ガーベラ

運が良かったのか悪かったのか。
今となってはどちらなのかと判断する事は難しい。
まるで漫画みたいに学校の曲がり角で出会い、知り合ってから既に2年と少し。
いつの間にか、彼との関係は友人と言う言葉では足りなくなっていた。
卒業を半年後に控え、彼女の目の前には彼との問題よりも近くに、進路と言う問題が横たわっている。

「紅、元気ないね。どないしたん?」

3年生の今頃と言えば、既に進路に向けて勉学に励んでいなければならない。
それなのに、今更それに悩んでいる自分は酷く滑稽に思え、花梨にそれを相談する事は出来なかった。
誤魔化すようになんでもないと笑った紅に、彼女は納得していないような表情を浮かべる。
けれど、それ以上は追求せず、ちらりとドアの方を見た。

「大和くんが、用が済んだらグラウンドで待っとくって言うてたよ」
「ねぇ、花梨」

彼女の言葉には答えずに、紅は彼女を呼んだ。

「何か、わからなくなってきちゃった」

呟くようにそう言って、机の上に上半身を預ける。
放課後の教室には、既に二人以外の生徒は居ない。

「何が?」
「この状況が。何でこんな事になったんだろう…」

花梨は学園内でたった二人の、真実を知る一人だ。
漸く紅の言葉の意味を理解したのか、あぁ、と小さく頷いた。
そして、がたん、と椅子を動かして彼女の前に座る。

「まだ気にしてたん?始まりは噂かも知れんけど、もう受け入れてもええと思うけど」
「受け入れるも何も、私としては始まってないのに?」

机に伏せていた彼女には、花梨の驚いた顔が見えていなかった。
え?と言う疑問の声を聞いて、ゆっくりと首を上げる。

「まだ、なん?何も言われてへん?」
「何もって…何?当たり前のように名前で呼び合うようになって…」

部活の時はマネージャーとしてサポートして、終われば一緒に帰って家まで送ってもらう。
試合の日は声の限り応援して、学園生活では昼休みを一緒に過ごす。
猛一色に染まっているわけではない。
けれど、この2年間の半分以上の記憶に彼が居る事は確かだった。

「…それは、大和くんも悪いなぁ…」

呟いた声は、きっと紅に伝えるためのものではなかったのだろう。
何?と首を傾げた彼女に対し、花梨は何でも、と答えた。
それから、よし、と珍しく意気込んだ様子を見せる。

「他ならぬ紅の為やし…うち、頑張るわ!」
「う、うん。よくわからないけど、引っ込みがちな花梨が前向きに動くのはいいことだと思うよ」
「うん!じゃあ、それ提出したらグラウンドに来てな!」

そういい残して花梨が教室から走り出て行く。
流石に、アメフト部で頑張っていただけの事はあり、ドジさえ踏まなければ足もそれなりに速い。
ポツリと放置された教室の中で、彼女の行動が今一理解できていない紅が一つ、溜め息を零した。
それから、提出間際の進路調査票と向き合う。





「…雪耶?」

どうしようかな、と思っていた紅の耳に、自分を呼ぶ声が聞こえる。
声の方を見れば、ドアのところで本を片手に立ち止まっている鷹がいた。
反応した事によりこちらに歩いてきた彼は、机の上のそれを見て少し驚いた様子だ。

「まだ提出してなかったのか?」
「うん。ちょっと、他にも色々と悩む事があってね。こっちに頭を割いてる余裕がなかったの」

そう言えば、溜め息が返ってくる。
うん、気持ちはわかる、と思った。
進路の事を考えられないほどに何を悩んでいるのだと、自分でもそう思うのだから。

「…大和の事か」
「まぁね」

真実を知るもう一人の勘は鋭い。

「例えばさ…卒業して大学が離れたら、あっさりと関係が終わったりするのかな、とか」

2年以上の付き合いだからだろうか。
そんな状況を想像すると、少しだけ寂しいと思えてきて…自分にも未練があるのだと気付かされる。

「嫌なら、そう言えばいい」

調査票に落としていた視線を鷹へと向ける。
彼はその長身から彼女を見下ろし、静かに続けた。

「大和が先走った事は雪耶を悩ませている原因の一つだ。そこは、大和自身が反省すべきだと思う」
「…先走ったって、何?」
「………それも聞いてないのか…」

もはや、彼の視線は呆れを含んでいる。
何か、自分の知らない事を彼が知っているのだと悟った。

「とにかく…今の状況が大和の所為でも、それは雪耶が何も言わない理由にはならない」

思う事があるなら、伝えれば良い。
そう言われ、紅は瞼を伏せて視線を落とした。
鷹からすれば、何故彼女も何も言わないのだろうと思う。
彼女が悩んでいるのは間違いなく猛が原因だが、今まで口を噤み続けてきている彼女も彼女だ。
一度でも感情を口にすれば、全てが丸く収まるというのに。

「…言えば、何か変わるかな?」
「少なくとも、雪耶が悩んでいる事は解決すると思う」
「…そっか。…じゃあ…勇気を出してみようかな。いい加減、悩むのも疲れてきたし」

そう言った彼女は、どこか吹っ切れた様子だった。
彼女の中で決意が固まったのだろう。
手早く進路調査票に大学名を書き込んで、折りたたむ。
それを片手に鞄を持って立ち上がり、鷹を見上げた。

「ありがとう。ちゃんと、話してみる」
「うん。そうするといい」

頑張れという言葉の代わりに、ポン、と肩を叩かれた。
そして、彼が先に教室を出る。
きちんと施錠して鍵を職員室に戻し、ついでに担任に調査票を提出する。
ギリギリだぞ、と二・三、文句を聞いてから、グラウンドへと急いだ。















「そう言えば、花梨が来た?」
「あぁ。珍しく怒っていた。まだ話してないなんて男らしくないって」

笑ってそう言う猛に、紅は少しばかり驚かされた。
怒られた筈なのに、どうして笑っているのだろうか。
そう問いかけると、彼は当然と言いたげにこう答えた。

「そりゃ、話していなかった俺が悪かったし。心配して怒ってくれる仲間が居る事は幸せな事だからな」
「…猛って何でも前向きよね」
「そうかな」
「うん」
「…ところで、進路希望はどうしたんだ?」
「第一志望、最京大学」
「そうか!じゃあ、大学も同じだな」
「うん。…勉強、教えてね」
「あぁ、もちろん!一緒に頑張ろうか」

花言葉:究極美、崇高美

09.09.19