チューリップ
ガラッと勢いよくドアが開かれ、その付近にいた生徒が肩を震わせる。
「雪耶紅はいるか!?」
その声に、教室の全員が一斉にドアの方を見た。
聞き慣れた、恐ろしい声。
慣れているはずのセナでさえ竦み上がってしまうのは、最早条件反射だ。
「ヒ、ヒル魔先輩…」
「おう、糞チビ。テメー、よくも俺に隠してやがったなぁ?」
ドアの付近から銃口を向けられ、思わず窓際まで後ずさる。
こそこそと近付いてきたモン太がセナに小さく声をかけた。
「おい、セナ。ヒル魔先輩に何を隠してたんだよ!?」
「知らないよ!何でヒル魔先輩が雪耶さんを呼ぶんだろう。て言うか、モン太どこから…」
ヒソヒソと会話する二人を横目に、蛭魔が大股で教室を歩く。
彼から逃げるかのように、生徒が廊下へと避難を始めた。
「…こいつだな」
ぴたりと足を止めたその席には、昨日見た女子生徒がいる。
怯えるわけでもなく、まもりのように強気に向かってくるわけでもなく。
彼女は、ただただ平和に安眠を貪っていた。
保健室の物と思しき白い枕に頭を預け、眠る彼女の表情のなんと安らかな事か。
隣に立つのが悪魔だとは知る由もなく、寝息に小さく肩を揺らしている。
「………おい、こいつ、いつから寝てんだ?」
「朝からです」
今の時刻は14時半。
「昼休みは起きてるっすよ!」
つまり、昼休み以外はずっと寝ていると言う事だ。
データ通りだな、と心中で納得しつつ、それならばこれも間違いないだろうと確信する。
もちろん、自分のデータが間違っていた事など、ただの一度もないけれど。
今から唱えるのは、魔法の呪文―――
「“鷹”」
「たか?」
「タカ?」
この時点で、教室内にいるのは4人だけ。
セナとモン太が蛭魔の言葉を鸚鵡返しし、首を傾げる。
そんな二人の前で、思わぬ事が起きた。
緩慢な動きではあったものの、彼女が目を覚ましたのだ。
ゆっくりと身体を起こした彼女は、ふぁ、と欠伸をする。
そして、両腕を思い切り伸ばしたところで、漸く蛭魔を見た。
「…どちら様?」
「いい度胸じゃねぇか。面、貸しやがれ」
埒が明かないと判断したのか、彼女は蛭魔を置いて隣のセナを振り向く。
蒼褪めた表情は、この際だから気にしない。
「この人、誰?」
「部活の先輩!蛭魔先輩って知らない!?」
「泥門でめちゃくちゃ有名だぞ!」
ヒソヒソと、けれど必死に声を上げる二人。
そうなんだ、とのんびり頷く彼女の向こうに見えた蛭魔の様子に、彼らは顔色を紙に変えた。
そんな彼らをものともせず、彼女は振り向いて蛭魔を見上げる。
「とりあえず、身に覚えがないので」
「これで着いて来い」
「了解です」
コロン、と手の中に転がされた小さなチョコ一包み。
2秒前と言っている事が違うけれど、これが彼女なのだと既に慣れたものだ。
蛭魔に着いて行く小さな背中を見送り、静けさが戻ってきた教室内。
少しずつ帰って来た生徒たちは皆、連れ去られた彼女の身を案じる。
「雪耶はどうした?寝てないじゃないか。今日は休みか?」
「…蛭魔先輩に連れていかれました」
「………よし、授業始めるぞー」
結局、彼女が戻らないままに6時限目が終わった。
HRの時間になって戻ってきた彼女の腕には、去った時にはなかったお菓子の詰め合わせが抱えられている。
「だ、大丈夫だった?」
「ん?大丈夫だよ。あ、放課後、アメフト部に顔出しに行くから」
よろしくねー、と席に着く彼女を咎める者は誰もいない。
アメフト部?何の用で?
薄々感じている答えに、あえて辿り着かないようにしている自分に気付くセナ。
「どういう流れ…?」
「…うん、まぁ色々と。すぐにわかるから」
彼女の笑顔に有耶無耶にされた。
「団体競技の助っ人やってんだってな」
「あー…はい。スポーツ、嫌いじゃないから」
「何で陸上部入らねぇんだ?あんだけ飛べりゃ高校の大会なんざ総なめだろーが」
「月初めの土日は絶対参加できないからですよ。優勝とか、興味ないし」
「あぁ、関西に行ってんだろ」
「流石に、よく知ってますね」
「…俺の事知ってんのか」
「名前がわかれば、嫌と言うほど聞かされましたよ。絶対関わるなって」
「ケケケ!知ってんなら話は早ぇ!アメフト部に入れ!」
「嫌、です。先輩、土日に参加できないとか、許すタイプじゃないでしょ」
「許してやるって言ったら?」
「んー…まぁ、それなら」
「………簡単に頷きやがったな」
「だって…先輩、鷹の事知ってるんでしょ?なら、私がどういう人間かも理解してますよね?」
「単純一途な馬鹿だって事ならな」
「そう言う事です。それさえ邪魔しないなら、いいですよ。あ、あと…一つだけ」
「何だ」
「クリスマスボウルで鷹と会いたいです。実現できます?」
「…ったりめーだろ!」
「ん。なら、よろしくお願いします」
「チッ。用意した菓子が無駄になった。責任もってテメーで処分しろ」
「りょーかいです、妖一先輩!」
花言葉:誠実な愛、恋する年頃
11.09.07