩のようになってしまうこと自体が未経験で、どうすればいいのかきっかけが掴めない。
どうにかしなければいけないことはわかっているし、そろそろ蛭魔の視線も痛い。
どうしようかな、と頭を捻りながら倉庫を出ようとして、入ろうとする瀬那に出くわす。
「っと、ごめん、紅」
「こっちもごめん」
彼の方が扉に近かったから、進路を譲ろうと一歩身を引いた。
そうしてボール籠を運んでくるのを眺めていると、紅、と小さく呼び止められる。
「あの…」
「良かったね、モン太と仲直りできて」
安心したよと笑いかけると、彼は照れたように頬を掻いた。
「ありがとう。皆に心配かけたみたいで…。…それで、さ」
次は紅の番だと、そう言いたいのだと言うことはすぐにわかった。
彼に話しておくのは、準備としては良いのかもしれない。
紅は長めの呼吸を一つ吐き出してから、小さく笑った。
「モン太の言うとおり、私は全部知ってた。ごめんね、黙っていて。でも私は…後悔は、してないから」
「どうして?」
「…鷹のため…ううん、これはきっと、私のため。楽しいって思ってほしくて」
馬鹿みたいに明るくして、鷹の気持ちも少しでも楽になればと。
「ただ、それだけだったの。他の事なんて何一つ考えてなかった。ただ、アメフトを楽しいって思ってほしかった」
今の鷹だって、もちろん大好きだ。
でも、だからこそ―――何か、物足りないみたいに遠くを見つめるその目が、どうしようもなく遣る瀬無かった。
何かできる事があるなら、何でもしよう。
でも何が出来るんだろう―――ずっと、悩んでいた。
モン太は瀬那の後ろからついてきていた。
紅からは死角になる位置で話を聞いていた彼だが、意を決して勢いよく入口から姿を見せる。
そんな彼に、紅は驚くこともなく視線を向けた。
「私は鷹バカだから、それ以外の難しい事とかはどうでもよかったんだ。だから、モン太を馬鹿にするとか…そう言うのは、興味ない」
はっきりとそう告げる彼女の目に迷いはない。
彼女の語ることは、すべて事実なのだろう。
そう思わせる強い目を見て、これ以上何かを勘繰るのは時間の無駄だと理解した。
「―――見てろよ、紅!テメーの目の前で鷹の野郎をぶっ倒してやるからな!」
「…うん、期待してる」
ふわりと。
彼女は、いつもの向日葵のような笑顔とは違い、陽だまりのような優しい笑顔を浮かべた。
花言葉:誠実な愛、恋する年頃
16.09.25