グロリオサ

おぉ、と湧き上がるルーレットテーブル。
歓声の中微笑んだのは、まだ若い日本人女性だ。
その場に居る誰も、彼女が未成年だとは思わないだろう。
若さの割にすらりと長い足を組みかえれば、アシンメトリーに切り取られたドレスの裾から白い脚が露になる。
隣に座る中年の男性がごくりと唾を飲んだ。

「おい、紅。あんま派手にやるなよ」
「はいはい。じゃあ、これで最後にしておくわ」

後ろから派手な男に声をかけられた彼女は、剥き出しの肩を竦めてそう答えた。
そして、山と積まれたそれを黒へと賭けた。

「目当ての彼は見つかったの?」
「あぁ。あっちのテーブルで宣戦布告してやがった」
「あ、そう。それが目的だったのね。来た意味ないじゃない」
「そういうこった。引き上げ前に一勝負していく」

くい、と顎で指した先には、アメリカチームのペンタグラムの一人、クリフォード・D・ルイスがいた。
それに気付いた紅が、あら、と口角を持ち上げる。

「面白くなりそうね。手続きをしたら見に行くわ」

そう言って楽しげに笑った彼女は、換金手続きへと向かった。










手続きを終えた紅が戻ると、勝負は彼女の予想通りの展開を迎えていた。
既に座っているのはクリフォードとヒル魔と、あと一人だけ。
他の面子は勝負を降りたらしい。
彼ら二人のうち、どちらに降ろされたのかはあえて聞くまい。
最後の一人もまた、勝負を降りた。
これにより、勝負はクリフォードとヒル魔の一騎討ちになる。

「この勝負、テメーが勝ったらこの女も連れて行くか?日本代表の情報が聞き出し放題だぜ?」

あくまで強気な姿勢を崩さないヒル魔が、後ろの紅を指してそう提案した。
まったく、人を物みたいに―――既に慣れたことなので呆れたり怒ったりはしないけれど。
そんな事を考えていた紅は、ふと向けられる視線に気付いてそちらを向いた。
無言で視線を向けてくるクリフォード。
数秒間目を合わせていた紅は、やがてルージュをのせた口角を持ち上げた。

「…いいわ。勝ったら、望むままに」

艶やかと表現できる紅の表情と、自身を賭けの対象にするその度胸。
どこからかヒュゥ、と口笛が上がった。
勝負を降りた男達が何やら悔しげな表情を見せているが、彼らでは二人に勝つこと自体が不可能だろう。
かくして、紅を賭けの対象に加えたまま、次なるカードが配られる。






「そう言えば、クリフォード…あの子、どうするつもり?」

ヒル魔が去っていくのを見送ってしまったパンサーが、控えめに声をかける。
すると、クリフォードがガタンと椅子を鳴らして立ち上がった。

「行くぞ」

横目に紅を一瞥し、一つ声をかけるだけで歩き出す彼。

「ええ」

彼女もまた短くそう答え、彼の後に続いた。
とてもではないが未成年には見えない堂々とした二人がカジノを後にする。

「えええええぇ。当然のように連れて帰った!」

置いて行かれたパンサーが呆気にとられた様子を見せる。

「…イイ女だなぁ。負けるわけがないって思ってたわけじゃない。
そのリスクを理解して、かつ結果にも納得してる。仲間意識が強いだけじゃ出来ない立ち振る舞いだな」

バッドが残念そうに肩を竦めた。













外に出ると、独特の空気が紅の肺を刺激した。
思わずコートの前を合わせる。

「素直についてきたな」

ほんの少し前を歩いていたクリフォードがそう告げる。
足を止める彼の隣に並び、紅は唇を持ち上げた。

「ヒル魔が賭けに負けた以上、当然でしょう?それとも、適当な言い訳をつけて逃げると思った?」
「いや、お前はそんな女じゃない」
「わかってもらえて嬉しいわ。逃げるのは嫌いなの。それに…私はあなたに興味があるし」

