チューリップ

失礼します、と声をかけ、部室のドアを開く。
そこには中で作業をしていたらしいまもりと、既にユニフォームに着替えた蛭魔だけが残っていた。

「来たか」
「約束ですから」

紅を一瞥した蛭魔は、満足気に鼻を鳴らす。
普段からの彼の行動を考えれば、まもりが不安を抱くのも無理はない。

「あなた、どうしたの?」
「あ、雪耶紅です。よろしくお願いします」

思い出したように自己紹介をする紅に、面食らいつつも自己紹介を返すまもり。

「よろしくね、雪耶さん」
「紅でいいですよ。まもり先輩」
「わかったわ。紅ちゃん。ところで、紅ちゃんはマネージャー経験―――」
「選手だ」

マネージャーだと思い込んで話を進めていたまもりの言葉を遮り、短くもそう告げる蛭魔。
きょとん、と瞬きをした彼女に、もう一度同じことを告げる。

「状況によって、選手として練習に参加させる」
「せ、選手!?ちょっと蛭魔くん!紅ちゃんは女の子よ!?」

当然とも言える抗議に答えたのは、蛭魔ではない。

「大丈夫ですよ、先輩。アメフトは女子禁止じゃないんで。大会にも出られますから」
「そう言う問題じゃないわ!女の子がそんな…!」
「あくまで助っ人と言う形で参加しますが…やるからには、本気でやります」

自分を案じてくれるまもりに微笑みかけ、紅は毅然と胸を張った。
そんな彼女の眼に映るのは、今見える風景ではない。








「…私、鷹のキャッチ…好きだよ」
「―――うん、ありがとう」

そう言って頭を撫でてくれた鷹の表情が忘れられない。
高みを目指すことの楽しみを見失ってしまった彼に、何をしてあげられるのか。

―――紅がそう言ってくれるだけでいい。

彼はそう言ってくれたけれど、それ以上のことが出来ない自分が、悔しかった。
冷めた目に、もう一度―――紅はいつだって、その事ばかりを考えている。












「クリスマスボウル―――どんな奇跡だって、起こしてみせる」

彼らがクリスマスボウルまで辿り着いたなら―――何かが、変わる気がした。

「紅ちゃん…やっぱり、考え直した方が…」
「叶えたい、夢があるんです。ずっと…」
「…クリスマスボウル?」
「正確には違います。でも、彼らと一緒に行けたら…きっと、叶えられる」
「マネージャーでは駄目なの?」
「私はそれでも構いません。あくまでも、目的はこのチームをクリスマスボウルまで導くことだから。
でも、妖一先輩はきっと、それを許してくれない」

例え、0.01%だろうと、可能性が上がるのであれば、それを見逃さない人だ。
あの人は紅を、マネージャーとしては使わない。
そして、紅もまた、そこに可能性があるのならば、どんな事だって出来る。

「今までもずっと、考えてました。そして、これがきっと、彼のために今できる最大の事」

「…彼?」と問うまもりの表情に変化が生まれる。
覚悟を決めた紅に、結果を悟ったのだろう。

「世界で一番大切な人です」

もう一度、フィールドで彼の笑顔が見られるなら―――望みは、ただそれだけ。

「………怪我をしたら、すぐに言ってね?」
「はい。その時はよろしくお願いします」

ぺこりと頭を下げた紅に、まもりは苦笑いを浮かべた。
呆れ半分、納得半分。
それと同時に、羨ましいとも感じた。
どういう理由があるのかはわからない。
けれど、こんな風に誰かをまっすぐに「大切だ」と言える彼女が、眩しかった。












「おい、糞ネコ!タイム測るから位置につきやがれ!」

ラインの準備を終えたらしい蛭魔の声に、セナとモン太が顔を見合わせる。

「猫?」
「ネコ?」
「…私のことかな、たぶん」
「「!?」」

ひょこっと顔を覗かせた紅に、二人の肩が大きく揺れた。
そんな彼らの反応を気にせず、Tシャツとハーフパンツに着替えたらしい彼女は、軽く柔軟をする。

「雪耶が猫?」
「うん。よく言われる。犬っぽいとも」
「(ああ、確かに動物系…)」

そこが可愛い!と上級生に人気なのだと言う。
のんびりと筋肉を解している紅に、蛭魔からの怒号が飛んだ。

「はいはい、今行きまーす」

しかし、紅はそんな蛭魔の反応にも臆する事無く、マイペースにスタートラインに向かう。
彼女の背中を見送り、ぽつり。

「強者だな」
「…うん」








タン、タン、タン…と勢いを消すために数メートルを余分に走り、ゴールラインへと戻る紅。

「どうでした?」
「4秒9」
「うわ!雪耶さんすごいよ、5秒以下!!」

興奮気味にストップウォッチを覗き込む栗田に対し、蛭魔はじっとその数字を見つめるだけ。
それから、ちらり、と紅へ視線を向ける。
何を言わんとしているのかを察した彼女は、軽く肩を竦めた。

「自己ベストは4秒8です。出せるよ、たぶんって言われたから…その数字にだけは拘りました」
「ケッ!本当に“アイツ”馬鹿だな」

それを聞いて納得したのか、蛭魔は銃を担ぎ直して歩き出す。
グラウンドで各々準備運動を始めていたメンバーに「集合!」と声をかける。

花言葉:誠実な愛、恋する年頃

13.08.04