チューリップ
「あっれー?キキってアメフトの助っ人もやってるの?」
アメフト部の朝練を横目に校舎に向かっていた生徒の一人が、その小さな存在に気付く。
一人が気付けば、次から次へと伝染するように広がる反応。
「昨日から参加してるらしーぜ」
「そっか。今まで蛭魔に気付かれなかったことが不思議だったもんね」
女子がアメフトと言う事実に多少の違和感はあるけれど、相手はあの蛭魔だ。
ルールに問題がなければやるよな、と誰もが納得した。
「そう言えば、雪耶さんって何でキキって呼ばれてるの?」
「紅でいいよ、セナ」
朝練が終わり、並んで教室に向かっていた道中。
セナの問いに、紅はんー、と過去を振り返る。
「ネコっぽいって所からそう呼ばれるように…ほら、アレよ、アレ。結構有名な映画の黒猫」
「おー、アレか!でも、アレって黒猫はジジだろ」
「うん。ネコっぽい → ジジ → あ、でもジジって男の子じゃん → じゃあキキで! みたいな感じらしいよ」
あー、なるほど。
セナとモン太が納得したように頷く。
確かに、ニックネームにしたってジジはない。
口コミが口コミを呼び、今となっては本名よりもキキと言う名前の方が知れ渡っている。
「一年なのにすごく有名だよね。えと…紅って」
鈴音に次ぐ二人目と言うこともあり、彼女の時よりはスムーズに呼び名を変えることが出来た。
紅は名前で呼ばれたことに対して嬉しそうに笑い、答える。
「中学校でも助っ人やってたからねー。スポーツ、好きだし」
皆で目指すのって楽しいよね。
屈託なく笑う彼女にセナも、そうだね、と頷く。
これは、アメフト部に入ってから知ったことだ。
「でもよ、それならどっかの部活に入ればよかったんじゃねーの?」
「んー…どれも好きだし、一つに選べなかったんだよね。
何より、月一回は絶対休むし。状況によってはそれ以上もあり得るし」
迷惑でしょ、と肩を竦める彼女だが、それを後悔したことはない。
アメフト部の助っ人に呼ばれる前からそれなりに付き合いのある二人だから、その事情は知っていた。
「彼氏、だっけ」
「そ!ホントなら毎日会いたいんだけどさ。距離的に絶対無理だから。
その日だけは槍が降ったって会いに行くって決めてるの」
嬉しそうにそう語る彼女の表情は可愛い。
紅に恋心を抱いていないとしても、素直に可愛い。
「雪耶紅。スポーツは何でも好きで、色んな部活の助っ人をやってました。報酬は甘いもので受付中!
あと、関西在住の彼が大好きです!」
入学後のクラスの自己紹介で、恥ずかしげもなく、寧ろ自慢げにそう語った彼女を思い出す。
あまりにも良い笑顔で語るものだから「あの子可愛い」と喜んだ男子が何人か撃沈したのを知っている。
いつだって、紅は自分の気持ちに素直で、決して偽ったり誤魔化したりしない。
ここまで素直に想われる相手が、とても羨ましいと思った。
「おっと。教室だな。じゃあ、また昼休みな!」
クラスの違うモン太と別れ、二人も自分の教室に入る。
教室に入るなり、紅はクラスメイト達に囲まれた。
自慢の俊足を生かして包囲網を逃れたセナは、逸る鼓動を抑えつつ紅を振り向く。
クラスメイトの追及にも、彼女は嫌な顔一つせずに答えていた。
「おい、糞ネコ」
「はい?」
部活が終わり、マネージャー用のロッカールームから出てきた紅を呼びつける蛭魔。
他のメンバーは既に帰ったのか、彼が帰らせたのか、部室に残っているのは二人だけだ。
素直に近付いた紅に、彼は数枚のDVDを指した。
「持って帰れ」
「わかりました」
紅がそれを受け取って頷くと、蛭魔はパソコンから視線を外し、椅子の角度を変えた。
「いいか、野郎のタックルをまともに受けるようなバカだけは絶対にやるんじゃねーぞ。受け流す術を身につけろ」
「はい」
「…よく研究しとけ。テメーなら使いこなせるだろ」
コン、と彼の長い指先がDVDのケースを叩く。
この中身が何なのかはわからないが、紅のためにわざわざ用意してくれたらしい。
「妖一先輩って顔に似合わず優しいですね。心配してくれてありがとうございます」
「物にできなきゃ役に立たねーからな」
「大丈夫です。女だって、やろうと思えばやれるんです。…知ってますよね?」
クリスマスボウルを見据える彼だからこそ、確信を持って問う。
帝黒にいる、QBの彼女の存在。
肯定の代わりにパンッとフーセンガムを割った彼は、再びパソコンに指を滑らせた。
「それから、わかってると思うが―――」
「鷹のことはモン太に言うな、ですよね?わかってます。彼が知るには―――まだ早い」
そう頷いた紅は、近くに置いてあったアメフト関係の雑誌を手元に引き寄せる。
帝黒が紹介されているページの中で、1ページだけページごと消えているそれ。
同じものを持っている紅は、そのページに何が書かれているのかを知っている。
「挫折しても必ず立ち直ってくれると思いますけど、万が一があったら台無しですもん。邪魔はしません」
「ケケケッ!扱いやすいヤツだな、テメーは。アメフトの助っ人の件、言わねーつもりだろ」
確信を突く言葉に苦笑を返す紅。
「反対はしないけど…きっと、心配させちゃうから」
「おーおー、愛されてんなァ!」
「もちろん!」
迷いも照れもない彼女には、嫌味も通じない。
いっそ清々しい反応に、蛭魔は楽しげに喉を鳴らした。
「用はそれだけだ。さっさと帰れ」
「はーい、お疲れ様でした!」
花言葉:誠実な愛、恋する年頃
12.08.18