そう言って悪戯に微笑んだ彼女が歩き出す。
それに続いたクリフォードは、コンパスの差なのかあっさりと彼女に追いついた。

「青二才はどうした?」
「ヒル魔はビジネスパートナーみたいなものよ。現に彼、何も言わずに送り出したでしょう?」
「…奥ゆかしい日本人ばかりじゃないらしいな」
「そんな女ばかりなら今頃日本は沈んでるわ。それに、私はハーフだから」

とても奥ゆかしい性格とは言えないが、そもそも日本の血が半分しか流れていないのだから仕方ない。
あぁ、道理で同年の日本人女性よりも大人びて見える。
その出生を垣間見たクリフォードが彼女の容姿に納得した。

「それはそうと…クリフォード…さん?」
「気色悪い」
「じゃあ、クリフォード。私、あなたに感謝してるのよ。
ヒル魔が負ける所なんて、そう見れるものじゃないから。試合に勝って勝負に負けた感じは否めないけれど」
「……………」
「あら、禁句?意外と繊細なのね」

終始冷めた表情のクリフォードを前にしてクスクスと笑える彼女の度胸は、評価に値する。

「あの青二才と渡り合うだけの事はあるな」
「お褒めに預かり光栄ね」
















「クリフォードー…って、誰!?」

ドアベルを鳴らして出てきた女性に、パンサーは思わず1メートルほど後退する。
そんな彼を見て、女性はクスクスと笑った。

「夜なのに元気ね、パンサー」
「その声…ヒル魔と一緒に居たあの子!?」
「はい、正解」
「ええええ!!顔全然違うし!!」
「あぁ、化粧を落としたから」

それにしても変わりすぎだ、と呆気に取られるパンサー。
そんな彼の様子を見て楽しげに笑う紅。

「女は化けるものよ。彼なら中に居るわ」
「大和撫子像がガラガラと音を立てて崩れていく…」
「あら、クリフォードと同じような考えね。今時希少価値よ、そんな子」

はいどうぞ、と道を譲ってパンサーを部屋に迎え入れる。
部屋の中でパソコンに向かうクリフォードを見つけたパンサーを追い越す。
クリフォードの背中からパソコン画面に視線を落とした彼女は、その内容の一部を読み取った。

「ヒル魔について調べてるの?何なら喋ろうか?」
「必要ない」
「そ?なら、無理に聞けとは言わないわ。コーヒーを淹れたら飲む?」
「あぁ」
「じゃあ、ついでに淹れるわ。パンサーもいる?」
「あ、うん。貰う」

しどろもどろな答えを聞いて、そう、と微笑んだ彼女がキッチンへと引き下がっていく。
そもそも敵チームのはずなのに、この馴染み具合はなんだ?と言う疑問に答えてくれる者は居ない。

「…あの子、本当に初対面?」
「お前以外は初対面だろ」
「えー…俺、会ったっけ…」

日本代表のマネージャーをしている以上、会っている可能性は高い。
しかし、あの時はセナの事で一杯一杯だったので、マネージャーまで覚えていないのだ。
うーん、と頭を悩ませている間に、コーヒーを淹れた紅が戻ってきた。

「会ってるわよ。まぁ、あの時は髪を染めてたし、わからないかもしれないけど」
「髪…」

より一層悩むパンサーは置いておく事にして、持ってきたコーヒーをクリフォードに手渡す。

「強いわよ、彼らも。欲目無しに、はっきりと断言できるわ。日本人だと思って甘く見ない事ね」
「勝負に熱くなるタイプには見えないが…自分のチームは応援するのか?」
「一応、配属は日本代表のマネージャーだからね。あぁ、でも…クリフォードの事は応援するわ」

頑張ってね、と笑って頬にキスを送る彼女に、あぁ、と短く頷いた。


「…日本人がシャイって嘘だ…」

悩んでいたはずのパンサーは、ふと帰ってきた拍子に彼女の行動を目撃する。
わかりにくいが顔を赤くしながら呟いた彼の中で、日本人女性像がまた一つ、ガラリ、と崩れた。

花言葉:栄光

09.08.12