チューリップ

「マジかよ!今日の勝負は食券一週間分賭けてんだぜ!?」
「え、何。アイツ休み?」
「だとよ。あー…じゃあ、仕方ねぇ。キキに頼むか」

教室の隅でパソコンをカタカタ言わせていた蛭魔が、ピクリと反応した。
とは言え、その反応は誰かに気付かれるような大きなものではなく、指先の僅かな動きだけ。
クラスメイトの会話など、いつもは聞き流す彼だが…気になる情報があれば当然、耳を傾ける。

「おーい、誰かお菓子持ってねぇ?」

男子生徒がクラスメイトに尋ねる。
すると、今まさにポッキーの箱をカバンから取り出したばかりの女子が手を挙げた。

「ポッキーで良ければあたし持ってるよー!キキ?」
「そうそう。今日のバスケの助っ人を頼もうと思ってさ。一袋売ってくれねぇ?」
「キキに渡るなら一箱50円でいいよ!観に行っていい?」
「さんきゅ!俺の雄姿を存分に楽しめよ!」
「うんうん、キキの可愛さを堪能しに行くね!」

噛み合っていないようで上手く噛み合っているらしい会話。
ポッキーの箱を持った男子が教室を出て行った。
キキ―――どう考えても、名前ではないだろう。
誰かに聞けば本名はすぐにわかるし、これだけ有名ならば調べればいい。
だが、蛭魔はそうせずにパソコンを閉じた。

「…行ってみるか」

ニヤリと笑った悪魔に、周辺の生徒がブルリと肩を震わせた。












蛭魔がそこに到着した時、既に試合は始まっていた。
体育館の入り口には人が溢れていて、男子の遊びの延長とは思えないギャラリーの数だ。
鬱陶しい人の壁に阻まれた蛭魔は、無言で銃器を取り出し、ジャキン、と音を鳴らす。
本能的な条件反射のように、左右に割れる人壁。
一番前まで、と一歩目を踏み出したところで、何かが人の頭の上を飛んだ。

ふわっと羽が生えたかのような柔らかい跳躍を見せたのは、制服姿の女子生徒。
彼女の手にはバスケットボールが握られていて―――
バシュッとゴールにそれを放り込むのと同時に、彼女はゴール枠にぶら下がる。
ピピー、と笛が鳴り、コート内だけではなく体育館が揺れそうなほどの歓声が上がった。
跳躍の勢いが消えると、彼女はそこから手を離し、真下へと飛び降りる。
音をさせない静かな着地と同時に、チームメイトである男たちに囲まれた。
蛭魔はその様子を横目に、どこから取り出したのかわからないアメフトボールを投げた。
真っ直ぐ、彼女の頭上へと。

「取れ!!!」

怒鳴るような命令の声が聞こえ、彼女が顔を上げた。
弾丸のように真っ直ぐこちらに飛んでくるボール。
取れ、と言われて、半ば本能的にその声に従った。
体育館の床を蹴り、真上へと跳躍。
自分の寸分の狂いもなく自分の最高点へと飛んできたそれを、両手で受け止めた。
そして、そのまま着地。
この時点で、蛭魔の脳内で“ある事”が決定した。

「…何これ」
「アメフトボール………げっ!今の声ってヒル魔じゃねーのか!?」
「ヒルマ?アメフト?」

周囲を囲んでいたメンバーが一斉に狼狽えるのを見て、彼女はただただ首を傾げる。
誰かに聞いて答えてもらえる空気ではないと悟り、小さく息を吐き出した。
そして、彼女は感染したように狼狽える周囲をものともせず、暴挙に出る。
手の中で遊ばせていたボールを片手に構え、飛んできた方へと投げ返したのである。
先ほどのような速度はないにせよ、素直な軌道で直線に飛んだそれ。
それの行き先を見届ける事無く、彼女はチームメイトを振り向く。

「お菓子、ゴチでした。またお願いします!」
「お、おう!こっちこそ、またよろしくな!」

ピッと敬礼して見せた彼女は、そのまま人ごみの中を縫うようにして体育館の外へと消えた。

「ケケケ!どこに埋もれてやがったんだ、あんな人材…!」

楽しげな悪魔の声に、その場にいた誰もがゾッと蒼褪めた。














ガタン、と椅子を引き、自分の席に腰を下ろす。
隣の席にいた男子が、あ、と顔を上げた。

「お帰り。どうだった?」
「うん、勝ったよ」
「そっか。おめでとう」
「ありがと。一本食べる?」

戦利品であるポッキーの袋を開けた彼女が、彼にそれを差し出す。
彼は遠慮しながらも、一本だけ、とそれを受け取った。
彼女も一本だけ口に含むと、いそいそと何かの準備を始める。

「じゃあ、寝るから」
「まだ寝るの!?」
「うん。まだまだ寝れ―――」

彼女の言葉を遮るようにして、ポケットの携帯がバイブした。
口の中に残るポッキーをもごもごと急いで片付け、それを耳へと添える。

「はーい。……うん、昼休み。さっきまでバスケしてたの。…うん、当然でしょ?」

昼休みの喧騒の中では、その場で電話しても迷惑にはならない。
多少煩いけれど、場所を移動するのが面倒だった。

「うん、だよ……えー…起きとくの?眠いけど………うん、そう。…ホント?じゃあ、頑張る。ん、じゃあね」

そうして携帯を置いた彼女が、はぁ、と溜め息。

「どうしたの?嬉しそうだけど、残念そうだね」
「残念って言うか…次の時間、寝ないで起きてた方が良いって言われた。眠いけど…仕方ないかぁ…」

ふぁ、と眠そうに欠伸をしながらも、彼女は机と仲良くならず、次の授業の準備を始めた。
基本的に授業は全て睡眠学習の彼女ばかりを見ていただけに、思わず目を見開く。

「っていうか、言う事聞くんだね」
「聞くでしょ、普通。だって…大好きだし」

迷いも躊躇いも恥ずかしげもなく、彼女はあっさりとそう言ってのける。
当然、小学生のような友愛の「好き」ではなく、正しく思慕の感情として使っているのだ。
聞いているこっちが恥ずかしいやら照れるやら…とにかく、顔が熱くなる。

「起きてるついでに、当たったら助けてあげるよ、セナ」
「う、うん…ありがとう」

これで成績はトップだと言うのだから、世の中は不公平だ。
そう思わずにはいられなかった。









―――次、数学だっけ。
―――うん、そうだよ。
―――起きときなよ。
―――えー…起きとくの?眠いけど…
―――やたら当ててくる人でしょ?
―――うん、そう。
―――起きてるなら、夜…電話するから
―――ホント?じゃあ、頑張る。



「―――珍しいね、彼女に起きてろなんて」
「数学の先生、やたら当てるらしいんだ」
「なるほど!彼女に必要以上に絡むのが不愉快なんだね!」

花言葉:誠実な愛、恋する年頃

11.09.06